現在、世界で起こっている紛争、戦争、疫病、インフレ、これに加え,LGBT,極端なポリコレ、
これらは聖書で言う「終りの日」に世界が入ったことを意味しているのでしょうか。
多くのキリスト教派がそれを支持していることは事実です。
確かに1世紀にエルサレムの近くにあるオリーブ山で、イエスは4人の弟子(使徒達)から事物の体制の終結(終りの日)に尋ねられた時に、まず偽キリストが多く出てくること、そして地震や戦争が頻繁に起こること事を教えています。
しかし、幾つかの宗派が今は終わりの日だと主張しても、中東で戦争が起こっているからといって、これが終わりの日が始まった証拠とはなりません。
日本に大きな地震が起こった事も、元々日本は昔から地震はよく起きていますし、イエスの言われた現象は世界規模で起きる事について述べておられるのです。
今世界中で起こっていることは、人間の利己的な欲望、強欲が引き起こしている当然の結果であり、終わりの日が始まった訳ではありません。
では終わりの日は何時始まるのでしょうか。
終わりの日とは人間社会で必然的に起こっている現象が始まりではなく、神の意志が働き、キリストを通して行動される時、終わりの日が始まるのです。
では終わりは何時どの様な形で始まるのでしょうか。
黙示録12章では一人の女が子を産む様子が書かれています。これはイザヤ66:7、8節と同じ
状況を予告していたものと考えられます。
そこにはこうあります。
「彼女は陣痛の起こる前に子を産んだ。産みの苦しみが始まる前に彼女は男の子を出産しただ。 だれがこのようなことを聞いただろうか。だれがこのような事柄を見ただろうか。地が一日のうちに陣痛と共に産み出されるだろうか。あるいは,国民が一時に生まれるだろうか。というのは,シオンには陣痛が起こり,また子らの出産もあったからである」。
この女はシオンと呼ばれ、終わりの日の前に真のキリスト教を求める人々の集まりです。
まだその様な集まりは地上の何処にも存在しない様に思えますが、世界各地で聖書を丹念に調べ、世界で起きている状況に注深くある少数のグループが出来つつあるのかもしれません。
今日世界中にあるキリスト教の組織に、真のキリスト教組織はないのか、と言う疑問が出てくるのは当然と思いますが、一世紀当時、各地にあった会衆(或いは教会)はエクレシアと呼ばれ、これは召された者という意味があります。
召された者とはイエスが、最後の晩餐の席で12使徒に、自分が死んで天に上げられた後に、残る使徒たちに対し、これからの試練に対する助け手として「聖霊」を贈るt約束されました。
これは「約束の聖霊」と呼ばれ、これはイエスが復活してから50日後(ペンテコステと呼ばれる日)初期の弟子達120人に火のような舌の形をした様で、人々に認識できる様な方法で天から配られました。
この聖霊を受けた人々が「召された者、或いは聖なる者、聖徒」と呼ばれています。
聖徒達はこの約束の聖霊をもって、数々の奇跡を行なった事が聖書に記されています。
この「約束の聖霊」は2世紀半ばに絶えて、それ以後今日までそれを受けた人はいない様でが、聖書は終りの日に聖霊を受ける人が誠実にその日を待つ人々、シオンの中から出てくる事が記されています。
下記の聖句はそれを支持する聖句です。
ルカ21:14、15 「それゆえ,どのように弁明するか前もってけいこなどしないことを心に定めなさい。わたしがあなた方に口と知恵を与えるからです。あなた方の反対者がみな一緒になって
も、それに抵抗することも論ばくすることもできないでしょう」。
黙示録11:6 「彼らには,天を閉ざして,その預言するあいだ雨を降らせないようにする権威があり,また,水を制してそれを血に変え,あらゆる種類の災厄をもって何度でも望むだけ地を撃つ権威がある」。
今日まだ、この様な奇跡を起こす人々をまだ見ても聞いてもおりません。
聖書は終りの日に「約束の聖霊」を持ち、それによって奇跡的な力を示す人が現れたなら、それが真の神の教会(会衆で)であり、終りの日の始まりという事ができるでしょう。
何故なら、それは神の力の働きがはっきりと示され、地上の事柄に介入される事だからです。
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