今日は、2022年8月6日。

 

「あの日」からちょうど77年が経ちました。

 

 

 

この77年間、世界は平和だったでしょうか。

 

2月にはロシアによるウクライナ侵攻があり、核兵器の使用まで仄めかし、

7月には日本国内でのテロ事件。

 

このようなことが起こっている状態で、「平和」と言えるのでしょうか。

 

 

 

そもそも、「平和」とはなんなのでしょうか。

 

 

 

改めて、本質を考えなければなりません。

 

 

 

①平和活動を始めようと思ったきっかけ

僕は、2019年3月にエリザベト音楽大学(コントラバス専攻)を卒業しました。
エリザベト音楽大学は、ベルギー人の神父であるエルネスト・ゴーセンス(1908年7月19日生、1973年3月8日帰天)によって創立されました。
 

ゴーセンスは、元々は広島市内にある幟町教会の司祭でした。しかし、いわゆる「敵国」の国籍であったため、戦時中は三次市の民間人抑留所に収容されていました。その後、埼玉県内の抑留所に移送され、そこで終戦まで過ごしました。
翌1946年、広島に戻ってきたゴーセンスが見たものは、変わり果てた広島の街でした。ゴーセンスはその状況に心を痛め、「神父として、広島の人たちの心を癒すために、何かできないか」と考えました。ゴーセンスは神父であると同時にヴァイオリニストでもあったため、「まずは自分が広島の人たちにヴァイオリンを教え、そして一緒に演奏することで心を癒すことができるんじゃないか」と考え、1947年9月1日、幟町教会の司祭館(司祭のための居住施設)に「広島音楽教室」を開設しました。そこにはたちまち100人あまりが集まりました。広島での音楽教育の必要性を感じたゴーセンスは、1948年、本格的な音楽学校を開設し、「広島音楽学校」が誕生しました。1952年には広島音楽学校はエリザベト音楽短期大学となり、初代学長兼理事長にゴーセンスが就任しました。
これが、今のエリザベト音楽大学の前身です。

 

このように、母校の創立に、原爆投下が深く関係しており、広島の復興と共に歩んだ歴史を持っていることから「音楽で平和を伝えることが自分の使命だ」と感じ、平和活動を行っています。

 

 

 

②平和活動をやりたいけど…………

平和活動はボランティアで行うもの、という認識が一般的で、僕自身もそのイメージしかありませんでした。

原爆や平和についての知識もない状態で、平和活動なんかできません。平和資料館に通って勉強しよう、と思っても、駆け出しの音楽家に、生活していくだけの給料が入ってくるような仕事なんかあるわけがなく、まずは生活することに必死になり、勉強するほどの余裕もありませんでした。

大学卒業後、2019年4月から、音楽喫茶でアルバイトを始めました。

 

この音楽喫茶は、僕が大学4年間、常連として通い続けたところで、従業員ともとても仲良くなりました。その関係もあり、ここでバイトすることになりました。

しかし、バイトを始める約3週間前、ちょっとした冗談を話したときに、マスターから「仕事の話をした直後に言う冗談じゃない」と怒られました。社会人が当たり前のようにちょっとした笑い話としてするようなレベルの冗談でした。にもかかわらず、長々と一方的に怒られ、これをきっかけにマスターとの関係が崩れていきました。

 

 

 

③バイト先でのパワハラ

4月からバイトを始めましたが、マスターとの関係が既に崩れていたこともあり、気分が落ち込むようになりました。気分が落ち込み、仕事に集中できなくなり、ミスが増えるようになりました。ミスをするたびに怒られ、また気分が落ち込み、ミスが増える、と、負のスパイラルに陥りました。

 

だんだん仕事に行くこと自体が辛くなってきて、5月にはミスをして怒られて泣きながら帰るということが毎日のように起こるようになりました。

「あまりにもミスが多すぎる。もしかしたら、精神的な病気になっているのかも?」とオーナーと話し、心療内科に行きました。

そこで告げられたのが、ADHDという診断でした。

 

