幸福に衰退する国の20年
8月30日(土)
昭和から平成、令和へ30年以上が経過して、日本はどう変わったのか。「婚活」などの言葉を浸透させた社会学者が、この間に進行した格差の拡大と社会背景を分析。「生活水準は少しずつ低下し、世界の中で徐々に衰退していく」と解説したのが「希望格差社会、それから」(山田昌弘著、東洋経済新報社、2025年発行)です。著者は中央大学文学部教授。
令和の格差社会の形成
戦後から高度成長期を経て、バブル経済期までは、経済格差が個人にとってほとんど問題にならなかった時代である。ほとんどすべての人々の生活水準が向上したのである。その結果、「夫が主に仕事、妻は家事育児で豊かな生活を築く」戦後型家族モデルが可能だった。
しかし、バブル経済の崩壊(1992年頃)が起きると同時に、グローバル化経済の波が日本にも押し寄せる。IT化、産業、経済のサービス化が進行した結果、高度にインテリジェンスが必要な人材が求められる一方、大量の非正規雇用の需要が生じてくる。
その結果、経済的に不安定の男性が増えるにつれ、結婚できない男女が増加してくる。「就活」や安定した結婚相手を求める「婚活」をする人が増加してくる。これが平成期の特徴と言えるであろう。そのような若者が増えた状況を「希望格差社会」と呼びたい。
戦後から昭和期は、誰でも努力すれば「豊かな生活」を築く希望を持つことが可能な仕事、家族環境にあった。しかし、平成期の若者には、その置かれた位置によって「希望格差」が生じ、希望を持てない若者が増え続けてきたのである。
「平成」が若者に希望格差が出現した時代だとすれば、「令和」は様々の格差が固定化する時代になるのではないか。平成初期の若年未婚者は令和になり、未婚のまま中年に達した。つまり格差が固定化されたまま、30年が経過したのである。
経済の低成長や人口減少もあり、日本は「やり直しのきかない」社会になりつつある。親の経済格差が子どもに受け継がれ、その格差が一生続くと見込まれる社会、つまり格差が世代間でも世代内でも固定化される社会になりつつあるのである。
バーチャルで格差を埋める時代
このような格差の拡大・固定化を日本人、特に若者はどうのように受け止めているのだろうか。答えの1つは、リアルの世界で格差を乗り越えることを諦め、「バーチャルな世界」で格差を埋める方向に進んでいるというものだ。
バーチャルな世界とは、「擬似仕事」と「擬似家族(恋愛)」に分類できる。「擬似仕事」とは、リアルな仕事とは別の所で努力が報われる場のことである。代表例は「パチンコ」である。パチンコは消費活動だが、一部の人々には「努力すれば報われる」仕事的な意味を持っ。
若い人にはパチンコよりもネットゲームの世界にのめり込む人が多い。その基本は課題を乗り越え、努力して技術を磨けば結果が得られる。これは「努力が報われるという感情」を売るシステムといってよい。
もう1つの「擬似家族(恋愛)」である。さまざまのタイプがあるが、その1つが「推し」である。近年、様々な「好き」の形がこの言葉に包摂されるようになった。具体的にはアイドルやスター、アニメのキャラクターなどを好きになることである。
もう1つのタイプは、親密性をお金で買うということである。日本で一番普及しているのは「接客を伴った飲食業」、つまりキャバクラやホストクラブなど。あばよくば店外で本当の恋人になりたいと考える人もいる。
キャバクラのキャストやホストには、お客のそうした感情を利用し、恋人のふりをしたり、親密欲求を満足させるケースもある。これらの産業は、「この人と親しくなりたい」という家族的な親密関係を満足させるために発達しているといえる。
日本社会は現実の経済格差、家族格差が広がる中で、「バーチャル世界」で格差を埋めるというシステムの先進国になっているのではないだろうか。日本社会はこれからどうなるだろうか。平均的に見れば生活水準は少しずつ低下していく。世界の中で徐々に衰退していくとみている。(T OPPOINTから抜粋)