講演「学道論」

 

9月4日(木)くしの日。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は人は行において道に触れた時、始めて真に無限進展の一路に立つと述べています。

 

絶対無限界への発足の道が開かれる

 

即ち相対の世界において究極点に達した時、実は真実界への門口に立つということであります。この趣が分かったならば、最早普通の意味でのエンドとしての究極というものは無くなるのであります。

 

エンドと考えるのは現象界のみを見ているから最後的究極と思うのであります。つまり最上と無上との区別がつかないから最上を究極とするにすぎないのであります。かく究極と考えるが故にそこに止まる。止まるが故にそこに腰を下ろして我見を生ずる。

 

この現象界における最後の究極を一皮越えれば、そこに絶対無限界への発足の道が開かれるのでありまして、これは絶対無限界なるが故に、もはやエンドといものはないのであります。而してこの趣を最も如実に示す言葉が道という一語であります。

 

即ちそれは「太極」の語でもなければ、「真如法性」の語でもなくして、実に「道」の一語がそれに当たるのであります。かくして道の一語は学道、さらには行道の上において絶対を掴んだぎりぎりの言葉であって、人は行において道に触れた時、始めて真に無限進展の一路に立つのであります。

 

同時にまたこの時はじめて絶対とか究極というものを真にその生ける如実の生命に於いて掴み得るのであります。この時究極というものは彼方になくして、一歩一々の直下の現在に内含されるのであります。即ち踏みしめるということがそこに歩々絶対を現成せしめるということであります。

 

「大学」に至善に止まるという、止まるとあるのが即ちそれであります。止まるということを単なる静止とし、完成と心得たならばそれはいみじき誤謬であります。それでは腰をおろし尻餅をつくということであります。

講演「学道論」

 

9月3日(水)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は行道が学道における終極であり、また実にその真の出発点をなすと述べています。

 

我欲、我情、我見

 

ここに行は現実界の最も厳粛にして冒すべからざる秩序を示す所以があるのであります。かくして人間は行の立場に立つことによって、はじめてこの現実界の厳粛にして一毫も狂うべからざる秩序の厳正さを身に沁みて感ずるのであります。

 

人間のひきしまりは、決して単なる知だけで与えられるものではなく、実に行の典型としての歩みによって始めて得られるのであります。知は一歩を誤ると人間を拡散放逸させるものであって、所謂学者の一人よがりというものはそれであります。

 

我欲も我情も困りものではありますが、さらに困るのは我見であります。それ故、これら三つのものは本質的には同じものでありますから、普通には我見の一語をもって代表させるのであります。即ち見というものが最も強く自我を拡大拡散させるものだからであります。

 

かくして「我」はこれを見によって代表させることが出来るのでありますが、ここで注意を要することは、この見の「我」の迷いの霧を払うものもまた、見であるということであります。然るに我見の迷霧を払うものもまた見であると言われるときの見とは、即ち智慧の謂いであります。

 

つまり「我」を募らすのも見であれば、またこれを払うのも見である、すなわち知恵であります。しかし、かくは言うものの、我見を払うことの真のしめくくりは単なる見だけでは出来ずして、行としての歩みを要するのであります。

 

即ち実地踏みしめるという行道が学道における終極であると同時に、また実にその真の出発点をなすのであります。すべて現象界における終極は、絶対真実界への発足点になるのであります。

 

講演「学道論」

 

9月2日(火)

 

今月も講演「学道論」を紹介します。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。毎年の夏休み、冬休みには帰国し、各地の講演会に招かれたようです。本講演はその中の一つです。

 

本日は知行について、大観ということが知の受け持ちであるのに対して、行は確実に踏みしめるところにその特色があると述べています。

 

体得は脚下の一歩から踏み出す

 

今知行においても同様でありまして、勿論知は行以上に内面を照らすものでありまして、行は証としての知を欠くとき、単なる肉体のからくりに終わるのであります。

 