ADHD、Attention-Deficit Hyperactivity Disorderの略で、日本語では「注意欠陥・多動性障害」といいます。

発達障害の一つです。

 

ADHDだと言われた時は辛かったです。

普通に健常者だと思っていたのに、いきなり「あなたは障害者だ」と言われたわけですから。

 

ADHDの症状の一つに、ミスが多いというのがあります。

どれだけ確認しても、ミスがあることがあるのです。

 

自分がADHDであると診断を受けましたが、それまでずっと健常者として生きてたわけです。

発達障害だからと言って障害者扱いされると、やっぱりなんか嫌なんですよね。

だから、バイト先でも障害者扱いはしないで欲しいと言いました。

 

ある日、大きなミスをした時、こう言われました。

仕事は結果がすべてなんだ。

どんだけ確認したと言っても、結果としてミスがあったということは、確認不足だということ。

仕事に対しての気持ちが生半可だから、こういうことがおこるんだ。

 

一生懸命やっているのに生半可って言われたんです。

 

この後、「そういう意味で言ったんじゃない」って言われたんですが、

そうだったとしても、結果が全てなら、そう受け取ったというのが結果です。

 

 

 

④挙句のはてに

 その後も、毎日のように怒られ続けました。

 

「お前の代わりは既にいる」

「お前が泣いても、ウザいとしか思わん」

「うちで無理なら、どこに行っても無理」

「次同じミスをしたら殺すぞ」

 

これだけではありません。言われ過ぎて、むしろわからなくなっているくらい。

 

 

 

さすがに、精神的に限界を感じ、仕事を辞めようと思い、その旨を店側に伝えました。

 

その日の夜、仕事が終わったあと、席についてから言われたのは、衝撃的な言葉でした。

 

「うちの何が悪かったのか教えて」

「自分が何か仕事をお願いするとき、健常者と障害者、どっちにお願いする?」

 

言葉を失いました。

どこまで差別発言すれば気がすむのか。

 

 

 

最後の最後まで追い詰められ、鬱になりました。

人間不信にもなり、抜毛症にもなりました。

 

「自分が生きている意味なんか全くない。」

「さっさと死んでしまった方が、世の中のためになる。」

 

そう感じるようになり、家に引きこもるようになりました。

 

 

 

⑤転機

ある日、「いつ、どこで、どうやって死のうか」ということを考えながら、たまたまテレビを見ていました。

音楽番組が放送されていました。

そこに映っていたのは、「ジコチューで行こう!」という曲を歌う乃木坂46でした。

 

坂を駆け上がって
肩で息しながら
(wow...)
強い日差しの中
入江の向こうに広がる海原

 

ずっと抱えてた悔しいことが
何だか ちっぽけに見えて来た
やめよう!もう…

 

この瞬間を無駄にはしない
人生あっという間だ
周りなんか関係ない
そうだ
何を言われてもいい
やりたいことをやるんだ
ジコチューだっていいじゃないか?
マイウェイ
マイウェイ

 

嫌なことが全部
汗で流れ落ちれば
(wow...)
エゴサばかりしてた
今日までの自分も生まれ変わるかな

 

目立たないのが一番楽で
叩かれないこととわかったよ
だけど もう

 

この青空を無駄にはしない
夕立もきっと来るだろう
今しかできないことがある
絶対
どんなに呆れられても
思い通りやるべきだ
嫌われたっていいじゃないか?
マイペース
マイペース

 

この瞬間を無駄にはしない
人生あっという間だ
周りなんか関係ない
そうだ
何を言われてもいい
やりたいことをやるんだ
ジコチューだっていいじゃないか?
マイウェイ
マイウェイ

 

みんなに合わせるだけじゃ
生きてる意味も価値もないだろう
やりたいことをやれ
ジコチューで行こう!

