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あるちゅう司法書士の気まぐれブログ

アルコール依存症のどん底を経験、現在は司法書士として第4の人生を歩む。アルコール問題のほか旅行記、鉄ネタ、たわごと…
2018年5月より前の記事はアカウント移行後の不手際により写真が消えているものがあります。

 尾道の古寺では千光寺が一番有名ではないでしょうか。
 千光寺の案内にあるように中腹にあるお寺へは、大半の観光客が山上まで車で行くかロープウェーに乗ります。

 

 

 今回は歩いて登ることにします。
 運動不足解消もありますが、歩くことでしか見えないものがありそうです。

 JR山陽線の千光寺踏切から真っ直ぐに登る千光寺道を行きます。

 

 

 標高100mほど千光寺まで一気に登る階段道です。
 初めのうちは道端の花なども目に留まりますが…

 

 

しだいに息が切れ出してこのようなものが目に留まるようになります。 

 

 

 その茶店の向かいが休憩展望スペースになっていました。
 天寧寺の三重塔越しに尾道市街や尾道水道、尾道大橋を望む尾道を代表する風景でテレビなどにもよく登場しますね。 

 

 

 山陽線を行く貨物列車が長いのが良く見えます。

 

 休憩していると「千光寺まではまだまだだから下りてロープウェーがいいよ」と声をかけられましたが頑張りました。 

 

 

 

 汗がボロボロ出ましたが。達成感、気持ちいい…

 

 本堂の手前にある三十三観音堂があります。
 西国観音霊場の各札所の御本尊、観世音菩薩33体が祀られ、ここにお参りすると西国観音霊場を巡拝したのと同じ功徳があるとされます。
 正面には鐘ではなく念誦が吊り上げられていました。

 

 

 

 桜木で造られた「百八煩悩滅除大念珠」です。
 
 幸せを念じながらと引くと珠が上から落ちて音がします。この音で煩悩を打ち消して観音様の御守護が頂けるそうです。
 う~ん…

 そして朱塗りの本堂です。赤堂とも呼ばれます。

 尾道を一望するお堂に安置されたご本尊の千手観音は33年に一度公開される秘仏だそうです。

 見上げれば護摩堂。

 

 こちらは鐘楼と朱塗りのお堂が続きます。

 

 

 

 千光寺の境内には大きな岩がいくつもあります。
 光明真言、大日如来真言の梵字が刻まれた梵字岩。

 

 太陽と月の光を鏡のように反射させていたと伝えられ、鏡には神が宿るという信仰の対象だった鏡岩。

 千光寺が建つ位置といい、どこか宇宙との繋がりを感じさせます。やはり人間は天により定められた運命に従って生きることしかできない。それゆえに煩悩との葛藤…
 
 生かされるということの意味を深く考えます。

 境内からさらに登ると今回の旅の終着の千光寺公園です。もうひと頑張りしましょう。

 

 千光寺の境内から千光寺公園へと続く散策路は「文学のこみち」と名付けられ、林芙美子や志賀直哉など尾道にゆかりのある文人の作品を刻んだ石碑が並びます。

 

 

 

 浅学な私は碑に刻まれた文章を始めて読みますが、一番しっくりきたのはこちらです。

 

 「大屋根は みな寺にして 風薫る」
 児童文学作家の巌谷小波という人が詠んだものだそうです。

 まさに今朝からずっと尾道を歩いてきて感じる空気…

 船や人々が忙しなく行き交う水道や街にどこか包み込むような優しさがあります。
 それは山の斜面から街を見ている神仏の慈愛のように思えます。

 そしていよいよ展望台までやってきました。

 

 展望台から見る尾道は街は想像以上に狭くまさに猫の額のような土地ですが、その中に人を惹きつける場所が無数にあって、到底今日一日だけで見て回ることはできませんでした。そ

の魅力に惹かれて何度も足を運ぶ人も多いのでしょうね。

 

 向島の造船所の全景が手に取るように見えます。

 

 船で渡ってあちらからの尾道も見てみたい。

 

 つぎはいつ来ることが出来るでしょうか…

 

