講演「学道論」

聞法と読書とは一つにならなければ

 

9月15日(月)敬老の日。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は現代の弊害は「聞法」の機会が次第に失われてきたことだと指摘しています。

 

聞法と読書とは一つにならなければ!

 

そこでこの不均衡のバランスをとらせようとする一つの補助機関がラジオというものでありましょう。昔の大きい木版本に対する現今の活字本との関係に似たものが、肉声で聞くに対してラジオで聞くというわけであります。

 

つまり具体性という上からは、すべて一段階が下がって来たのであります。同時にこの一段の相違が天地懸隔せしめる危険を法蔵するともいえましょう。100点と99点とではその差僅かに一点の違いに過ぎないのであります。

 

しかしこれが一点の違いに過ぎないというのは、現象界の相対面から見たことでありまして、満点に欠けるという上からいえば、99点も50点30点も同じことであります。ラジオというようなものの持つ危険性は実に此処にあるのであります。

 

そもそも世の中では便利なものほど危険率が高いのであります。これは必ずしも肉体的生命の危険が便利な飛行機に一番多いということのみではないのでありまして、知の摂取の危険においてもまた、便利なものほど危険率が高いのであります。全く世の中ほどよく出来ているものはありません。好いことばかりというものは一つもないのであります。

 

さて、聞法と読書とはどうしても一つにならなければならぬ。その一つとは、即ち智慧において一つになるのであります。しかし読書と聞法とは智慧において一つになるというだけではまだ些か親切を欠くものがあると言えましょう。

 

ということは智慧と言ってしまえば、最早そこには道行を意味しないからであります。処がすべて道行論を欠いた論というものは不親切なものであります。そこで聞法と読書は智慧において一に会すると言っただけでは道行きを欠いた論になるのであります。

 

「我々が一戦を交えると、罪もない人々が苦しむことになる」

 

9月13日(土)

 

本書は内村鑑三(1861年〜1930年)により1908年(明治41年)に刊行された英文著作「Representative Men of Japan」の鈴木範久よる翻訳です。「はじめに」で内村は書いています。

 

「この小著は、13年前の日清戦争中に『日本及び日本人』(Japan and the japanese)の題で公刊された書物の再販です。・・・わが国民の持つ長所――私どもにありがちな無批判な忠誠心や血なまぐさい愛国心とは別のものーーを外の世界に知らせる一助となることが、おそらく外国語による私の最後の書物となる本書の目的であります。」

 

本書で取り上げられた代表的日本人は、新日本の創設者としての西郷隆盛、封建領主の上杉鷹山、農民聖者の二宮尊徳、村の先生の中江藤樹、仏僧の日蓮上人の5名です。内村が称賛した5人の生き方に焦点を当てて紹介します。まずは西郷隆盛です。

 

進歩的な陽明学と禅に惹かれる

 

1868年の日本の維新革命は、二つの明らかに異なる文明を代表する二つの民族が、互いに立派な交際に入る、世界史上の一大転換を意味するものであります。「進歩的な西洋」は無秩序な進歩を抑制され、「保守的な東洋」は安逸な眠りから覚まされた時であったと思います。

 

ヨーロッパとアジアの好ましい関係をつくり出すことは、日本の使命であります。長い鎖国が終わりを告げようとしていたのです。アメリカのペリー提督こそ偉大なる人類の友であり、「敬天愛人」を奉じる勇敢で正直な将軍が共同の仕事に参加したのであります。

 

西郷は若い頃から王陽明の書物に魅かれていました。陽明学は崇高な良心を教え、恵み深くありながら、きびしい「天」の法を説く点で「聖なる宗教」(キリスト教)と似たところがあります。他にも仏教の中ではストイックな禅の思想に興味を示しました。

 

ヨーロッパ文化には無関心で、度量が広くて進歩的、実践的な性格をつくりあげた教育は東洋に拠っていたのです。西郷には一生を貫く二つの顕著な思想が見られます。(1)統一国家と(2)東アジアの征服です。

 

影響を受けた藩主の島津斉彬と水戸藩の藤田東湖

 