その故比較相対の上から申せば、証としての知は行に比して深大に内面界を照らすのでありますが、同時に如実なる体得ということから申せば、知の照らすところはやはり拡がりにわたるものであります。大観ということが知の受け持ちであり、それに対して行は確実に踏みしめるという処にその特色があります。

 

その行の最も典型的なものが歩むということであります。道というものは歩むということに即して名づけられたのであり、歩むということは踏みしめるということであります。知では十町、二十町否三里五里先の山も見えるのである。

 

否幾十百里、否幾十億里の先といわれる天体の観測までも、知の典型として眼では見ることが出来るのであります。しかし如是の把握としての体得という上からは、どうしても脚下の一歩から踏み出す外ないのです。そもそも歩むということは、脚下の第一歩を抜きにしてはどうしても出来ぬものである。

 

最初の一歩を抜きにして第二歩から出るということは、絶対に不可能なことであります。なるほど跳ねて飛べば二歩分の距離を行くことが出来ない訳ではありません。しかし、跳ね飛んで二歩分の距離を行ったとしても、それはやはり一歩であって、距離の長さをもって之を二歩と名づけることはできないのであります。

 

講演「学道論」

 

9月1日(月)富山おわら風の盆〜3日。防災の日。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)の冬休み、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は時空に即して言えば、「知は空間」にあたり「行は時間」にあたると指摘しています。

 

「知は空間」「行は時間」にあたる

 

自己の学問的要求というものが、実は底知れない深い業からの脱却の苦悶の歩みであります。

只かくと気付いてきてはじめて知業からの脱却が始まるのであります。然るに之に反して、学問をすることを以て単によい事、卓れた事と思っている間はいよいよ深く泥沼の中に陥るものであります。

 

それは恰も同じく泥の中に居りながら、岸辺に向かって歩めば一歩一々泥沼から抜け出られるに対して、泥の中心に向かって進めばいよいよ深みに陥ると同様であります。ここに同じく知の歩みを進めつつ、そこに全く天地懸隔する二つの世界が岐れてくるのであります。

 

明治以降わが国の学問界においては、時代の過渡期性の故もありましょうが、哲学と称するものが真に人生を照らすようなことになりにくい点は、学問に対する真の観方の明らかならざる点から起るのではないかと思うのであります。

 

そもそもこの知行の問題は、人間の求道学道の上において最も大切なものであって、人間現実の歩みの根本契機となるものであります。それ故、この両者の関係が真に深く自分の内面において統一せられない限り、どうしても道という問題には至らないのであります。

 

今知行を時空に即して申せば、知は空間にあたり、行は時間にあたるでありましょう。即ち知は見透しをその受け持ちとするものであり、行はかく見透したるものを現実却下の一点から歩々わが身につけて履み行くものであります。

 

哲学上の時空論において、空間は外官の対象であるに対して、時間は内官の対象であるといわれるのは、時間にはそれだけ自己に内面的に蜜邇(みつじ)していることを言うたものでありましょう。

 

幸福に衰退する国の20年

 

8月30日(土)

 

昭和から平成、令和へ30年以上が経過して、日本はどう変わったのか。「婚活」などの言葉を浸透させた社会学者が、この間に進行した格差の拡大と社会背景を分析。「生活水準は少しずつ低下し、世界の中で徐々に衰退していく」と解説したのが「希望格差社会、それから」(山田昌弘著、東洋経済新報社、2025年発行)です。著者は中央大学文学部教授。

 

令和の格差社会の形成

 

戦後から高度成長期を経て、バブル経済期までは、経済格差が個人にとってほとんど問題にならなかった時代である。ほとんどすべての人々の生活水準が向上したのである。その結果、「夫が主に仕事、妻は家事育児で豊かな生活を築く」戦後型家族モデルが可能だった。

 