                                            尾道の記事終わり。

 マップを見ながら西郷寺を目指します。

 

 古寺めぐりコースは一本の道ではなく整備された散策路から生活道路、はたまた民間の裏の路地のような道までを繋いだ変化に富む面白い道です。

 

 

 階段や曲がり角の続く路地は、どんな光景が待ち構えるのかと歩く者の胸を膨らませます。

 民家の屋根を見上げながら階段を上ると

 

 しばし平坦な場所があってまた階段。

 

 路地が狭いので壁や低い所を這う蔦や草がはっきり見えます。 

 

 

 その先は民家の玄関になっていました。

 

 

 

 さらに曲がり道を進むと西郷寺の境内に出ました。
 お花の中にたくさんのお地蔵さんがいらっしゃいました。

 

 

 西国寺の仁王門には大小たくさんのわら草履が奉納されていました。

 

 

 坂道や階段が多い尾道では脚が丈夫なことが大切で、仁王様のたくましい脚にあやかろういうことだそう…

 坂道。
 西国寺の門前もこの通りです。

 

 境内へと続く急階段。

 

 自分の足で登ってお願いするからこそ御利益があるのでしょうね。
 さらにその先には五重塔が見えます。境内が広いお寺です。

 さて私も40代半ばに入り健康を意識することが多くなりました。

 浴びるように飲んでろくに食事を摂らない。そんな生活をしていた日々がありました。
 入院した日、直前の食事の状況を話すと看護師が思わず顔を覆っていたのを覚えています。
 黄色い点滴を延々と打たれました。

 今は特段健康上の問題はないのですがどうしても運動不足になりがちです。

 仏様へのお願いと合わせて自分でも意識して動くようにしたいと思います。せめて尾道でだけでもたくさん歩いて帰ることにしましょう。

 

 午後の強い日照りのなかコースを進みます。

 

 御袖天満宮の手前の角を曲がると、おっとっと…

 

 猫が道の真ん中に寝ていました。
 しばらくとなりに座って見ていましたが気にする様子もありません。目が覚めると観光客には慣れているようです。猫からすり寄ってきました。

 

 御袖天満宮と氏子町はちょうど夏祭りの準備中でした。

 

 

 450kgもある神輿が階段を上り下りする迫力満点のお祭なのだそうです。

 参道に通じる旧天神町には昔ながらの尾道の表情が残っています。

 

 その古き良き尾道を伝える壁画や展示があり思わず見入ってしまいます。

 

 

 狭い路地に滲みついた人々の暮らしの匂い。
 これを間近に感じるのも尾道散策の魅力なのかもしれません。

 

 

 一旦尾道駅の近くまで戻り東を向いてコースを辿り千光寺を目指すことにします。

 民家と民家のすき間のような場所を通ります。

 

 

 その「すき間」を抜けると二階井戸がありました。

 

 

 平地の少ない尾道では山の斜面に多くの家が建ちます。
 斜面にある家では水道が引かれるまで、共同井戸から毎日水を汲んで坂道を上がるのが重労働でした。二階井戸は1階からでも2階からでも水が汲めるようになっている坂道に暮らす人々の知恵が生み出した井戸です。



 さらに歩くと石造りの風変わりな門がありました。持光寺です。

 

 



 尾道の花の寺といえばいいのでしょうか…
 少し時期が過ぎた感がありましたがアジサイ。

 

 

 

 見頃のサルスベリ。

 

 

 こちらは何の花でしょうか。

 

 少し登っただけなのに空がぐんと近くに感じます。
 日射しが強いですがとても気持ちいいですね。

 

つづきます。

 しばらく、過去旅シリーズで繋がしてもらいます。

 福山で仕事があった次の日に訪れました。

 

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 尾道は8年ぶりかな…

 


 

 駅を出たとたんに潮の香りがするのが京都の私には新鮮です。

 

 上から見ると駅から道一本を挟んですぐに海なのですね。

 

 潮風に吹かれて海辺を散策してみましょう。

 

 狭い尾道水道を対岸との渡船や漁をする船が多く行き交います。

 

