前回のあらすじ
フランスに輿入れをしたマリー・アントワネットはデュバリー夫人の美しさに惹かれるが、国王の娘達からデュバリー夫人が元は娼婦である事を聞かされ嫌悪感から公然と無視をしてしまう。
階級が下の者から上の者には話しかけられないしきたりのヴェルサイユで、中々王太子妃から声をかけて貰えない寵姫は国王ルイ15世に愚痴を浴びせ、ついにアントワネットに寵姫に一言で良いから言葉をかけてやって欲しいとメルシー伯を通して命令するもアントワネットは国王の命令すら無視してしまう。
あわやフランスはオーストリアに開戦か?と緊迫した状況になってしまう。
何故ならオーストリアには何としてでも、アントワネットに服従して貰わないと困る状況に陥っていたから…と言うのが前回迄のあらすじです。
さて、ここからが今回のお話し。
その頃オーストリアはどんな状況だったかと言うと…
フランスでアントワネットが暢気(?)に寵姫と対決していた頃、ヨーロッパの東側では、プロイセン王フリードリヒとロシア女帝エカテリーナの間でポーランド割譲の提案が進められていました。
皇帝とは言え、母との共同統治で肝心要の所を握られているヨーゼフは、早く何がしかの成果を上げたいと躍起になっていました。
そこを付け込んで、狡猾なフリードリヒがヨーゼフをそそのかし、まんまとその気にさせられたヨーゼフは、宰相カウニッツを巻き込んでこのポーランド割譲の提案に賛成したため、母マリア・テレジアは良心を咎めていたんです。
女帝は父が急逝し、自分が王位継承者として即位した時の事を忘れていない。
あの時、ハプスブルクの家領を勝手に占拠され、どれだけ苦しい思いをさせられてきたか。
占拠下に置かれたシュレージエンの国民達が、どれ程惨めな思いを味わったか。
女帝は占拠された国民達の余りにも凄惨な生活状況を耳にする度に、手を合わせる思いでいました。
あの時、どれ程プロイセン王を卑怯者と罵った事だろう。
今、それと同じ事を最愛なる我が子ヨーゼフがやろうとしているのだ!!
まさに、泥棒だ!
マリア・テレジアはこの分割案が倫理的犯罪であり、罪のない無抵抗な国民に対する略奪行為であると思っていました。
「いかなる権利があって、これまで我々が誇りをもって保護してきた人々の上に、略奪を許せようか?かの地をどんな形であれ分割するのは不当であり、恥ずべき事である。私はこの提案を遺憾に思うし、関わりあいになる姿を見られるのは恥だと言わざるを得ません」(※ツヴァイック著「マリー・アントワネット」より抜粋)
彼女は「倫理的な配慮」…利益よりも情を取る事が「弱さ」と見られても、不誠実と思われるより余程ましだと思っていたんです。
実は、ハプスブルク家の君主達は代々、一度約束した事は守り通す事を旨としていました。
マキアヴェッリの君主論によれば、この様な考え方は君主失格ですし、何が何でも約束を守ると言う姿勢は、ヨーロッパ諸侯から「馬鹿正直」だと物笑いにされていました。
それでも、いかにハプスブルクにとって莫大な利益となろうと、人の道に外れる事は良しとしない家風が代々受け継がれていたものですから、女帝は、世界に向けて顔向けが出来ない、なんたる恥さらしと苦しんでいたのです。
マリア・テレジアが、何とか不安定な多民族国家を維持し、防衛しようとしているのに対し、ヨーゼフは女帝の宿敵フリードリヒを崇拝し、母を非難する。
そればかりか、フリードリヒを真似して、戦争、領土拡大、改革の夢ばかり追っている。
息子と共同統治をしている女帝は、毎日の様にヨーゼフとカウニッツからポーランド分割の協定書にサインをする様に要求され、フリードリヒからはオーストリアが分割に賛成しなければ戦争は避けられないと脅される。
「彼女はこの提案を泣く泣く受け取るだろう」とフリードリヒが予想した通り、息子を説得出来ず、とうとう諦めて絶望的になりながら協定書にサインするマリア・テレジアは、自分も共犯だと苦しんでいました。
戦争を回避する為とは言え、ポーランド割譲を知ったらフランスは何と言うだろう。
ポーランドに対する盗人の様な行為を、同盟に免じて無視してくれるだろうか?
それともこの分割要求を非難するだろうか?
もしルイ15世がポーランド割譲を非難したら、世界はまた戦争に巻き込まれるかも知れない。
全てはルイ15世がオーストリアに対して友好的か否かにかかっていたのです。
どんなに小さな火種も消しておかなくてはらならない。
国王の気持ち一つでヨーロッパが戦火に巻き込まれるかも知れないのだか…。
・・・・to be continued