カールの失墜④ | Salon.de.Yからの贈りもの〜大事な事は全てお姫様達が教えてくれた。毎日を豊かに生きるコツ

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元ワイン講師であり歴史家。テーブルデコレーションを習いに行った筈が、フランス貴族に伝わる伝統の作法を習う事になったのを機に、お姫様目線で歴史を考察し、現代女性の生きるヒントを綴ったブログ。また宝石や精神性を高め人生の波に乗る生き方を提唱しています。

ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」

カールの失墜④

 

 

イスラム教徒を駆逐したカールの威力は絶頂を迎えていたその時、カールの懐刀であった新教徒のザクセン公モーリッツが謀反を起こしたのだった。

 

「イスラム教徒も大人しくなったし、新教徒もモーリッツが睨みを利かせてくれているお陰で静かになった。これで暫くゆっくり出来るかなぁ…。しかし、今晩は冷えるな。こんな晩は早く寝るに限る、おやすみ~」と床に就くか就かぬかと言う時の事

 

「陛下大変です。直ぐにお支度を」何やら囁く声がする。

 

「なっ、何だ急に?」

 

「しつ…お静かに。宜しいですか、間もなくモーリツの放した刺客が到着します。陛下は闇に紛れてお逃げください」

 

「何だってーっ!!

 

カールは少数の従者を連れて、ブレンナー峠の方向に逃亡した。

間一髪のところで、カールは命を救われたのだった。

 

「モーリッツが…モーリッツが…」

 

モーリッツは新教を捨てたと見せかけてカールに仕え、実は新教徒と手を組んで新教巻き返しを図っていたのだった。

 

これによって、表面的にはカトリック勢が優位な立場に見えるが、実質的には新教徒に大幅な譲歩を余儀なくされてしまった。

この後、新教徒問題は弟のフェルディナントに引き継がれるが、フェルディナントも帝国内外からの攻撃から自家を守るのが手いっぱいで、新教徒圧政には至らなかった。

 

心から信頼していた腹心の部下に裏切られた…。


カールはこれを境にすっかり気力を落としてしまった。

 

思えば、カトリック教徒の最高指導者として粉骨惜しまずにヨーロッパ中を駆けずり廻って来たが、果たして実の得た一生だっただろうか?

 

スペインの政治は妻イザベラと副王に任せ、実際に自分がスペインに居た時間はわずかでしかない。

その愛する妻も僅か10数年の結婚生活の末、産褥熱で死んでしまった…それに比べ、弟のフェルディナントは16人の子供に囲まれて何とも実のある人生だろうか!

 

カールはずっと昔、弟の宮廷に立ち寄った時の事を思い出す。


後から後から小さな子供達が現れて「カール叔父さん!」「叔父さん、皇帝なんだよね、格好いいなぁ」と言いながらカールに纏わりついて来た事を思い出して、ふと笑みが溢れる。


(うーん、子供ねぇ…16人は要らないかな?でも、うちは3人だから、あと2人か3人は欲しかったなぁ。家族水入らずで子供の成長なんて見てみて見たかったな。それに、もっと母上の見舞いにも行ってあげたかったし、何よりイザベラには寂しい思いをさせてしまった。)

 

「今が潮時だな…」

 

カールは弟フェルディナントとの約束を履行する時が来たと悟った。

 

カールとフェルディナントはかつて、カールの息子フィリップが丁年になるまでフェルディナントが皇帝となり神聖ローマ帝国を守る約束をしていた。

その為に、カールは自分の戴冠式を終えると直ぐに、ローマ王(この場合は次期皇帝と言う意味)にフェルディナントを指名しておいたのだった。

 

とは言え、この世の春を味わっていた時、一瞬カールは弟をローマ王に指名した事を後悔した事があった。

愛児が成人するまで自分が皇帝職を全うしたい、そんな欲が横切ったのだ。

 

でも、それも今は昔。

 

カールは由緒ある金羊毛騎士団の団長を始めとする17種にもなる肩書をすべて、息子や兄弟に譲る事にした。

 

その辞任式は1年をかけて行われた。

 

 

カールの失墜・完