長いコロナ禍で、もう2年程集会も開かれず、大会は組織が制作したビデオを見るだけ、野外奉仕にも出られず、親しい仲間とはズームで話すだけになり、なんとも心が十分に満たされないことがストレスとなってはおられないでしょうか。

こうした時、以前より自由な時間ができたと感じる方は多いいでしょう。

 

勿論、余裕のできた時間を皆さんは有意義に活用されておられる事でしょう。

私としても是非、余裕ができた時間、じっくりと聖書を読み返してみることをお勧めします。

長くエホバ証人として学んで来られた方は、講演や集会で扱われている箇所が、同じものが繰り返し扱われていることにお気づきでしょう。

扱われる聖句もほとんど同じで、研究記事も目新しい聖句が扱われる事はあまりありません。

 

私も長年学んできましたが、聖書には殆ど、いや全く扱われないところがまだ沢山あることに気づきました。

私は組織が他の組織の理解を調べる事をあまり善とはしない事は知ってはいましたが、ものみの塔ではほとんど扱われない聖句についても知りたいと思って、いろいろな書籍を調べていました。

その殆どが余り学ぶべきものがありませんでしたが、ネットで新十四日派のエイレナイオスのブログとQuartdecimani.org(林義平著)の聖書解析ブログに出会い非常に大きな衝撃を受けました。

 

それは聖書の見方(ものみの塔で受けた理解)を根本的に変えるものでした。

今日、ものみの塔はさまざまな問題を抱えていることも感じております。

それで私がものみの塔が教えている理解の矛盾点、組織のおこなっている矛盾点を下記に書き出しいたします。皆さんはどうお考えでしょうか。

 

❶聖書は誰に書かれたものか。

 (ものみの塔の見解)

 聖書は全ての人、全てのキリスト教に関心ある人たち             

 に書かれた。

  

 (聖書から理解出来ること)

 聖書は確かに読んでそれを当てはめようとする人は

 誰でも確かに大きな益があります。

 しかし今日、特に新約聖書に書かれているのは聖徒 

 に対して書かれたもので、一般の信者に書かれたも

 のではありません。

 新約聖書は律法契約の代わりに神が選ばれた者に対

 してなされた契約で、契約の相手はキリストが約束

 した聖霊を受けた人たちです。

 ものみの塔は初期のクリスチャンは皆んな聖徒であ

 るとしていますが、コリント第一1:2、エフェソス

 1:1、コロサイ1:2に会衆には聖徒と他に信徒がいた

 ことが記されています。

 しかし現在使われている新世界訳改訂版には二つの

 グループについては明確に分けてはいません。

 これは聖書を注意深く読む人なら気づくはずの二つ

 のグループの違いを曖昧にしているのかのようです。

 聖書は確かに読む人賢くし、善い道徳を身につける

 点でその人を助けます。

 しかし新約聖書に書かれている多くの点は律法契約

 に代わる新しい契約内容です。

 その当事者は聖徒であって信徒ではありません。

 キリストは聖徒に対し、彼らに対し厳しい迫害が起

 きる事を告げ、その中で王国を宣べ伝え、そして

 「死に至るまで忠実でありなさい」と厳しい事を要

 求されています。(黙示録2:10) 

 またコリント第一6:9〜10には淫行、偶像崇

 拝、盗み、貪欲、多量の飲酒などを避けるように厳

 しく述べ、そうしなければ王国を受け継がないとい

 われます。

 王国を受け継ぐとは彼らは天に建てられる「王国」

 の王また祭司となるように選ばれた人々ですから、

 このように厳しい条件が課されているのです。

 新約聖書に書かれている事のその多くが、一般の信

 徒が希望する地上の王国を受け継ぐ条件ではありま

 せん。

 イエスはマタイ12:32で「聖霊に対する罪」以外

 許されない罪はないと言っておられます。

 「聖霊に対する罪」とは聖霊の働きによって驚くべ

 き奇跡を見ても、神「創造者」を認めない事です。

 もちろん、信徒であっても聖書に書かれていること

 を努力する事は、将来の為に善い事であるには違い  

 ありません。

 信徒の方は地上の王国に入るためにはどうすればよ

 いのか、と言われる事でしょう。

 聖書は終りの日に再びキリストが述べた「約束の聖    

 霊」が選ばれた人に降る事を示しています。

 まだ地上にはそのような人は現れていませんが、奇  

 跡を行う人々が出てきたら、躊躇なくその人を助け

 る事が求められます。

 そうすればあなたは地上の王国を受け継ぐ者となれ  

 るでしょう。

 しかし読者の方が王国にばかりに目を向けているな

 ら、神の真の目的を見間違ってしまう恐れがある事

 を忘れないでください。

 

