テレーゼは子供の頃から乗馬が得意だったけれど、人馬一体となって馬を操るハンガリーの人々に敬意を示すには、馬術の腕を磨かなきゃ笑われてしまうと考えたの
結果は、首尾上々。
テレーゼの手綱裁きに感激して「女王様、万歳!」で迎えられたの。
↑颯爽と馬で入城を果たしたテレーゼ
その後の議会でも、テレーゼは辛抱強くハンガリー貴族達の高飛車な要求と交渉を重ね、双方が納得出来るギリギリの所で合意したの。
だから、独立心が強く反抗的なハンガリー議会も、テレーゼの統治時代は「我らが女王様」と譲歩して、決して逆らう様な事はしなかったのよ
ところが、
テレーゼが第一線から退いて、息子のヨーゼフが皇帝になると、支配者面をするヨーゼフにハンガリー人はカンカン!
「母上が黙っているから、いい気になって要求ばかりしてくるんだ!厚かましさにも程がある」と言うのがヨーゼフの弁
でも、ハンガリーの人達の心情は「テレーゼあってのハプスブルク家」だったのね。
女王様が自分達を大事思って理解してくれるから、女王様が困った時は命を賭けて助けてあげようと考えていたの。
そこの所をヨーゼフは全然わからずに、「家来の癖に生意気だぞ!」と相手の気持ちを逆なでする様なやり方をしたものだから、ハンガリー人達は猛反発をして、ヨーゼフの命令は全く聞かなかったの
ストーリーが長くなってしまったけど、この様に相手と良い信頼関係を築いて行くには、相手と目の高さを合わせて、物事を考える事が大事なのね。
それが、相手の懐に入ると言うこと。
だからこそ、相手にこちらの思いが伝わる様、敬意を持って、行動で表現していく事が必要なんですね。
敬意を表すると言うと何か堅苦しい感じがしますが、例えば、対個人なら、そのご家庭のやり方を尊重する。
自分の家のやり方と他家のやり方に違いがあるのは当然の事。
でも、どちらが正しいとか、ましてや、どちらが上でどちらが下はありませんよね。
これが対国になった場合も一緒。
他所の国の文化も、その国の人にとっては代々受け継がれた何よりも大切なモノ。
特に、文化は宗教や心の在り方を元に作られて来たものですから、心の拠り所です。
ですから、外交や観光で外国の文化に触れた時、文化の違いを理解しようと言う気持ちが大事なのであって、批判するのは以ての外ですよね。
戦争が起きると、外国の軍隊は相手国の文化財を跡形もなく破壊しようとします。
かつての革命やクーデターもそうでしたが、王朝等が倒れる時も、憎しみと言う感情によって歴史や文化迄、全て壊してしまう。
その様に、相手の心を無にしてしまう様な行為から信頼関係は生まれませんよね?
無残に壊された残骸を見た人達の心には、新たな憎しみが生まれてしまうでしょう?
文化とは長い歴史の中で、人々が命を継いで作り上げてきた物。
郷に入っては郷に従えではありませんが、重要なのは違いを受け入れて理解する事です。
そこから、自分達に欠けていた、何か学ぶ事が見つかるのですから。
日本は「和」を大切にするお国柄。
相手の文化やしきたりを尊重しながら、臆する事なく私達の持つバックグランドを表現していきたいものです。
世界の1人1人が驕らず、相手の文化や相手の持つバックグランドに敬意を示せば、もっと争いは無くなると思いませんか?