娘が入院中、わたしは毎日欠かさず病院に通っています。
入院中の精神状態はとてもひどく、会いたくない!帰れ!と叫ばれるのはわかっているんだけど、
それでも毎日行っています。
ここ数日、とっても良い天気だったメルボルン。
春の陽気に誘われて、いつもははかないスカートをはいてみました。
すると、ふと、無地のTシャツに、スカートと合わせたネックレスを付けたら可愛いかな、と思いました。
でも、病院に行くのにおしゃれしてどうする!と思い、その考えは却下。
娘が病気に苦しんでいるのだから、母親のわたしも、苦しまなくてはいけない。
ヘラヘラおしゃれなんてしてる場合ではない。。。
無意識に、そう考えている自分に気づきました。
病院に行くときに限らず、ここ1年以上、わたしは、自分がおしゃれすることも、
それどころか、楽しむことさえも、自分に禁じていました。
友達と出かけたことも、短時間お茶したことを除いて全くなかったし、
唯一自分へのご褒美は、病院への行きかえりの途中に一人でカフェに30分寄ること。
それだけでも、罪悪感を感じながら。。。
前に「罪悪感」というブログを書いたことがあるけれど、
母親は、子供の幸せだけを願い、子供を差し置いて幸せを感じてはいけない。
・・・子育ての中、その考えを取り払うことが、とても難しかった。
そして今、娘が苦しみのどん底にいる今、
自分が笑うことも楽しむことも、この1年以上、無意識に禁じていたことに気づきました。
誰に何を言われたわけでもないのに、娘が苦しんでいるときは、自分もずっと一緒に苦しむことが義務のように感じていました。
自分の好きなことも、欲しいものも、やりたいことも、もう思いつかなくなっていました。
・・・でも、それで娘が幸せになれるわけじゃない。
何なら、せめてわたしが人生を楽しむほうが、娘に元気を分けてあげられるかもしれない。
闘病は、まだまだ長い道のりになりそうです。
その間、ずっと自分の欲望に蓋をして、自分の人生を見つめることなく過ごしたら、
共倒れになってしまうかも。
少しづつ、自分のことを大切にしていかなくては
・・・そしてこれは、子育て中のママすべてに言えることだと思います。
自分の幸せを、抑えつける必要はないんだよね。
幼い子供がいるからって、自分の趣味をあきらめる必要はない。
好きなおしゃれをしてもいいし、自分の幸せを求めてもいい。
母親はこうあるべき、という思い込みは、自分で自分を縛り付けてしまいます。
少しづつ、自分の好きなこと、自分の幸せを取り戻すことで、
娘にも、人生の希望や光を感じさせてあげられるよう、
ネックレスくらいつけたっていいんだよねって、ふと思いました