佐渡に行ったことのない人でも「佐渡金山」の名前は知っているでしょう。
有名な観光地だけあり朝から多くの観光客が来ていました。
入口で入場料を支払おうとすると佐渡金山に関してまったくの無知であることを知らされることになりました。
佐渡で金が採掘されていたのは江戸時代だと思っていましたが、江戸期の宗太夫坑明治以降の道遊坑との2つの坑道があり、それぞれの入場料が掲示されています。
両方を見学できればいいのですが生憎時間がありません。
「初めてなら宗太夫坑がオススメです」というアドバイスを頂き宗太夫坑を見学することにしました。
坑道を下りていくと金山の案内が各所にありました。
佐渡金山は1601年に発見され、盛衰を繰り返しながら1989年3月31日まで388年間採掘が続けられました。
この間に採掘された鉱石は1500万トンに及び、金78トン、銀2300トンを産出した日本最大の金銀山でした。
坑道内は少し肌寒いぐらいです。
当時の作業の様子が人形を使って再現されています。
水上輪と樋引人足。排水のための手動ポンプと操作する人ですね。
職人たちの休憩所の様子。
そのほか様々な役目の職人たち…
新しい鉱脈が発見されたときに行われる間歩(採掘抗)開きの祝い。
背後の縞模様のあるところが金銀を豊富に含む鉱脈なのだそうです。
坑道を出ると資料館につながっていました。
金鉱石や当時の鉱山の様子を再現した模型、大判や小判などが展示されていました。
ひと通り減額を終えて佐渡金山を自分なりに理解できましたが、入口にあったのぼりには疑問を感じたままでした。
昨年世界遺産に登録された富岡製糸場にしても、もっとスケールが大きいじゃないか…
ところがこの時点では佐渡金山ではなく、その坑道の一本を見たに過ぎなかったのでした。
翌日に金山の麓の相川の街を訪問し、その凄さに圧倒されるなどこの時は想像もしなかったのです。












