ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
皇妃エリザベート⑩
結婚式の後、新郎新婦はブレスブルク城で新婚生活を迎えた。
しかし・・・
そこでも、シシィは惨めな夜を迎える。
その居城は古く陰鬱な雰囲気で底冷えした。
加えて、翌朝、身支度を整えるにも、洗面所には洗面器が1つあるだけだった。
若い花嫁の気持ちが解れる様な、洒落た鏡やブラシの1つも用意されていなかった。
もし、花嫁の義母がマリア・テレジアの様に気を回す女性だったら、シシィも少しは息が付けただろう。
マリア・テレジアは異国から花嫁を迎える際、少しでも居心地よく寛げる様、せっせと新郎新婦の部屋の改装には心を配ったのだから。
しかし、ゾフィーにはその様な女性らしい配慮が欠けていた。
シシィにとってこれらの事は、ほんの始まりに過ぎなかった。
ハプスブルク家の嫁に相応しい女性に育て直そうと、ゾフィーの配下にいる女官達が常にシシィの一挙手一投足を見張って報告をしていた。
頼みの綱であるフランツ・ヨーゼフは?と言うと、政務に忙殺されて朝早くから夜遅くまで宮廷の執務室に籠りっ放しで、中々帰って来ない。
シシィの行動や発言に少しでも気に入らない所があれば、ゾフィーの息のかかった女官達は逐一ゾフィーに報告し、その度にシシィは厳しく叱られる。
本来、自由でいる事を何よりも愛するシシィにとって息が詰まるばかりか、シシィとハプスブルク宮廷では根本的に価値観が違うのだから、どう振る舞えば良いのかさっぱり分からない。
シシィは「また叱られる」と思うと、毎日ビクビクしながら過ごさねばならなかった。
とうとう我慢出来ず、ある時シシィはフランツ・ヨーゼフに頼み込んで一緒に遠出をした。
外の空気に触れれば、少しは気分が晴れるかも知れない。
事実、自然に触れ、夫と他愛もない会話を楽しむ事は心から楽しかった。
それはフランツ・ヨーゼフにとっても同じだ。
元気がなく笑う事も無くなっていったシシィが、初めて結婚前の生き生きとしたシシィに…フランツ・ヨーゼフが何より愛した「あのシシィ」を見る事が出来たのだから。
しかし…
久し振りに夫婦二人きりの時間を満喫し、リフレッシュした気分で宮廷に戻ると、直ぐにゾフィーがやって来て、シシィは一喝されてしまう。
「皇帝は小間使いではありません‼︎」
先程迄の笑顔は何処やら。
ゾフィーの一言で、再び延々と悪夢の様な毎日が続く事を思い知らされる。
あの人と幸せになる為結婚したのに、これじゃ何の為に結婚したのか分からないわ…。
シシィは途方に暮れる。
つづく