西郷が大きな影響を受けたのが薩摩藩主の島津斉彬(なりあきら)と水戸藩の藤田東湖です。

斉彬は非凡で、国の将来を見つめる思いは西郷と共通していた人物。冷静沈着で洞察力に富み、早くから自国の変革が必至と読み取り、迫りくる危機に備えて領内の諸改革に取り組んでいました。

 

精神的感化を受けたのは「大和魂のかたまり」である水戸の藤田東湖で、その近くには次代を担う若者たちが集っていました。二人の出会いが実現し、師は語りました。「私が抱いている志を継いでくれる人間は、この若者のほかにはない」。

 

弟子も言いました。「天下に畏るべき存在は一人しかいない。その方こそ東湖先生である」。国家の統一と、その国を「ヨーロッパに並ぶ国家にするため」の大陸への領土の拡張。この計画を実行する方策が、新しい感化により最終的な形となって現れたと思われます。

 

維新革命の同志には、内政では木戸や大久保が精通し、革命後の安定を図る仕事では三条実美や岩倉具視が有能で、この人たちがいなくては実現できなかったでありましょう。にもかかわらず、西郷なくして革命が可能であったかは疑問であります。

 

1868年1月3日、伏見で戦争が始まり、官軍が全面的な勝利をおさめ、賊軍と呼ばれた徳川方は東方に逃げました。西郷は東海道軍を指揮し、4月4日、江戸城は官軍に明け渡されました。その革命はもっとも安価で効果的な革命でありました。

 

これを実現した人物が西郷でした。東海軍が品川に進駐したとき、旧友の勝海舟に会いました。徳川にあって勝だけが国家が生存するため主家を犠牲にする覚悟ができていたのです。

 

勝は西郷を愛宕山へ散歩にともない、眼下に広がる「壮大な都市」を見て、西郷の心は深く動かされたのです。「我々が一戦を交えると、罪もない人々が苦しむことになる」。西郷の心は和平に傾いたのです。

 

維新革命で名をあげた人達とならび西郷は、参議という要職に列せられました。しかし西郷の同僚たちが、西郷とは行動を共にできないと思う時が訪れたのです。今まで共通の目的のために協力し合ってきたのですが、同僚たちが止まろうとしたのに対して、西郷は出発点とみなしたことで、ついに決裂に至ります。

 

 

 

講演「学道論」

 

9月12日(金)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は現代の弊害は「聞法」の機会が次第に失われて来たことだと指摘しています。

 

聞くことよりも読むことが先が多い

 

しかし単に聞くばかりで読むということが伴いませんと、真の確信が得難いのであります。また仮に凝固したものでないとしても、それが周囲を照らすまでには行きにくいのであります。ここに聞法と同時に読書ということの重大なる意義がある訳であります。

 

今読書と聞法を歩みに喩えてみれば、聞法は後足であって読書は前足にあたりましょう。一寸考えますと、私どもは前足で進むように思いますが、実際は後足で進むのであります。勿論前足が出るから進むのでありますが、しかし実際に全身を進めるのは後足による踏み切りの力であります。

 

随って読書と聞法は全く左右の足が交互に歩むことに当たるのであります。そもそも知というものはともかく先走るものであります。そこで本来の順序で申せば、聞法を先にすべきでありますが、しかしこれはあるべき真実界の順序でありまして、普通の順序から言えばやはり聞くことよりも読むことの方が先に立つ人が多いようであります。

 

真の踏み切りは後足でありますが、現象面の進行は前足で進むかの如く見えるのであります。同様に現象的にはとかく知が先走るのである。そうしてこの知の先走る方向を決定するものは、後足の踏み切りとしての行であります。

 

現象的な知の先走りを導く読書をして現実に即する真の如実たらしめるのは、聞法に即する行であります。然るに現代の弊は聞法の機会が次第に失われて来たということであります。こうしてラジオはこの欠陥を補う為の一種擬似的の設備というべきでありましょう。

 

実際ラジオでもないことには、現代人は聞くということが全く無くなる訳であります。眼に入るものはただ活字、活字、活字であり、文字、文字、文字であります。こうして耳に入るものといえば只雑音騒音の外ない訳であります。

