本日は、広島中央合唱団の定期演奏会があり、廿日市へ行ってきました。
演奏されたのは、メンデルスゾーンのオラトリオ『エリアス』。
作曲家の中でも、随一の宗教家といっても過言ではないのがメンデルスゾーン。
自身も熱心なルター派信者だったメンデルスゾーンは、ベルリンでの1830年6月のアウクスブルク信仰告白300年祭でこれを演奏するつもりで1829年12月に「交響曲第5番『宗教改革』」を作曲を開始しました。実際は、健康を害したために5月までかかってしまい、実行委員会による決定には間に合わず、300年祭に演奏されることはなかったんですが…………(これについてはまた彼がユダヤ系であったことが委員に二の足を踏ませ、あるいは他の有力候補者がいたことによるともいわれており、実際に生前に演奏されることは1度もなかったらしいです)。
そんな裏話があるのですが、彼の『聖パウロ』と並ぶ2大オラトリオであり、ヘンデルの『メサイア』、ハイドンの『天地創造』と並んで最も著名な作品の1つでもある超大作が『エリアス』です。
僕自身、未だ演奏したことはなく、実はまともに全曲を通して聴くのも初めてでした。
メンデルスゾーンの特徴として、ウィーン古典派を受け継いだ、比較的穏和な作風が挙げられますが、オラトリオ『エリアス』は、メンデルスゾーンの作品の中でもその作風がより際立つ作品といってもいいでしょう。
その反面、聖書を題材としていて物語の流れ自体もそれに従っているとはいっても、必ずしも歌詞の全てが聖書からとられているわけではなく、聖書にはない創作された文言も多く織り込まれていることもあり、かなり劇的な内容になっているので、感情移入しやすく、声が枯れる人も…………(笑)(音楽家、特に声楽家にとっては、言い訳になるわけがありませんが(笑))
そういう意味では、ロマン派らしい繊細さとバッハやヘンデルを彷彿させる色彩的な響きが、預言者エリアスが送った激動の人生を描くための手助けになっているとも言えるでしょう。
団員の方からお誘いがあり、今回の演奏会を聴きに行ったのですが、やはり、この曲を全曲通して聴くというのは、聴く側も相当の体力を消費するもの。というのも、5年間にわたり暖め続けたからこその迫力があったからです。
特に印象的だったのは、やはり第38曲と終曲。
第38曲はまさにエリアスが火の馬に迎えられ、火の戦車に乗って天に上るシーン。メンデルスゾーンには珍しいほどの、この燃える炎のごとく繰り広げられる弦楽器の3連符と金管楽器の刻み、そしてティンパニのトレモロ。まるで絶望と希望が入り乱れ、襲ってきたかのような感覚になるほど、グッと押し寄せるものがありました。
そして、終曲。鐘がなるかのごとく、また、エリアスが生きたことを祝福し、感謝し、これから生きていく人々を祝福するかのごとく、荘厳かつ堂々と歌い上げられるコラール。まさに、いまのご時世において、ウクライナに元の生活が戻ることを願い、訴えているかのように感じました。
そもそもですが、全曲を通して聴くこと自体、普通はありませんし、日本でもほとんど演奏されることはありません。だからこそ、今回こうして全曲を通して聴くことができたのは光栄なことであり、贅沢以外のなにものでもなかったと思います。
僕自身も一応コントラバス弾きなので、2階席の最前列で、弾きたくて弾きたくてウズウズしながら聴いていました(笑)
今度演奏することがあったら、コントラバス奏者の一員として呼んでください、寺沢先生!(笑)