 

 遊歩道にはアートがあったり…

 

 

 向島の造船所のクレーンがこの辺り独特の光景を形作り旅情をかき立てます。

 
 

 8年前はあまり時間に余裕がなかったような…
 今日は夕方までゆっくりできます。欲張ってみましょう。

 

 尾道駅を東へ、林芙美子の像があるところから尾道本通り商店街が始まります。

 

 

 どこの都市でも人口流出や大規模店舗の進出による商店街の地盤沈下が言われますが、その視点はさて置き歩くだけで懐かしい楽しさがあります。 

 

 行商がいたり、店先に机を出して商品を並べていたり…

 

 

 こちらの果物店のように対面で食品を買うことは今の私にはあまりありません。

 私が生まれた家の近くにも商店街がありました。
 人々の顔が見え会話が生まれ、そこにはコミュニティがありました。

 初めて見る大人に怒られたのではなく、物事を教えてもらったのですね。
 この商店街には古き良き光景があるように思います。

 情報だけが氾濫し、逆にその情報に弄ばれる若者も多いように見受けられます。
 その若者たちが昭和は今は通じない、時代錯誤と口にすることがあります。

 新しいものだけが価値があるのではありません。温故知新という言葉を知らないのか?
 
 また一部の若者の意見だけを世の中全体の価値のごとく伝えるマスメディアもいただけません。その人たちの意見や考えとして他の人のものと対等に存在するというだけです。

 話が脱線しましたがこれもまた懐かしいですね。

 

 

 こんなのに乗せられて機嫌を直したことが私にもあったのでしょうね。

 路地の様子も懐かしく温かい。


 昔からあるものをただ懐かしい懐かしいと言うだけも先に書いたのと同様によくありません。

 受け継がれてきた良さや伝統・文化をつぎに引き継ぎながら新しい価値と融合させる。
 自国のアイデンティティを大切にするというのか…

 決して便利なだけ、享楽的で即物的な世の中や考え方に進んでほしくありません。

 そのためにはここで日常見られるような対話。顔を合わしての会話が大切なのでしょうね。

 

 ところで、尾道といえばラーメンを思い浮かべる人も多いことでしょう。

 

 その通り市内には有名な朱華園をはじめ尾道ラーメンを提供する店がたくさんあります。

 

 朱華園は昔1時間ぐらい並んで食べたことがあります。
 今回は尾道駅近くの海辺りにある「しみず食堂」にお邪魔しました。

 

 目立たない店ですが古くから尾道ラーメンを出している地元では有名なお店のようです。

 

 メニューはラーメンだけではありませんが、もちろん尾道ラーメンをお願いします。

 想像していた背油の玉が浮いているものではありませんでした。
 魚介系の出汁のなかにわずかに鶏の臭みがするあっさりとしたスープでした。味が染んだ大ぶりのチャーシューが嬉しいですね。

 麺は平麺で尾道ラーメンのスタンダードというところなのでしょうか…

 お店のなかまで海風が入ってきて涼しくラーメンをすするにはいい温度です。

 

 裏口を出るとテラス席?もありました。

 

 

 尾道では山の斜面に点在する古寺を巡るのが最大の観光コースです。

 

 コースの一番東からスタートします。
 ここまでは海沿いの平坦な道を来ましたがいきなりこの急階段です。

 

 

 息を切らして登り浄土寺の門から振り返ると視界が開けました。

  

 

 浄土寺は616年に聖徳太子が創建したと伝わる真言宗泉涌寺派大本山の寺院です。
 本堂。

 

                  

 

 多宝塔と阿弥陀堂。

 

 本堂と多宝塔が国宝に、阿弥陀堂が重要文化財に指定されています。
 境内には鳩が一杯…

 

 参拝客が撒くエサを待っています。微笑ましい光景ですね。

 

 時間の都合で割愛しましたが、浄土寺の奥の院から見下ろす風景は、尾道を代表する風景のひとつなのだそうです。

 帰りに海龍寺のほうから出ると門の前に番犬いやお出迎えの犬が2匹いました。

 凛々しい顔をしてきちんと役目を果たしておいででしたよ。

 

