クラスノヤルスクにいたときも30度超えでかなり暑かったの
ですが、電車に乗った日もかなり暑かったです。
しかも、以前の記事にも書きましたが、エアコンなるものは
なし!
長旅の人はみんな、電車に乗ると楽な恰好に着替えて、
Tシャツに短パンとかになっていました。
ちなみに、新しく乗車した人がいると、みんな気を利かせて
外に出てくれますので、そのときに着替えます。
(「外に出ているから着替えて」と声をかけてくれるときも
あります。)
でも私は、シベリアはモスクワよりも寒いに違いないと思い
込んでいて(出発頃、モスクワは涼しかったので)、わざわざ
出発当日に、ベラルーシ駅に向かう途中に地下鉄を降りて、
ユニクロで薄手とはいえウールのセーターを購入してしまった
ほどです(しかも、ダウンジャケットやらヒートテックの下着も
もってるのに)。
もうクラスノヤルスクにいた2-3日で汗疹状態だったのに、
電車では、着替えるといっても、もちろん長袖に長ズボンしか
持ってません。
同室のロシア人には、もっと涼しい恰好したらと言われましたが、
もちろん、もってないからなれません(泣)。
「シベリアはもっと寒いと思っていたから」と泣く泣く説明しました。
私に比べると、みんなはそんな涼しそうな恰好でしたが、みんなもう
車内で汗だくでした。
通路の窓が3つ空いているだけで、もうサウナにいるようなうだる
ような暑さで、みんなへばってました。
厚着の私はもう、熱中症になるかと思いましたよ、マジで!
途中で頭がガンガンしだして、慌てて水分補給したりもしました。
「暑い、暑い」と言いながら、いつも上段でごろごろと寝ている私を
見かねて、クラスノヤルスクから一緒に乗り込んだおじさまが、
コンパートメントの窓を少し開けてくれました。
それで、マジで生き返りましたが、もうほんと、辛かったです。
途中から、年齢も恥も外聞もかなぐり捨て、タンクトップになってました
もん(苦笑)。
ちなみに、同じコンパートメント仲間は、モスクワから乗り込んだという
男性と女性が1人ずつと、クラスノヤルスクから乗り込んだおじさまと
私の4人でした。
そして、そのモスクワから乗り込んだおじさまは、最終駅のセーベロ・
バイカリスクまで一緒だったのですが(最終駅まで行ったは私と2人
だけ)、下車日前夜、断る私と途中で乗り込んだ女性に、ウォッカと
サラミを饗応してくれたのですが、そのサラミは、モスクワから持ち
込んだものなのか、途中駅で購入したものか怖くて聞けません
でしたが、暖かくなって、汗をかいておりました・・・(それを見たこっち
が大汗)。
二人で何度も断ったのですが、「今日は孫の誕生日なんだ。(だから
お祝いに乾杯してくれオーラ満載)」という言葉に、二人とも折れ、
ウォッカをほんのなめる程度いただいたのですが、その次に差し
出されたのが、件の汗かきサラミさんだったのでした・・・。
実は私は、クラスノヤルスクから乗り込んですぐに、お昼ときだった
こともあり、持ち込んだパンをランチとして食べていたのですが、
同駅から乗り込んで、やはりランチをしていたおじさまが、私の
あまりに貧相なお昼を見かねて、自宅で採れたというトマトと
サラミをご馳走してくれたのです。
なので、その光景を見ていた別のモスクワから乗り込んだおじさま
の饗応の申し出を断るのは、「おれのサラミは食えんのか!」状態
にみえるかと思い、日ロ友好のためにも(?)、意を決して、汗かき
サラミさんを、文字通り、「飲み込んだ」のでした・・・。
しかも、一切れが大きいんだもん、辛かった~(涙目)。
そして、その後、(たぶん)その汗かきサラミさんが、私のその後の
旅程に大きくかかわってくることになるとは、そのときは知る由も
ありませんでした(チャンチャン)。
セーベロ・バイカリスクまで行ったおじさまは、お兄様がそこにいる
とのことで、人生2回目の訪問とのことでした。
で、私がセーベロ・バイカリスクに行くというと、びっくりされました。
まぁ、外国人女性が一人で行くところではなかったかも、というのは
後で思った感想です。
治安が悪かったからという訳ではなく、外国人が旅行に行くような
ところではなく、寂しいところだったから、という意味です。
ちなみに、帰りの電車内は、同じエアコンなしの状況なのに、少し
涼しくなっていて、あんなに辛かったのがうそのような状況でした。
シベリアの気候って、たった4-5日でこんなに違うんだと思ったりも
しました。
まぁ、季節の変わり目は、温度変化が激しいってだけだったのかも
しれませんが・・・。帰りは随分と楽でした。