ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
カールの失墜③
多忙なカールはルターの意見を聞き、カトリック教徒と新教徒の今後の方向性について大筋を纏めると後は評議員に託し、スペインに戻っていった。
しかし、ルターの投げかけた一石は大きく、その波紋は帝国内にジワジワと拡散していった。
やがて、波紋はヨーロッパ中に広がり、貧し農民や市民を筆頭に新教徒の数は膨れ上がり、新教徒とカトリック教徒の間で血で血を洗う争いが絶えなくなった。
まさに、ヨーロッパ中が震撼!した。
温和なカールもこのまま黙って見過ごす訳にはいかない。
カールは代理人を派遣して、新教徒たちと和解策を見出そうとした。
新教徒と皇帝の代理人との間で何度も協議が繰り返された。
しかし、
どうしても折り合いがつかない。
再びカールが直々にアウグスブルクの国会に出向き、帝国追放となったルターの代わりに出席した新教徒の神学者メランヒトンから要望書「アウグスブルクの信仰白書」を受け取った。
要望書の内容はルターの思想を考察し、人は信仰によってのみ救われると、当時の教会制度を激しく糾弾するものだった。
しかし、
カールはルターやメランヒトンを処罰する事は出来ない。
何故なら、カール自身、この信仰白書に同感し、大きく頷かざるを得なかったから。
「そうなんだよなぁ。あのなまぐさ坊主どもをあのままにしておくのもなぁ…。」
しかし、カールはカトリックを擁護する立場にある。
真っ向からローマ教会と対決する事は出来ない。
「くぅぅ困った。カトリックを擁護する立場になければ、ルターの主張を推してやれたんたが…。ってか、何でこう次から次へと問題が起きるんだよぉ~。ホント皇帝って大変だよなぁ、よく爺ちゃん無給でこんな仕事やってたよなぁ」
カールが他のカトリック教徒と違い、ルターの心情を汲みする事が出来たのには訳があった。
カールを始めとするハプスブルク家の宗教に対する考えは、ロッテルダムの思想家エラスムスの思想を根本としていた。
そして、ルターこそエラスムスと共に信仰の純粋さを求め共に切磋琢磨した仲間だったのだ。
新教と旧教と別の道を歩んでいるものの、信仰に対する純粋な思いは同じだった。
「分かる!すっごぉぉく、分かるよぉ…」
カールは寛容の姿勢で両者の接点を見つけ、そこから何とか和解する様、妥協策を練っていくしかなかった。
その結果、式典や儀式など形式的な事はカトリックの様式を取り入れ信仰の自由を認める方向で何とか和解策に持ち込んだ。
つまり表向きはカトリックのやり方を襲踏してくれれば、後は好きにしてイイよ!と言う具合だ。
苦肉の策だ。
双方の顔を立てるにはこれしかない!
いや、これ以上の譲歩が何処にある?
しかし、これでは表面的には何とか平穏を保っているに過ぎず、新教徒の心情としては決して納得が行くものでは無かった。
カトリック教徒も新教徒も自分達の信念こそ正しい、と譲らない。
二者共存はありえない!
目指す所は同じながらも、互を理解しようとせず、自分の信じる信仰だけがこの世の全てであり、他は認めないとするから争いは続くのだ。
この価値基準は時を経た今でも変わらない。
矛先がプロテスタントからイスラム、有色人種に変わっただけだ。
そして、この時とったカールの温情が、皇帝威厳の失墜へのプロローグとなった。
つづく