 

講演「学道論」

 

9月11日(木)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は読書と聞くの比較では「読むより聞く方が実行」につながりやすいと述べています。

 

読むだけで実行は出来ない

 

そもそも聴くということは、読むということよりもより内面的であります。薫化とか染み込むということは、多くは聞くことによって出来るものであります。単に読むことだけでその人の徳化を蒙るということは容易なことではないのであります。

 

また現実という点からみても、聞く方がより現実的であります。そもそも聞くということはわが五体を運ばなければ聞くというわけには行かないのであります。なるほど近頃ラジオというような便利な機械ができて、寝転んでいても聞けないわけではありません。

 

しかしラジオで聞くのと肉声で聞くのとでは第一その趣が非常に違うのであります。ひとりその音声が違うばかりでなく、そもそも聞くということはその人のそば近くへ行かねば聞けないのであります。

 

そこで聞くということは、ひとり耳だけの働きでなくして五官の全体が働くのである。即ち聞くと同時にその姿が見えるのであり、その一挙一動が窺えるのであります。ラジオでは寝転んで聞くような横着も出来るだけに、先方の方のお姿を見るというわけにはいかない。

 

また言葉も肉声のような如実の趣は得られないのであります。今順序から申せばまず聞法から入るというのが順序であります。つまり聞くということは全体相だからであります。そもそも実行ということは、一応は聴くだけでも出来ものであります。

 

処が只読むだけでは実行はなかなか出来ないのであります。無論聞いただけで必ずしも実行ができるとは申せませんが、しかし比較の上から申せば読むより聞く方が実行につながり易いのであります。つまり聞くということは、それだけ全体的、具体的であり、現実的だからです。

 

講演「学道論」

 

9月10日(水)二百十日。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は真の確信は単に自分一人に止まるものでなく、人々の心を目覚めさせ確立させるところ迄行かねばならないと説いています。

 

知の取得に読書型と聞法型

 

これに反し聞法型の人は、その方の話を聴くためには随分遠方から来て聴くのでありますが、しかし書物となるとそれほど貪り読もうとしないのであります。ここに人間の知の取得に関する類型を二つに分つことが出来るのであります。

 

勿論それぞれに一長一短がある訳ですが、聞法型の人は一般に質素朴直であり、人間として比較的遺漏が少なくないようであります。が同時にともすれば自証の方面が欠け易いのであります。然るにこの自証ということが欠けると、真の意味での確信というものが得がたいのであります。

 

本人は確信していると思っているのでありましょうが、その「たしかさ」というものは謂わば硬直のたしかさであります。真の確信というものは単に自分一人だけに止まるものであってはならぬ。それはどうしても周囲の人々の心を目覚めしめ、更にはその人々を確立せしめるところ迄行かねばならぬ。かくしてはじめて真の確信であります。

 

他人はどうでも自分だけはと、まるで柱にでもつかまりついて、両脚を引っ張られても双手で柱につかまっているというような確信は、真の確信ではなくて硬直の信であります。聞法型の人は自ら行うことは確かに朴実であり、また自らの確信はたしかだと思っているようすが、どうも周囲を照らす光がどこか鈍りがちであります。

 

これに反して読書型の人は広く読みますけれども、現実の行いにおいてはとかく抜かりが多いのであります。言葉について言えば、とかく言葉が多くなり勝ちであります。また材料から申せば成程材料は多く知っているけれども、とかく統一においては欠け易いのであります。

 

 

講演「学道論」

 

9月9日(火)重陽の節句。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日、真実知は読書と聞法という二つの門から入ったものが一に会するところに得られると述べています。

 

本質的には「知行一体」、相対的には「先知後行」

 

実際知行の問題はこれだけでもなかなか尽きない問題でありまして、学道論はこれを知行論としての角度からは、学道論の一切を知行のうちに摂(おさ)めて見るということも出来るわけであります。

 

