前々回の投稿から、昨年12月20〜22日に行った鹿児島研修旅行の振り返りをしています。

 

前々回:鹿児島研修旅行①

 

 

前回:鹿児島研修旅行②

 

 

 

 

今回は3日目、22日です。

 

 

 

3日目は、基本的にはフリーだったので、桜島の温泉に行ってきました。

 

実は、温泉を満喫した後、桜島港に向かおうと、ここの最寄りのバス停でバスを待っているとき、奇跡的な出会いがありました。

 

あるおばあさんとの出会いでした。

そのおばあさんのお父さんは、知覧から特攻隊の1人として飛び立ち、お亡くなりになったそうです。おばあさんご自身が生まれて間もないときだったため、お父さんとの記憶はないとのことでした。おばあさんは、このようなことを語っておられました。

 

あんな酷いことは、2度とあってはいけない。特攻隊は、上司から「自殺せろ」と言われて死にに行ったという意味では「自殺に見せかけた他殺」。あんな形で、尊い命が奪われるようなことは、絶対にダメ。今のご時世、コロナのことでストレスを感じて自殺する人が増えている。コロナによるリストラや倒産で仕事を失い、生活する術を奪われ、自殺に追い込まれる。助けを求めても、政府は全然助けてくれない。そういう意味では、特攻隊と同じ、「自殺に見せかけた他殺」。政府だけでなく、今、この世に生きているすべての人が、このことを深く受け止めて、自分の生き方を見直さないといけない。

 

日本は、戦時中、原爆をはじめとする大きな被害をたくさん受けた。でも、それと同じか、それ以上の被害を、外国にプレゼントした。外国だけじゃなく、自国の兵士にまでも。戦争は、国対国だが、国対国民でもある。特攻隊に限って言えば、「自分は行きたくないから部下に行かせる」という構図。どれだけの命を杜撰に扱ったのか。「平和を考える」というのは、そういった目には見えないところを考えることでもある。年齢や出身地なんか関係ない。「自分さえ良ければ」という考えを持っている人がいる限り、いつ戦争が始まってもおかしくない。平和は、待っていても訪れることは決してない。今を生きるすべての人々が、本気で考え、命を大切にしていかなければ、平和な世の中は絶対に訪れない。平和は、今を生きるすべての人々が力を合わせて、築いていくもの。

 

 

 

おばあさんに、広島で僕を含む若者が主体となって平和共育プログラムをしていること、今回は平和活動をしている仲間で研修で鹿児島を訪れ知覧に行ったことを話したときに、おばあさんは「あなたたちのような、自分ごととして捉えて一生懸命活動する若者がいるなら、私はいつでも安心して死ねる」とおっしゃっていました。この言葉を聞いたとき、僕は、70年以上も前のフィクションに感じてしまったり他人事のように感じてしまうようなこの出来事を自分ごとにし、考えるきっかけづくりをしていることを改めて自覚しました。

 

PCVでは、「戦争」「平和」という括りではなく、「戦争文化」「平和文化」という考え方を大事にしています。

「戦争文化」は、「自分さえ良ければ」という生き方、いわば「競争」です。それに対し「平和文化」は「みんなの幸せを考える」、「共創」です。「戦争文化」の行き着く先が、原爆だったり特攻隊だったりという悲惨な出来事です。

 

僕は、Peace Buddyの1人として、平和活動家として、「平和文化」を伝えています。Peace Leaderの1人としてこの活動をやっているということに、誇りを持っています。Peace leaderとして、「平和文化」を伝え、平和な世の中を築き上げていこうと、改めて決意した瞬間でした。

 

 

 

 

今回の鹿児島研修旅行、学んだことがとても多く、是非ともみんなにシェアしたい、そして、是非とも鹿児島に行ってみたいと思ってもらいたい、そんな思いで、昨日25日の夜、研修旅行から1ヶ月が経ったタイミングで報告会を行いました。

 

報告会には、研修旅行でお世話になった野崎恭平さん・萌さん夫妻、手嶋州平さん、古川理沙さん、さらには古川理沙さんの娘さんも参加して、僕たちのプレゼンを見守ってくださいました。

 

広島のPeace Leaderと鹿児島のPeace Leaderが、このような形でつながることができ、連携することができて、とても嬉しいです。

 

その想いを抑えきれず、3回にもわたって綴ったまとめでした。