❷統治体の権威とは聖書的であるのか。

 (ものみの塔の見解)

 初期クリスチャンはヤコブを中心とした少数の集ま

 りがあり、異邦人に聖霊が降り、彼らの無割礼問題

 が起こり、この問題を解決する為に使徒たちは集ま

 り協議し、結論を出した。これが統治体の根拠であ

 るとしている。

 

 (聖書から理解できる事)

 まず第一に聖書には統治体という言葉は一度も出て

 いません。

 確かに割礼の問題が生じた時、使徒たちを中心とし

 た人たちがエルサレムの会衆に集まり、この問題に

 結論を出した事は事実です。

 しかしそれ以外の問題でエルサレムに集まったとい

 う例はなく、パウロもペテロもヨハネも宣教先から

 問題点を手紙に書き、其々の会衆に送って指示して

 います。

 彼らの送った手紙は重要なものとして聖書に残され

 ているのです。

 彼らが扱った問題をエルサレムの会衆で協議などは

 していないのです。

 この出来事は初期のクリスチャン会衆の中で統治体

 が存在したという根拠を否定するものではないでし

 ょうか。

 

❸今日の統治体の成員にキリストが述べた「約束の聖

 霊」がないのは何故ですか。

 

 (ものみの塔の見解)

 現在の統治体の人達は自分達に奇跡を伴う聖霊がな

 い事をコリント第一13:8の(預言の賜物があっても

 それは廃され、異言があってもそれはやみ、知識は

 あっても、それは廃されます)。

 この聖句を自分達に奇跡の賜物が無い言い訳にしま

 す。

 

(正しい聖書の理解)

 しかし聖書をよく読むと、コリント第一13章は愛に

 ついて述べているのであり、奇跡の賜物が無くなる

 時期については述べていません。

 

 これは千年王国の時代になった時の事を述べている

 のであり、その時はもう奇跡の賜物はいりません。

 しかし次の聖句は終りの日にこの地上にいる選ばれ

 た人々に聖霊が降り、彼らが奇跡の業を伴って宣教

 を行う事が述べられています。

 

 ルカ21:14、15(それで、どのように弁明するかを前

 もって練習ない、と心に決めなさい。私があなた方

 に言葉と知恵を与えるからです。反対者は皆一緒に

 なってもそれに抵抗も反論もできないからです)

 

 啓示11:6(2人には、自分達が預言する間は雨が降ら

 ないよう、天を閉ざす権威がある。水を血に変え、

 あらゆる災厄によって何度でも望むだけ地を打つ権

 威がある。)

 上記の聖句はそれを示すもの。

 

❹ものみの塔はカトリック等、他の宗教団体の幼児性

 虐待を非難する記事を雑誌に書いてきたが、ものみ

 の塔の世界中の会衆に同様の事が数十年前から起き

 ているのを知りながらそれを隠し、他の組織を批判

 するとは、偽善以外の何があるでしょうか。

 

(ものみの塔の見解)

 2019年5月号ものみの塔誌で事実を明らかにした

 し、被害者に賠償やケアをしている。

 

(報道されている事実)

 https://www.youtube.com/watch?v=9fJjc97DMMg

 上記の動画は2021年オーストラリアでテレビ放映さ

 れたものです。

 これ以外にも幼児性虐待事件の裁判は世界中で起き

 ています。

 

 この為に、ものみの塔協会は巨額の賠償金を支払っ

 ている様で、資金不足なっているのか協会の施設の

 売却(群馬の大会ホール、北海道の大会ホール、ニュ

 ージーランドのベテルホーム、その他多くの王国会

 館、施設等)をしています。

 

エホバ証人の皆さん、まだ聖書的な解釈の違和感や

統治体の支持の非常識さなど、書きたい事は沢山あり

ますが、また次回にいたします。

とりわけ証人2世の皆さん、皆さんは生まれた時から

あなたの周りに塀を建てられ、あれは見てはならない、

これはしてはならない、と言われてきましたか。

私は証人のほとんどの方が真面目に生きておられ、正直

な方だと今でも思っています。

今でも証人達に愛を感じます。

しかし協会からの一方的な教えに耳を向けるのは大変

危険です。これは多くのカルトと言われた宗教も同じ道

を歩いたからです。

自分の思考を協会任せにするのは、神の望まれること

ではありません。

神はあなたご自身の思いで、神を愛する事を望んでおら

れるのです。

 

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