巨星を継ぐもの | プロレスの素

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プロレス・格闘技についての独り言、自分の素(もと)、在りのままに感じたことを書き綴るブログです。

全日本プロレス社長、秋山準の著作、P283を読了。

 

巨星とはいわずもがな、彼の師匠でもあるジャイアント馬場ですね。

秋山含め、全日本プロレスの書籍は新日に比べれば少なく、その意味で貴重な話がたくさんありました。

 

私には、以下のくだりが印象的でした。

― 馬場さんから、そんなに細かいアドバイスがあったんですか?

(秋山) ありましたね。「プロレスとは、こうなんだ」という馬場さんの方程式があって、相手に勝つためには「そこにお前の技を当てはめていけばいい」という感じで教えてもらいました。「十五分一本勝負なら、こうだ」という枠組みみたいなものがあるんです。僕も実験でやってみて、確かにそうだなと納得しました。僕には僕のリズムがあるので、それをちょっと変えながら組み込んでいきました。でも、根源としての方程式は一つなんです。その方程式を僕は宮原にも教えたし、野村、青柳にも教えました。それを彼らはだんだん理解して、自分なりのものをプラスしていく。彼らの試合が面白いと思っていただけるのであれば、僕のアドバイスがどうのこうのではなく、馬場さんから教えられた方程式によるものです。

馬場さんは日テレ中継の解説でよく「理にかなったレスリング」という言葉を使っていました。さすがに具体的に何?というものは書かれていませんが、45年間積み上げられた「馬場イズム」というべき秘伝の存在が伺えます。

 

猪木一代限りという新日と違い、馬場は後継者を指名して、それに沿った流れを作っていました。馬場の次は鶴田、その次は三沢という感じですね。その流れからすれば、三沢の次は当然、小橋、秋山と思ってました。

 

ところが、三沢がリング渦で亡くなってしまったことで、色んな事情があったにせよ、その系譜が崩れてしまった。気が付けば、秋山を飛び越して、次の世代である杉浦や丸藤に系譜が移ってしまった。

 

ファンから見れば、何が起こったのか分からず、空白の「ミッシングリンク」のような状況が続きました。その後、秋山はノアを離脱、武藤・全日本と合流するも、当時の白石社長と対立した武藤が離脱、そこから秋山に全日本の実権が移りました。

 

秋山が引継いだ当時の全日はひどい状況で、資産=借金というあり得ない資産表を見たこともあります。

 

武藤一派が抜けてほぼ0の状態から、若手を育成、宮原の成長、会場人気を復活させたのは、秋山の経営手腕によるもの。今の全日本には、90年代の全日本の勢いを感じることができ、やっとピースが戻った気がします。

 

今年のチャンピオンカーニバルにはノアの丸藤が参戦しています。秋山をシングルで下した試合は、6年間の空白をつなぐ儀式のようで、感動的でした。

 

そう考えると、全日本の未来は決して暗いものではない気がします。

 

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