ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
神聖ローマ帝国消滅、ナポレオンvsハプスブルク⑧
ナポレオンの気配りはそれはそれは凄かった。
花嫁が快適に過ごせる様にと、毛皮のコートを届けさせたり、大公女の到着を待ちきれなかったナポレオンは嵐の中マリー・ルイーゼを迎えに馬を走らせた。
そんな未来の夫の気遣いに、マリー・ルイーゼはますます時めくのだった。
やがて、マリー・ルイーゼは男の子を産み落とす。
名前は、ナポレオン・フランソワ・シャルル・ヨゼフと名付けられた。後のライヒシュタット公だ。
だが、ナポレオンは我が子を「ローマ王!!」と呼ぶ。(※)
どうやらこの人、やはり「王族」と言うモノに拘りがあるらしい。
マリー・ルイーゼはナポレオンの事を「ナナ」「ポポ」と呼び、互いに愛し合った。
オーストリアの宮廷にも、マリー・ルイーゼ男児出産のニュースが届く。
フランツは依然としてナポレオンの事が大嫌いだ。
初孫の誕生は喜ばしいが、父親が気に入らない。
「ナポレオンの事はスルーして、マリー・ルイーゼにはお祝いの手紙を書こう!産後の身体が心配だからねぇ」フランツは君主としては頼りないが、優しい良き父なのだ。
愛息ナポレオン(ライヒシュタット公)は壮絶なる難産の末に生まれた。
「どちらかの命を選択しなくてはならない時は、妃の命を優先する様に!子供ならまた作ればよいのだから」…それを口走るのもどーよ!?と思うが、ナポレオンがそう命令した程難産であり、鉗子を使い赤子を引っ張り出す事になる。
やっとの思いで生まれ落ちたその時、チビナポは息をしていなかった。
死児と思われた嬰児は、暫くカーペットの上に放置されていた。
医師団が掛かりきりになる位、皇妃の容態も悪かったのだ。
幸運にも、偶々カーペットの上に捨てられた赤子を見つけた付き添いの女官が「可哀想に…」と、カーゼで身体を拭いてやると、赤子は奇跡的に息を吹き返し産声を揚げたのだった。
ナポレオンはハラハラと涙を流し、「生きている!」と叫んだと言う。
小さなナポレオンは元気にすくすくと育っていった。
意外にも子煩悩な皇帝ナポレオンは目の中に入れてもいなくない位、愛児を可愛がった。
そして・・・・
年の離れた夫が、年若い妻を教育する様に、ナポレオンはマリー・ルイーゼに政治に参加する機会を与えていった。
その成果は見る間に現れ、マリー・ルイーゼはフランス皇后としてナポレオンが遠征でパリを離れる時は、ナポレオン内閣の代行をするまでになっていった。
ナポレオン一家にとって、束の間の幸福な時間となる。
※ローマ王とは神聖ローマ帝国皇帝の呼称。ローマ教皇自ら王冠を授けられて初めて皇帝と名乗る事が出来る。代々ハプスブルク家が皇帝職を継承する様になり、皇帝=ローマ王から、皇太子=ローマ王とも取れる様に変化していった。
神聖ローマ帝国消滅、ナポレオンvsハプスブルク・完