しかし、バブル経済の崩壊(1992年頃)が起きると同時に、グローバル化経済の波が日本にも押し寄せる。IT化、産業、経済のサービス化が進行した結果、高度にインテリジェンスが必要な人材が求められる一方、大量の非正規雇用の需要が生じてくる。

 

その結果、経済的に不安定の男性が増えるにつれ、結婚できない男女が増加してくる。「就活」や安定した結婚相手を求める「婚活」をする人が増加してくる。これが平成期の特徴と言えるであろう。そのような若者が増えた状況を「希望格差社会」と呼びたい。

 

戦後から昭和期は、誰でも努力すれば「豊かな生活」を築く希望を持つことが可能な仕事、家族環境にあった。しかし、平成期の若者には、その置かれた位置によって「希望格差」が生じ、希望を持てない若者が増え続けてきたのである。

 

「平成」が若者に希望格差が出現した時代だとすれば、「令和」は様々の格差が固定化する時代になるのではないか。平成初期の若年未婚者は令和になり、未婚のまま中年に達した。つまり格差が固定化されたまま、30年が経過したのである。

 

経済の低成長や人口減少もあり、日本は「やり直しのきかない」社会になりつつある。親の経済格差が子どもに受け継がれ、その格差が一生続くと見込まれる社会、つまり格差が世代間でも世代内でも固定化される社会になりつつあるのである。

 

バーチャルで格差を埋める時代

 

このような格差の拡大・固定化を日本人、特に若者はどうのように受け止めているのだろうか。答えの1つは、リアルの世界で格差を乗り越えることを諦め、「バーチャルな世界」で格差を埋める方向に進んでいるというものだ。

 

バーチャルな世界とは、「擬似仕事」と「擬似家族(恋愛)」に分類できる。「擬似仕事」とは、リアルな仕事とは別の所で努力が報われる場のことである。代表例は「パチンコ」である。パチンコは消費活動だが、一部の人々には「努力すれば報われる」仕事的な意味を持っ。

 

若い人にはパチンコよりもネットゲームの世界にのめり込む人が多い。その基本は課題を乗り越え、努力して技術を磨けば結果が得られる。これは「努力が報われるという感情」を売るシステムといってよい。

 

もう1つの「擬似家族(恋愛)」である。さまざまのタイプがあるが、その1つが「推し」である。近年、様々な「好き」の形がこの言葉に包摂されるようになった。具体的にはアイドルやスター、アニメのキャラクターなどを好きになることである。

 

もう1つのタイプは、親密性をお金で買うということである。日本で一番普及しているのは「接客を伴った飲食業」、つまりキャバクラやホストクラブなど。あばよくば店外で本当の恋人になりたいと考える人もいる。

 

キャバクラのキャストやホストには、お客のそうした感情を利用し、恋人のふりをしたり、親密欲求を満足させるケースもある。これらの産業は、「この人と親しくなりたい」という家族的な親密関係を満足させるために発達しているといえる。

 

日本社会は現実の経済格差、家族格差が広がる中で、「バーチャル世界」で格差を埋めるというシステムの先進国になっているのではないだろうか。日本社会はこれからどうなるだろうか。平均的に見れば生活水準は少しずつ低下していく。世界の中で徐々に衰退していくとみている。(T OPPOINTから抜粋)

 

 

 

 

 

 

講演「学道論」

 

8月29日(金)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は哲学を修めようする者は、それだけ知業が深いと述べています。

 

自らの専門、主張をもって最上と考えるのは

 

学問というものは、若しこれに執したなれば人間は知の一本足だけでも進み得るかの錯覚に陥るのであります。そもそも真に卓れた学者というものは、自己の専門の限界を明確に自覚するものでありましょう。

 

これひとり学者のみではなく、すべて真に卓れたる仕事というものは、自己の限界を知る者にして始めて出来るものであります。自己の立場を一切と心得、自己の立場のみを至上と考えるものは、その心すでに凝固の域に入っているのであります。

 