 

               つづく

 

 6月はホンマにあちこち行ってますね。

 

 最後は2015年。

 この年は瀬戸内の島々から始まり広島が終点だったのですが、印象深かった呉の記事の再掲です。

 

 色々と掘り下げて考えることが出来ました。

 

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もと来た橋を渡り呉市へと向います。

 呉に来るのは初めてだけど海軍基地があったことぐらいは知っていると話しながら走っていると、前の車のナンバーに「US ARMY」と書いてます。

 

 現在も現在も海上自衛隊呉地方隊の基地があり、アレイからすこじまという海辺の歩道から多数の潜水艦や護衛艦を間近に見ることが出来ます。

 

 少し離れた駐車場に車を停め岸壁へ下りるとすぐ目の前に潜水艦が停泊していました。

 

 舞鶴でも護衛艦を見ることが出来ますが、道からは障害物があって全景を見るのは難しい。
 運が良ければ神戸港の遊覧船からドック入りしている潜水艦が見えるけれど、こんなに近くまでは通りません。

 その神戸で見たときはそれほど感じなかったけれど、潜水艦の大きさに驚くばかりです。

 見えないだけで実際に海の中で動いているのですね。私たちの暮らしを守るために活動して下さっていることに感謝です。

 艦船以外にも魚雷の揚げ下ろしに使ったクレーンが置かれていたり、振り返ると旧海軍工廠のレンガ建造物が並び呉が海軍の本拠地だったことを偲ばせます。

 

 

 ホテルに向かう途中に総監部の建物がありました。

 

 

 自衛隊の組織についての詳細は知らないけれど、名前からしてここが呉の自衛隊の指揮命令の中枢なのでしょう。

 

 呉に来たので海上自衛隊関連の施設を景色として楽しむだけではなく、昨今何かと注目される海上自衛隊そのものについて知るいい機会です。
 明日は史料館を訪ねてみようとおもいます。

 

 

 予定通り海上自衛隊の史料館へ向かいます。

 正式名称「海上自衛隊呉史料館・てつのくじら館」は呉駅の海側、呉中央桟橋の近くにあります。桟橋からは造船所の巨大なクレーンや船が停泊しているのが見えました。

 

 よく見ると海上自衛隊員が湾内で訓練する姿があります。

 

 反対に目をやると「てつのくじら」の名の通り、引退した潜水艦を利用した史料館があります。

 

 

 受付の人ももちろん制服を着た海上自衛官で、みんな誇り高き表情をされていました。

 史料館は順路に沿って海上自衛隊の歴史、掃海活動、潜水艦を紹介するコーナーからなっていました。

 

 

 時の政権や世論によって自衛隊と自衛官は様々な位置づけや扱いがされてきたのでしょうけれど、それをこの記事で書くつもりはありません。
 唯一、国と私たち国民の安全を守るために、日々厳しい任務についてこられた。そのことを改めて胸に刻む。

 掃海活動を紹介するコーナーへ進みます。

 

 ワイヤーを引っかけたときに爆発するもの、音に反応して爆発するものなど戦闘地域の海には無数の機雷がばら撒かれています。

 

 何でも実際に話を聞かないと本当のことは見えませんねぇ…

 機雷除去=掃海活動。
 掃海艇というのがあるので機械操作で出来るものだと思っていたら、最後は人の手でするしかないそうです。

 

 その様子が映像で紹介されていました。

 

 

 活動を記録してきたカメラ。

 

 敵方の艦船を破壊し、人を殺傷することのみを目的に作られた機雷に直接触れるのだから命がけです。
 その崇高な任務の指揮官にクウェートから贈られた勲章が展示されていました。

 

 そのまま潜水艦を紹介するコーナーへ進む。

 

 潜水艦の構造や内部が模型で展示してあります。

 

 

 呉基地に籍を置く潜水艦は11隻、日本は18隻ほど持っているらしい。結構あるのですね。

 最後は外からも見えた引退した潜水艦のお腹の中へ。

 