 

僕は、この曲の歌詞を聴いて、ふと思ったのです。

 

「僕は、大学卒業してから、何をしたかったんだろう」

「本当にやりたかったのは、キツい思いをしながらお金を稼ぐことじゃないはず」

 

鬱になっているため、人と会うこと自体が嫌でした。

 

しかし、

 

『やりたいことをやれ ジコチューで行こう!』

 

自分の人生は、自分が主役じゃないといけない。

自分の人生においては、自己中じゃないといけない。

 

この曲を聴いたことで、

僕が本当にやりたいこと、つまり、平和活動をするための勉強をしに、

リハビリも兼ねて、毎日平和資料館に行くようになりました。

 

 

 

⑥あれから3年経ったけど…………

平和活動を始めたことで、外に出る機会も増え、それがリハビリとなり、治療となり、少しずつ抑鬱状態から抜け出してきました。

 

しかし、コロナ禍で、人と会う機会も減り、パソコン作業が増え、結果的に家に引きこもることが多くなりました。

 

今年5月中旬から、また鬱になってしまったのです。

 

前述のパワハラがきっかけでなった鬱の症状が再び現れた形です。

 

心療内科で処方された薬を飲んでるから、どうにかこれくらいで済んでいるけど、トイレや風呂に行くことさえも億劫になるという今の状況には本当に嫌気がさしているものの、なかなかそこから抜け出せず、それすらも嫌になって落ち込み、引きこもってしまう。

結果的に負のスパイラルに陥り、余計に抜け出せなくなる。

今の状態から脱却するために外に出る予定を作っても、なかなか抜け出せなくてしんどい。

 

そんな状態でした。

 

 

 

「鬱」というと、「鬱病」という言い方が一般的であり、ただ単なる病気だと思われることが多々ありますが、実際は「大うつ病性障害」という名前がついた、立派な精神障害です。

一度鬱になってしまうと、そこから抜け出すのはなかなか難しくなります。

 

鬱、人間不信、抜毛症は、未だ治っていません。

 

 

 

⑦音楽家として、平和活動家として

「あの日」から77年経った今日も、僕は抑鬱状態が続いています。

 

ですが、そんな僕だからこそ、平和学習の際には必ず修学旅行生に話しています。

「みんなには、同じような思いをしてほしくないし、

同じような思いをさせる人になってほしくない」

と。

 

 

 

「平和な世界にしよう」と言っても、じゃあ、「平和な世界」ってどんな世界なの?

 

こんな質問をされたとき、大抵は

 

「戦争のない世界」

「核兵器のない世界」

 

などといった答えが出てくるでしょう。

 

しかし、このような「◯◯のない世界」という、いわば「否定の形」で表した言い方ではなく、

「肯定の形」での言い方で表現しようとすると、どうなるでしょうか。

 

「みんなが幸せな世界」

「笑顔あふれる世界」

 

このような表現ができます。

 

 

 

 

 

ここで、皆さんに考えてほしいのです。

いじめや差別が起こっていたら、それらを受けている人は、幸せでしょうか。

笑顔になれるでしょうか。

 

 

 

この状態で、「平和」と言えるのでしょうか。

 

 

 

学級、学年、学校

家族

地域

 

こういった、小さなコミュニティで「みんなが幸せな世界」「笑顔あふれる世界」を作れない限り、

世界という大きな規模での「平和な世界」を作ることは不可能です。

 

 

 

「戦争」というものは、周りの幸せを考えず、いじめや差別をした結果の、発展した先にあるものです。

 

争い自体はなくても、いじめや差別が起こっている時点で、「平和」とは言えないのではないでしょうか。

 

だからこそ、僕は、声を大にして言いたいのです。

この活動を通して伝えたいのです。

 

「みんなには、同じような思いをしてほしくないし、

同じような思いをさせる人になってほしくない」

 

と。