マタイ12:31〜32には「このようなわけであなた方に言いますが,人はあらゆる種類の罪や冒とくを許されますが,霊に対する冒とくは許されません。 たとえば,人の子に逆らう言葉を語るのがだれであっても,その者は許されるでしょう。しかし,聖霊に言い逆らうのがだれであっても,その者は許されないのです。この事物の体制においても,また来たるべき[体制]においてもです」とあります。
この言葉は多くのキリスト教徒には、よく理解できない聖句かもしれません。
とりわけ三位一体を信じる人々にとってはこの聖句をどのように解釈するのでしょうか。
人の子(キリスト)も聖霊も彼らにとっては神であり、
キリストに逆らっても許され、聖霊に逆らう事は許されないとはどういうことかと考える事でしょうか。
ここで三位一体論を語ると大変長くなりますので、その点は下に新十四日派の理解のブログを貼り付けておきますのでご覧ください。
聖霊は神の力(地球や宇宙を創造したり、人に奇跡の力を与え、預言の賜物を与えたりする)と理解すれば、先の聖句も理解し易くなるでしょう。
イエスや弟子達は創造者からこの聖霊の力を受け、様々な奇跡を行い伝道していた様子が聖書に数多く記されています。
これはイエスが最後の晩餐で自分が去った後、弟子達に神が与えてくださると言われた「約束の聖霊」です。
この聖霊の強力な業を見て、尚且つ神を認めないとすれば、その人はもう許される余地はない事をイエス・キリストは言っているのです。
先の聖句の最後のところに、来るべき体制においても信じるように促しています。
これは間も無く来ると思われる「終わりの日」に
同様の聖霊を受けた奇跡を行う人「聖なる者」が現れる事を示しています。
今日まだそのような人が地上には見当たりませんが、
その様な聖書が示す「聖なる者、油注がれた者」が現れたなら、あなたはすぐに彼の指示に従って行動する時でしょう。
新十四日派の三位一体論に対する考え