貴方は歌が好きですか。
ここ何十年、多くの歌が作られ、その歌詞の中には「愛」が語られ、多くの人々に歌われてきました。
きっと貴方も若者たちが愛を叫ぶ歌を、何度も聞かれておられることでしょう。
人々の中に「愛」は溢れる程叫ばれ、或いは求められています。
しかし人々が幾ら愛を求めていても、世の中は人々の間に「愛」が冷えていく様にしか思いません。
多くの人々が「愛」に飢えながら、愛が冷えていく様に思えるのは何故でしょうか。
まずその前に「愛」にも種類があります。
大まかにギリシャ語では「愛」についてこの様な言葉の違いで分けています。
それはアガペー(利他的な愛)、フィリア(純粋な愛)、ストルゲー(肉親への愛)、エロース(男女間の愛)などの言葉を使い、愛を区分しています。
人々が歌や詩で求める「愛」はその殆どがエロース(男女間の愛)であり,或いはストルゲー(家族を思う愛)です。
しかしこの二種類の愛は人々の間に愛に満ちた平和な社会を生み出していくものでしょうか。
男女の愛や家族への愛は,ややもすると社会に平和ではなく分裂や疎外感を生み出すことさへあるのです。
愛は盲目という言葉があるように、男女の愛は相手のことにばかりに思いが向いて、周りの事に思いやりが欠けたり、時に人の気持ちを傷つけることもあります。
肉親への愛も極端になれば,近所の人の心を傷つけたり、周りの人達との協調を失ってしまうことがあります。
個人主義と利己主義は違いますが、自分は自分という考えは注意しないと、利己主義と人に見られ、それによって人との間にヒビが入っていくのではないでしょうか。
キリスト教が求める愛は自分が言ったり、行うことに対する相手への思いやりアガペー愛、或いは人間として他の人に対する純粋な思い遣りフィリア愛、この二つの愛が人々の間に溢れること、これが世に愛が溢れる一致した社会となるのです。
イエスは最も大事なこととして二つの掟に言及され、この掟こそがこの地球が神の目的に沿った
平和な地となる要となるものです。
その二つとは「あなたは思いを込め、魂を込め、力を込めて貴方の創造者を愛する様に」
この聖句は貴方を創り,貴方に命を与え、貴方を十分に楽しませてくれるこの美しい地球を与えてくれた創造者に深い敬意と愛を築くことです。
もう一つは「貴方は隣人を自分自身のように愛さねばなりません」
自分が何か失敗してそれに対し、いつまでも自分を罵り、自分を傷つける人はいません。
同様に自分に害をもたらした人に対しても同様な態度を取らなければなりません。
自分が不完全であるように、他の人に対しても寛容である必要があります。
この二つの掟を人々が守れば、多くの規則はいらないのではありませんか。
創造者が人間に求めておられるのは、その様な利他的、又他の人に対する純真な愛です。
貴方はその様な社会に住んでみたいとは思いませんか。
神はその様な社会を約束されています。
貴方もそれをお望みなら、今からそうした「愛」を培い,実行してまいりましょう。
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