比較の上における最上はただ一つしかありませんが、比較を超絶した無上は無数にあり得るのであります。それ故自らの立場、自らの専門、自らの主張をもって最上と考えているものは、未だ相対の域を出ないものであります。

 

否これは相対の極であって、その迷妄度し難くして、救われるのに最も困難なるものといえるでありましょう。世間で学者ほど始末におえぬものはないと言われますが、畢竟我見の最も強い人種だからでありましょう。

 

そもそも学問をせずにはおられぬということは、実は知業の最も深いということの何よりの証拠であります。即ち学問をするということは、その人の自覚すると否とに拘わらず、それによって知業より脱却せんとする自らなる天の妙機なのであります。

 

ただかくの如くと自覚したとき、その知業を脱却するに至るべく、これを自覚せざる時いよいよ深き知業の泥沼に陥るのであります。また同じく学問の中でも、個別科学を修めるよりも全一学たる哲学を修めようする者は、それだけ知業が深い訳であります。恐らく哲学をやろうなどという者は、人間知業の最も深い者が自らに負うている業を果たさとする苦悶であるといい得るでありましょう。

講演「学道論」

 

8月28日(木)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は求道の一路を歩む左右の脚にあたるものは、「知と行」であると述べています。

 

その実はただ一筋の直道あるのみ

 

以上申してきた処の学道論の根本問題は、畢竟求道の志を起こすということであり、求道の志を起こすということは、この人生限りあることを真に痛感するところから発するのである。

処が人生限りあることを痛感するには、畢竟教の光に照らされなければならないということで、そこには一種の循環論が成立する訳である。

 

しかし、循環論ということは畢竟未だ眺めている立場であって、自己の一切を現実そのものの中に投ずれば、これ迄循環と見立てていたものも、その実ただ一筋の直道あるのみということになる。先ずは大体斯様なことを申したつもりであります。

 

然らばこの一路を歩むに当たってはどうしても、2本の足が必要であります。そもそも真に生きたものは必ず内に二つの契機を蔵するものであって、もしかかる二元的契機を蔵しない単なる一元というものは、実は無内容なる空名に過ぎないのであります。つまりこれでは現実には動かないのであります。

 

それは丁度二本足で走るのと、片脚でピョンピョン跳ねるのとの違いであります。かくして両足を用いて一路を歩み、二刀を一刀に使うところに道の妙用があるのであります。然らばこの求道の一路を歩む上での左右の脚にあたるものは何かと申しますと、それ知と行とでありましょう。

 

随って古来学道の歩みに於ける悩みは、この知と行という二本足を如何に相即せしむるかという工夫にあったと申してよいでしょう。同時にこの知行の両足の真に無礙自在なる交互交替による進展ということは、実に至難中の至難事であります。これまで学問というものに執して参った私が、漸く学問を超えてその背後に道の存することに気付き出したということは、これまでは知の片脚を多く用いてきたのに対して、もう一つの行という脚をもう少し多く使わねばならぬことに気付き出したということです。

講演「学道論」

 

8月27日(水)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は道を求めることは師を求めることと一つであると説いています。

 

道を求めるは師を求めること

 

そもそも自己を超えたはたらきということが真に分かるのは精一杯を尽くし切って始めて分かることであります。随ってそこまでは一切自己の責任なりと感じて一路を歩む外ないでありましょう。

 

かくして学道論を真の内面から言えば、どうしたら求道心を起こすことが出来るか、更に突きつめて言えば、如何にして人生二度なきことを真に痛感するに至るかということを躬(み)をもって解く外ないと思うのであります。

 

処がこの人生二度なきことが真に分かるのは、先程来申すように教の光に照らされることによって初めて分かるのである。処が教の光は師縁によって恵まれるものである。かくして道を求めるということは、現実には師を求めるということの外ないのであります。

 

随って師を求めることと道を求めることは一つであります。この無限循環の流れの中に身を投ずることこそ、つまり学道論の真の出発というべきでありましょう。序にもう一つ申しますと、循環論ということは実は懐手して眺める立場であます。

