新日本プロレスの外道の著作、P319を読了。
外道といえば、最近ではレイン・メーカーであるオカダカズチカのマネージャー、新日のマッチメーカーとして有名ですが、キャリア25年もある大ベテラン。順風満帆なプロレス人生に見えますが、実はメチャメチャ苦労しています。
まず、プロレス界の入り口がTPG(たけしプロレス軍団)、旗揚げ前のFMW、ユニバーサル、W★ING、WAR、FMWと、日本インディーの黎明期を渡り歩いています。90年代は今と比べ物にならないほどメジャーとインディーの隔たりが大きく、メジャー出身者に比べ、何の後ろ盾もないインディーデビューレスラーはクソみたいな扱いを受けていました。
振り返ってみると、インディー出身のレスラーでここまで長期間、色んな苦労しているレスラーも珍しく、邪道&外道以外で言えばグレートサスケくらいじゃないでしょうか。そういう意味で、外道はインディーの生き字引的な存在で、この本からもそのリアルな実体験がビンビン伝わってきました。
その中で特に印象深かったのは、1989年7月2日、後楽園ホールで開催された「'89 格闘技の祭典」に関わるくだり。メインが大仁田vs青柳の、日本人同士の初の異種格闘技戦が行われた伝説の興行です。
この興行、梶原一騎の追悼という冠が付いていたとはいえ、両者の知名度から言えば、注目される理由は何もなかったと思います。
私もこの試合の存在を知ったのは最初の電流爆破が行われてからで、後からさかのぼって見つけました。ただ、その後のFMWの大躍進、インディーの勃興を思うと、この試合こそ、日本のインディーの源流だったと思っています。
そのインディーの原点ともいうべき試合に、外道(になる前の、高山圭司)がセコンドで関わっていたのは興味深い。試合は大仁田が禁止されていた顔面への頭突きをしたため、反則負けとなったのですが、問題はそこから。
空手とプロレスのセコンド同士による、大乱闘に発展したのです。
映像を確認してもらえば、わかると思うんだけど、最初に空手の連中がリング内になだれ込んできて、まずは尾内が犠牲になった。いきなりポカっとくらわされて、見る見るうちに目が砂肝みたいになっちまった。それでもう戦闘不能だよ。その光景を目の当たりにした田山が今度は尾内の介抱に回ってしまい、これまた戦闘不能というか戦闘放棄だ。まあ、のちにレフェリーになるぐらいだから、正しい処置と判断していたのだろう。リング上には邪道さんとデルフィンがいるんだけど、デルフィンは大仁田さんを見るフリをして、全然乱闘が激しいほうには参戦してこないワケよ。結局、後の邪道&外道vs空手軍団で、2対18くらいの大乱闘だよ。
シナリオを知らないセコンド同士のこの大乱闘はガチで、空手側のセコンドの一人が失明したという話を聞いたことがあります。ちなみに、空手側にはその後のK-1で活躍する佐竹や後川、村上がいました。その意味でも伝説の一戦となり、そこからFMWはデスマッチ路線で大躍進をしていきました。
これ以外にも、外道がメキシコ修行時代にピストルを突き付けられて死にそうになったり、細菌が入って右足切断寸前だったりと、常人のレヴェルを越えた話や、先輩レスラーからの金言、苦労に裏打ちされた人生訓は参考になりました。
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