 公開されているのはごく一部なんだろうが、模型で見たよりもずいぶん狭くて窮屈です。

 暗黒の海の中、この狭い空間。
 海上自衛隊の任務のほんの一握りだけど、ここへ来なければ知ることもありませんでした。

 

 航海の安全を取り戻すためにそのひとつひとつを発見し回収、処分するミッションに、日本の海上自衛隊も大きな役割を果たしています。それを紹介するコーナーでした。

 こちらは2014年6月の記事です。

 当日まで竹原に行く予定もなく、また竹原でも想定外のことに出くわして思い出に残る旅(?)になりました。

 

 まだタブレットで写真を撮っていたころです。

 

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 三原からさらに山陽本線に乗り換えて訪問先の本郷へ。

 お客さんに予めお願いしておいた準備作業が出来ておらず、ここまで来てリスケになりました。

 時計はまだ10時前。
 現地で合流した人が三原駅まで送ってくれる途中に「竹原」はいいですよと教えてくれました。

 竹原へは三原から呉線に乗らなくてはいけません。

 三原駅に着くと次の電車までは1時間近くあります。
 コンコースに七夕飾りがありました。みんなどんな願い事をしたのでしょう?

 あいにくの雨。
 竹原に着くころには晴れますようにと真面目に思ったのですが、それはてるてる坊主にお願いすることでした。

 案内に11:19広行きとあるのですがが、電車が来ません。
 何のアナウンスもありません。
 
 しばらくして、大雨による徐行運転のため今○○駅を出発しましたとアナウンスが流れましたが、土地勘がないのでいつ来るのか想像が出来ません。

 結局、30分ほど遅れて2両編成の短い電車がやって来ました。

 呉線は瀬戸内海沿いを走り、地図を見ても風光明媚な路線だと想像できます。
 電車は三原市街を左に見ながら瀬戸内を目指します。

 

 ほんの数分で海沿いに出ました。

 今日ばかりは雨が恨めしい…
 瀬戸内海に浮かぶ島々が霞んで見えます。天気が良ければどんなに綺麗でしょうか。
 線路のすぐ下は海になっています。

 

 そして所々に現れる巨大な発電所や造船所がいかにも瀬戸内らしい光景です。

 

 電車は三原を出て2駅を過ぎたところから徐行運転になりました。
 となりの国道185号線を走る車がどんどん抜いていきます。

 正常ダイヤの倍の1時間かかって竹原に到着しました。
 また晴れた日に呉線に乗りに来ないといけませんね。 

 

 竹原市は瀬戸内海に面した街で結構賑やかなところだろうと想像していましたが、着いてみると少し寂しい感じのする街でした。

 

 

 駅前商店街は七夕祭りの飾りが賑やかですが、天候のせいかやたらと人気がありません。

 

 空模様を気にしながら重要伝統的建造物群保存地区へ向かいました。
 竹原には江戸時代中期から明治にかけての町並みが残っています。

 途中からまた雨が降ってきました。



 

 この街は雨が合うような気がします。雨が優しく街全体を包み込みます。

 観光客の姿もまばらで静かです。ここでは逆に雨が幸いしました。



 

 今まで何ヶ所か竹原のような街並みを訪ねてきましたが、ここは少し雰囲気が違うように思います。
 曲がり角や路地が多く、その先はどういう光景なのだろうと楽しくなります。

 

 


 もうひとつはすぐ後ろに山が迫っています。


 その山に登ると竹原の街を見渡すことが出来ました。

 

 山の中腹に山の緑と朱色のコントラストが美しい普明閣というお堂がありました。
 竹原の街を加護しています…

 

 

 雨が強くなってきたので、足早に竹原駅に向かいました。
 駅に着くとなんと大雨で列車到着の見込みがありません。

 

 まいったなと思いながらも行くところがなく、駅の待合室で待つしかありません。

 

 しばらくして約1時間後に来る予定だと知らせてくれましたが、電車がやって来たのはさらにその30分後でした。 

 

 無事にその日のうちに京都まで帰ることが出来ました。
 これもまた楽しい旅の思い出になります。