中学生になった私に、父は入学祝だと言って三万円をくれた。
というのも、三女が進学するとき、長女が中学を卒業するので、制服も鞄も持ち物の多くがそのまま使えるので、お下がりをそのまま使った。
そして私の時には次女が卒業し、そのままお下がりを使うことになっていた。
サイズが小さくて使えない場合を除き、大きくてもそのまま問題なく使えるので、その事に不満はなかったが、押しつけがましく言われるのが我慢ならなかった。
小学校入学時もそうで、私が入学した時は、姉妹全員が揃って通うことになる。
長女と違い、私はほぼ全部お下がり。
しかし、長女の余所行きは、私に降りてくるころには流行遅れで古着になっている。
つまり普段着となるわけなんだが、大事に着るも何もない。
暴れん坊の三女が派手に破くし、彼方此方痛んでもくるし、ほぼワンシーズン着たらお役御免になる。
別に私の管理が悪いわけでもないし、物持ちが悪いわけでもない。
けれど、長女に言わせればムカつくんだそうだ。
そんなわけで、本当は私に譲りたくない本音が見え隠れする。
それを父親に言ったところ、学生鞄を買うようにと入学祝を貰った。
だが、それに怒り狂ったのは長女だけでなかった。
しかも何故かボダ子まで対抗心を燃やし、入学式三日前になって制服を新調すると言い出し、無理やり学校指定の洋品店へ連れて行かれる。
この行為がさらに長女の嫉妬心を煽り、三女をひねくれさせてしまう。
まったく、どいつもこいつも素直に言えばいい物を…。
ボダ子は言わなきゃわからないし、プライドを刺激しないと自ら動こうとしないんだよ。
計算でやったわけじゃないが、いつものパターンでこうなった。
面倒な姉妹の嫉妬と妬みを受けて、私は中学生になる。
入学式の日、来ないと言っていたボダ子が入学式にやってきた。
それさえ姉たちには嫉妬になるらしい。
参観日さえ後回しになる末っ子は、来て欲しいと言えば我儘だと言われる。
なので何時しかどうでもよくなっていた。
だから、入学式に来ても来なくても今更で、特に気にせず友達と誘い合って中学へ向かう。
この時、三女は「学校ですれ違っても絶対話しかけるな」と、私に向かって言っていたくせに…。
入学して三日目、オリエンテーションも終わり、全員どこかしらの部活に入らなければならない。
私は、幼いころから吹奏楽部に入りたかったので、とりあえず見学に行くことにした。
しかし、あまりの入部希望者の人数にドン引きしていたら…部のOBである電気屋の親父が、今日も後輩指導にやってきて、イキナリの恫喝に一気に希望者が引いて行った。
流石にあんなふうに怒鳴られて、日々の練習に励めと言われても、モチベーションを維持できそうにない。
私は穏やかにのんびりマイペースにやりたいタイプだ。
ガツガツがっつくタイプではないので苦手。
そんな風に思い悩んでいたら、三女の同級生が私の教室にやってきた。
彼女たちの用件とは、女子部員を募集していて、協力してほしいとのこと。
でも、三女に関わるとろくなことが無い。
やんわりと断りを入れたが、中々諦めようとせず、日参されてしまった。
三女の部活メンバーである彼女等に手を焼き、三女に「いい加減にして」と訴えたが、「嫌ならお前がハッキリと断ればいいだけの話」と言い、聴く耳持たずに平行線で終わる。
仕方なく、彼女等の頼みを聞いて、「声をかけてみるだけ」と言い、部員が集まらなくても恨まないでほしいとことわった。
各クラスの女子に声をかけ、三人の女子部人が集まった。
これで女子卓球部の廃部は免れるという。
男女それぞれの部長が私のクラスまで訪ねてきて礼を言われた。
三年にとったら最後の夏で、初めて念願の男女ダブルスで公式戦に参加できるという。
嗚呼、私は思いがけず、みんなの役に立ったんだ…とホッとした。
けれど、運動が苦手な私は彼等について行けるはずもないので、最初は入部を断っていたが、声をかけた以上、部に入るように説得されてしまう。
練習について行けなくてもいいし、自分のできる範囲で構わないからという条件付きで入る事になる。
私は部の功労者である以上、三女は面と向かって反対できない。
マネージャーは認めないという顧問の方針で、私は正規部員として入部した。
でも、本当のトラブルは、この後私を襲うことになる。
それは、女子部の三円と顧問に問題があったのだった。
そんな事とは知らずに部活がスタートする。
入部してすぐに基礎練習が始まった。
校庭を十周走るメニューなんだが、私は半分走ればいいところで、とてもじゃないが全メニューをこなせない。
そんな私でも面倒がらずに先輩たちは励ましてくれた。
一方で足手まといだという三女は、一切私に関しては他人行儀で、ラケットに関しても同じ物を持つことを嫌い、私も三女の持つペンタイプはあまり好きになれずシェイクハンドにした。
シェイクハンドは、三女と同級生の正木先輩が使用していて、私は彼女の下について日々練習に励むようになる。
また、私はサウスポーであったので、男子部の三年の先輩も練習に付き合ってくれ、ワクワクドキドキの中学生活を送った。
まあ、それくらい男女ともに一年生の入部は大変喜ばれたのだけど…。
中学生最初の中間テスト。
五教科のみのテストで、可もなく不可もない成績。
一見すると順調のように思えた中学生活も、この後、隣町のSJ中学校の練習試合の申し込みがきっかけで、とんでもない事件が起き、地獄へと変化する。
何も知らない、無知というのは、時として悲劇を生む。
私のクラスの担任は、実は保健体育の教員で、男子卓球部の顧問だった。
でも、何故か女子部の顧問を拒否し、困り果てた三年女子が一年の頃、国語科の国本女史に顧問を依頼する。
その頃の女子部は同好会。
つまり公式戦への出場は個人参加。
団体への登録はシングルスが四人、ダブルスが一組の計六名が条件。
三年女子が三名で、二年が四名、一年女子も同じく最低二人以上必要となるため、私に三人に声をかけさせたというわけだ。
夏の全国大会が終われば三年は引退するので、一年生は三人以上の入部が必要だった。
そこで顧問が必要になって、名前だけ借りていたという経緯があるという。
だけど、そんな事情があったとして、一年生の私に何の罪科があるというのか。
そう言う込み入った事情は、現三年生が国本と昇華すべき問題だろう。
だが、国本の矛先は、何も知らない私へと向けられた。
それはある日突然、何の前触れも無く始まった。