この度、我々「広島文学資料保全の会」は、ユネスコが制定した「世界の記憶」(国際登録)に、「広島の被爆作家による被災直後の資料」を広島市と共同で申請することを決定し、現在準備を進めています。
ユネスコ「世界の記憶」とは、世界的に重要な文書、絵画、フィルムなどの保存やアクセス促進を目的に、ユネスコが1992年に始めた事業で、1995年から登録が開始されました。『アンネ・フランクの日記』『ベートーヴェンの自筆譜』などが登録されており、日本からは『山本作兵衛炭坑記録画・記録文書』が2011年に初登録されました。
1945年8月6日午前8時15分、広島に原子爆弾が投下され、人びとの暮らしは一瞬にして失われ、被爆直後は「75年間は草木も生えない」と言われてきました。それから78年経った今、広島という街は、市民の絶え間ない努力によって見事に復興を遂げました。
その裏側には、「核兵器廃絶と世界恒久平和の実現」のために、文学の力で訴え続けた作家たちがいます。その中には、直接被爆した作家たちが後世に伝えようと、言論の自由がない時代の中、被爆した直後にその惨状を命がけで残した数少ない資料があり、それらはまた作家たちの創作過程が伺える貴重なものでもあります。
申請する資料は、次の通りです。
- 栗原貞子『あけくれの歌(創作ノート) 』
- 原民喜『原爆被災時の手帖 』
- 峠三吉『原爆詩集(最終稿) 』、『被爆時の日記 』、『メモ~覚え書~感想 』
今回は、『屍の街 』(大田洋子)の自筆原稿(日本近代文学館所蔵)も追加するため、現在デジタル化と調査を急ピッチで進めています。
2023年6月28日昼ごろ、日本ユネスコ国内委員会より発表があり、ユネスコ「世界の記憶」の申請書提出の締切が2023年8月28日となりました。申請書提出の締切を1ヶ月後に控え、7月26日午前9時30分から、広島市役所の市政記者室にて、記者会見を行いました。
その模様は、各報道局により取り上げられました。
・NHK広島(2023年7月26日放送)
https://www3.nhk.or.jp/hiroshima.../20230726/4000023101.html
・RCC(2023年7月26日放送)
・広島HOMEテレビ(2023年7月26日放送)
https://www.home-tv.co.jp/news/content/...
・中国新聞(2023年7月27日朝刊)
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=134860
・朝日新聞(2023年7月27日朝刊)
https://www.asahi.com/.../art.../ASR7V740ZR7VPITB013.html...
・毎日新聞(2023年7月27日朝刊、広島)
https://mainichi.jp/articles/20230726/k00/00m/040/235000c
・毎日新聞(2023年7月27日朝刊、東京)
https://mainichi.jp/articles/20230727/ddm/012/040/094000c
また、それに関連し、7月28日の中国新聞朝刊では、故大江健三郎氏からの書簡についても取り上げられました。
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=134897
ただ一つ、引っ掛かっていることがあります。
この度の記者会見を行うということについて、前日に日本共産党広島市東地区委員会に、しんぶん赤旗(日本共産党発行の新聞)の記者に是非とも取材に来てほしいという旨のメールを送りました。しかし、いまだにその返事もなく、記事も一切出ていません。
なぜ日本共産党広島市東地区委員会にメールを送ったのか。それは、今回申請する資料のうち、峠三吉の『被爆時の日記』『メモ〜覚え書〜感想』の2点の所有者が日本共産党中央委員会党史資料室だからです。
峠三吉は、生前、日本共産党の党員でした。峠の死後、長兄・一夫氏が長く保管していましたが、詩人・増岡敏和氏の強い要請を受け、遺族により2002年に日本共産党中央委員会に寄贈されました。
2016年8月3日、ユネスコ「世界の記憶」登録の促進とともに、核兵器のない世界を実現するために活用しようと、広島平和記念資料館で管理することになったことで、広島市に寄託されました。
この時の模様は、実際に赤旗で報じられました。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-08-04/2016080403_02_1.html
この記事にもあるように、岡室長は「原爆文学資料を世界記憶遺産にという取り組みや、核兵器のない世界の実現に向け役立つと思い、喜んで寄託させていただきます」と応じたのです。
しかし、その後は2016年8月14日に行った「反戦・原爆詩を朗読する市民のつどい」についての報道があったきりで、申請を行った2021年、記者会見で申請について報告をした際も取材は一切ありませんでした。
今回、せっかく申請するわけなので、僕はメールを送り、記者会見を行うことを伝えました。しかし、何の反応もないわけです。返信すらありませんし、記事にもなっていません。
日本共産党は、先日創立から101周年を迎え、幹部会委員長名義で声明を発表。この声明は、日本共産党のホームページはもちろん、赤旗でも大々的に取り上げられましたが、その中ではっきりと「平和・民主主義・人権・暮らしのために、国民とともに不屈にたたかってきた」「古い政治にしがみつく勢力からの攻撃は、新しい政治をつくるものの名誉だと考えて、多くの方々と力をあわせて打ち破っていく。これが私たちの決意だ」と述べています。
確かに、メールを送ったのも記者会見の前日だっため、記者を送るということができなかったのかもしれません。それでも、一政党の日刊機関紙とはいえ、報道機関の一つとして一端を担っていることに変わりはありません。遅くなったとしても、少なくとも返事をするのが筋であり、この度の日本共産党広島市東地区委員会の対応は、報道機関としての誠意もなく、この声明の内容に反する対応ではないでしょうか。
今回の対応から、日本共産党広島市東地区委員会にとって峠三吉の資料は、「世界の記憶」に登録されようがされまいがどうでも良く、興味も一切ないという意思表示と思わざれを得ません。我々としても非常に残念であり、言葉にできないほどの憤りを感じています。