VIOLETOPIAが観れば観るほど中毒です。
初見の頃は
なんとなく身を委ねるのがいいのかと思っていたけど
回数を重ねると、変わってくる。
指田先生は、それを狙ったのかしら
もちろん、超人気公演
何度も観られる人ばかりではないでしょうけれども
1度きりの感想があってもいい
でも、2度3度もっと…
…の時にまた、違って見えるショー
それもまた有りなのではと。
例えば、青という色は
それはそれだけでも美しく、
でも、赤という色を重ねると紫になり
また、黄色を重ねれば緑になるという…
その時々に違って見える美しさを
詰め込んだのではないでしょうか
そして、重ねて重ねた先は
黒に向かうのか白に向かっていたのか…
↑絵の具なら黒、光なら白
自分の中に
どんな色が残ったのか
終わってみないとわからないのかもしれない。
そう考えると、
むしろ、ショーは未完成であり
完成は、我々観客に委ねられていると考えられます。
だから、では未完成だからダメなのか?
と言われると、
いえ、そうではなく
最終的には完成させるのは
観てる自分自身であるところが
このショーの魅力でなのでは…?
では、そうなると
演じている人達はとても大変です。
「完成」を目指してお稽古しているはずなのに
「未完成」の部分を残して
「完璧」を目指さないといけないわけです。
奥が深すぎる~
さて、中毒の話に戻ると
そもそも中毒性って何?ってことで。
中毒性
読み方:ちゅうどくせい
接触・摂取することで精神または肉体に快感をもたらし、その感覚を繰り返し享受し続けた者に絶え間なくかつ耐え難い快感の渇望をもたらす物の性質のこと。類似した語に「依存性」などがある。
絶え間なくかつ耐え難い快感の渇望…
この辞書書いた人、大丈夫か?😅
いやそう、そのとおりですよ。
耐え難い快感の渇望…でしょ
何度観ても「次」を、求めてしまう
もちろん、どの芝居、ショーでも
観られるだけ観たい!は当たり前なんですが
VIOLETOPIAに関しては、
もう一度観たら
何か違う気持ちの高揚があるのかも?
あれが正解かと思っていたけど
もしかしたら違うのかも?
あの中に身を浸す感覚の中でしか
確かめられない
そう思うと、のどが乾くかのように求めてしまう
…ってゆーのが、だから中毒性だよね
ちなみに、
1度観た時の感触が
同じ方向にどんどん深まっていくようなショーは
例えるなら陶磁器のようなもので
絵の具等と違って
何かを重ねて楽しむものではなく
既に完璧に完成されたそのものを、
じっくり見て
新たな発見を重ねていく楽しみ方なのかなと。
今日は新公ですね
下級生ちゃんたち、頑張れ!
それでは、ごきげんよう