 

それ故今軀を循環の渦中に投じたならば、循環論と見たものが実は無限なる一道となるのであります。つまり循環とは外から眺めているから循環と見えるのであって、一たび内面に入って見れば、唯一道たることがわかるのであります。

 

そしてこの循環の鉄鎖を切断するということは、ただ躯を以てその只中へ飛び込むという一事の外ないのであります。かくして凡ては決然としてこの循環の流れに投ずることの外無いのであります。

 

 

講演「学道論」

 

8月26日(火)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は「道を求める」ためには、「人生二度なし」の真理を知らねばならないと説いています。

 

自己を知るには師縁の外はない

 

では周囲から小づき廻されたら必ず分かるかと申しますと、必ずしもそれは保証出来ないのであります。否寧ろ周囲から小づき廻されれば、いよいよひねくれるという方が遥かにその可能性が高いのであります。

 

かくして本筋に自己を知るには、結局教の光によるほかは無い、すなわち師縁のほか無いのであります。ここに至って遂に循環論に陥るのでありまして、即ち道を求めるためには人生二度なきことを知らねばならぬ。

 

処がこの人生二度なきことを知るには、結局教の光に照らされねばそれに気付かない。即ち堂々めぐりとなるのであります。これ先程来この問題は厳密にはお答え出来ないと申した所以であります。

 

然らばこの循環論は一体どうしたら解決がつくのであるか。これを自己から言えば自己の精一杯尽くした涯にはじめてこの循環の輪が断たれるのであります。処が物を切るには台というものが必要であります。切るものは我が手にありますが、単に刃物と切られる物だけでは未だ本当に切れないのであります。

 

つまりそこに俎(まないた)という台がなければ物は切れない。この無限循環の生命の輪廻を切断して行くには、自己の精一杯を尽くすということが無論必要ではありますが、しかし単にそれだけでは丁度俎なくして物を切ろうとするようなものであります。

 

然らばその俎とは何であるかと言いますと、それは縁と申しますか、絶対の計らいと申しますか、とにかく人力を超えたもの、少なくとも自己の計いを超絶したはたらきと言う外無いのであります。しかし求めるもの自身の立場から言えば、一切が自己の責任という外無いのであります。

講演「学道論」

 

8月25日(月)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は「人生二度なし」の鉄則は、師に導かれ教えられる他はないと説いています。

 

「人生二度なし」は自己のありのままの相

 

そこで、如何にしたら求道心を発し得るかという問題をもう一つ突っ込むと、どうしたら人生二度なしという厳粛なる事実を痛感するかという問題になるのであります。即ちこの人生二度なしという最も厳粛なる鉄則を、不治の難病にかからずして気付かしめられるかの問題になるのであります。

 

ここに至ってやはり厳密には答え得ないことを思うのであります。が今強いて申せば、やはり師に導かれ教えに照らされるほかないと思うのであります。人生二度なしということは、自己のありの儘の相であります。即ち絶対に外れることなき自己の如是相であります。

 

併し余りにも直接なる自己の如是相なるが故に、我々は却って把握し得ないのである。見るということは、向うにあるものを見るということであり、知るということは対象を知る、更には対象化して知るということであります。而してここに知の抽象性並びにその危険性があるわけであります。

 

道の体得において、一応知が徹底的に棄却されるというのは、この知の対象性の否定に外ならぬのであります。あまりに自己の如是相なるが故に却って知り難い。対象を知るのは一応自分だけの力で出来ることでありまして、他人の欠点というものは何ら特別の工夫をせずとも、自分だけの力でよく気づくのであります。

 

然るに一たび我が欠点を知るとなりますと、これは一種特別の工夫を要するのであります。勝手を振る舞った為、周囲から小づき廻された揚句の果に初めて気付くのであって、かく小づき廻されないで気付くというには、どうしても教という鏡に映して見るということが必要なのであります。