プリズンブレイク -6ページ目

プリズンブレイク

甲斐が奴隷生活からの大脱出をリアルタイムでアップします。更に甲斐のマニアックな日常も公開します!

 

あの頃の自分へ(最初から)

 

http://ameblo.jp/prisonbreakkai/entry-12177653327.html

 

 

 

 

 

補欠ですが、合格したオレは、翌日から何をして良いのかわからなかったのですが、とりあえず、今まで自分が我慢してやらなかったことをしました。

 

 

大好きな格闘技のビデオを観る、雑誌を読む。

レンタルビデオを借りて観る。

テレビゲームをやる。

 

 

自堕落ですが、とても、のんびりした時間を過ごすことができました。

 

 

本当に、静岡産業大に合格できたのを不安でしたが、2、3日すると合格通知が郵送されてきました。

 

 

合格通知を手にすると、ジーンと胸が熱くなりました。

 

 

「これが見たかったんだよ。」

 

 

思わずつぶやくと、

 

 

「バカ野郎!これからいくら金かかると思ってやがるんだ!」

 

 

と親父にゲンコツで頭を殴られました。

 

 

数日後・・・。

 

 

本命の日大の合格発表の日が来ました。

 

 

郵送が来て、自分の受験番号を探しました。

 

 

息を止めて、自分の番号を探しました。

 

あれぼど勉強し、最後の最後まで粘り抜いてテストに臨んだのです。

 

 

全身が熱くなる程、頭を使い考えて試験と戦いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレの番号はありませんでした。

 

 

通知を、母親がいつも座る鏡台の上に置きました。

 

 

 

 

それからどれくらい時間が経ったのでしょう。

 

母親がパートから帰って来ました。

 

 

母親が、鏡台の椅子に座ると、オレは

 

 

「いや~やっぱ無かったよ。」

 

 

と言うと、

 

 

その瞬間、オレの目から大量の涙が溢れてきました。

 

自分でもびっくりするくらいの大量の涙です。

 

 

水道の蛇口を捻った時の様に、涙が勢いよく流れ、止まりませんでした。

 

 

気が狂う程、勉強し、大量の悔し涙を流し、オレの大学受験は終わりました。

 

 

 

 

 

最終的に、金沢経済大学も合格していました。

 

 

とても驚きましたが、迷わず静岡産業大に行くことにしました。

 

 

実家から通うことになるのですが、もう、それでもいいと考えが変わっていました。

 

 

こんなダメダメな息子でも、応援してくれた親に心底感謝できる様になりました。

 

 

オレが、家から出たがっていることを知っている兄は、静岡産業大を選んだことに驚いていましたが、何が何でも、実家を出てやるという気持ちは無くなっていたのです。

 

 

受験した全ての大学の結果がわかったオレは、S予備校にお礼に行くことにしました。

 

 

お世話になった、英語の先生2人、そして勝野さんに粗品を持って行きました。

 

 

「一時はどうなる事かと・・・。」

 

倒れこみながらオレが言うと、英語の先生は笑っていました。

 

 

勝野さんが、二つも合格したこと、そして、とてもがんばったことを褒めてくれました。

 

 

 

これからは大学生だから、英語も自分で考えることと、どうしてもわからなかったら、また教えてもらいにくればいい、と言ってくれました。

 

 

 

これから入学までの間どうするか聞かれたので、引越しのバイトでもしようと思っていると、答えました。

 

 

実際は、その直後から受験のストレスからか、カラダに帯状疱疹が出き自宅で唸っていた為、バイトどころではありませんでしたが・・・。

 

 

 

予備校を出ると、とても驚きました。

 

 

景色が全然違うのです。

 

 

浪人中、雨の日も風の日も、毎日、通っていた予備校の通学路ですが、とても美しく、キラキラと輝いていました。

 

 

こんなに空も綺麗だったかなあ・・・。

 

空もとても美しく思わず、立ち止まりました。

 

 

浪人中は、おそらく景色が灰色だったのだと思います。

 

 

急にカラーに見えたのだと思います。

 

 

ああ・・・終わったんだな。

 

 

と、思いました。

 

 

 

気持ち一つで景色がこんなにも変わるのだと気づきました。

 

 

刑務所に入っていた人が、刑期を終えて出所するとこんな感じなのかな・・・と変なことを思いました。

 

 

 

その後、静岡産業大に通うことになるのですが、合格した時は、とても喜んだのですが・・・あれほどがんばったのに、ここしか行けない事が、オレの中で受け入れることができなくて、半年近く、心から立ち直ることができずクヨクヨしていました。

 

 

それから、19歳の秋に、車の免許を取得した直後、以前からやりたかった総合格闘技のジムに入門し、大好きな格闘技に青春を捧げます。

 

 

弱虫で何のとりえも無い自分に自信を付けたかったのです。

 

 

 

格闘技に比べ、勉強は大嫌いでした。

 

 

嫌いで嫌いで仕方なかったのに、あの頃の自分は、めちゃくちゃがんばることができました。

 

 

20年前の自分は、とてもがんばっていました。

 

 

浪人中、辛い思いをしたし、随分恥もかいたし、様々な思いがあります。

 

 

しかし、何故か自分の浪人中の思い出を親身になって聞いてくれる人がいませんでした。

 

 

もちろん大学生になると自分と同じ様に浪人した人もいましたが、自分みたいに苦しんだ人が、いなかったのです。

 

 

 

大学を卒業した後も、多くの友人ができましたが、やはり自分の浪人時代のことを語り合える人はいませんでした。

 

 

まるで空白の一年だった様な気がしますが、オレはとても貴重な1年でした。

 

気が狂い、悔し涙を流した20年前のあの頃の自分は、素晴らしいと思います。

 

 

あの頃の自分は、もしかしたら心の傷が癒えていないのかもしれなくて、なんだか気の毒に思い、ブログにアップしました。

 

 

思い出し、あの頃の自分のことを今の自分が認めてあげることにより、癒されたと思います。

 

 

全部、お読み頂きありがとうございます。

 

 

 

 

 

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