さて以上は知行の問題について申して来たのでありますが、さて着手という上からは、やはり知から入る外ないのであります。ここに本質論上からは知行一体でありつつ、相対論上からは先知後行論の成り立つ所以があるのです。

 

さて知を得るについては大別して二つの道があると思うのであります。勿論真知は唯一でありますが、それを得る方便としてはいろいろの窓から眺められるのであります。音は一つでも之を聞くにはやはり二つの耳を必要とするようなものです。

 

二つの耳で聞いたものが一つに合う。そこで私共も確信が得られるのであります。そもそも真にたしかということは、二つのものが一つに合うという処から来るのであります。そこで片耳を聾している人の音の把握は両耳備わっている人ほどにたしかではない。

 

一つの音を両耳を通してさらに一つに会するところに初めて真の確証感が得られるのであります。実体は唯一でありますが、その実体を唯一と掴むために、そこには二つ異なった門を通過する必要があるのであります。而してその二つの門とは即ち「読書」と「聞法」とであります。

 

かくして真実知というものは、読書と聞法という二つの門から入って来たものが一に会する処に初めて得られるものであります。ところが、実際にはとかく読書型の人と聞法型の人とに分かれ易いのであります。読書型の人は書物は沢山読むが、それにもかかわらず話はそれほどに貪って聞こうとしない傾きがある。

講演「学道論」

 

9月8日(月)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は知と行について、「知は内容の条理に即して見る、行は実現の立場から観ること」だと述べています。

 

「知と行」は真の一体

 

井戸を掘って水の出の少ないことを嘆くよりも、そういう暇があったら更に一鍬を進むべきであります。掘って掘って掘り抜いて最後の岩盤を掘り抜いたとき、初めて無限の地下水を掘り当て、そこから尽きせぬ水の湧出を得るのであります。

 

同様に真に限りなき努力というものは、絶対信の無限の大海からのみ流れ出るものであります。勿論一口に信と申しても、そこにはいろいろ趣の相違がありましょう。しかし今知行の問題をこの角度から申せば、知と行とは絶対に合一する否、真の一体であるということの確認を言うのであります。

 

即ちこの一体はこれを一方から見れば知であり、他の一方から見れば行であります。而して知の面から見るとは内容の条理に即して見るということであり、またこれを行から見るとは実現の立場、即ち肉体を挙しての実現の面から観るということであります。

 

されば知行の本来は合一ではなくして、まさに一体であります。合一という限り、なおそこには薄紙一重の境がある。山崎闇齋先生の垂加神道では天人合一といわずして「天人唯一」と申しておられます。

 

「天人合一」とは儒教の立場であり、教学の立場でありますが、それが天人唯一となってはじめて神道として宗教の立場に徹するのであります。「合」と「唯」というこの一字の相違がそこに教学と宗教、相対面における極限と一切相対を超脱した絶対界とを別つのであります。

 

それ故知行合一の趣を掴んだ道徳としてそれ以上はないのでありますが、しかしそれだけでは未だ真の安心とは言われないのであります。処が唯一となって始めて真の安立が得られる。知行はもと一体ではあるが、それを眺める面によって知と行との別を生じるのであります。

 

選択と集中によるテーマパーク化

 

9月6日(土)

 

北海道のニセコ。このスキーリゾートには大量の外国人観光客が押し寄せている。私たちの暮らす街、商業施設など、あらゆる場所で進行する「ニセコ化」について、豊洲、渋谷などの事例をもとに論じているのが「ニセコ化するニッポン」(谷頭和希著、KADOKAWA、2025年1月発行)です。著者は都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。

 

日常と切り離された「別世界」=「テーマパーク」

 

「ニセコ化」とは何か。それは「選択と集中」によって、その場所が「テーマパークのようになっていく」現象である。ニセコ地区は西武グループなどがスキー場を経営していた。しかし、スキーブームの終焉や景気低迷の煽りを受け撤退してしまう。

 

そこに目を付けたのが外国資本のホテルである。彼らが意識的に行なったのが「選択と集中」である。「選択」とはその場所へ来る人々を「選ぶ」こと。すなわちターゲットは明確に「富裕層の外国人観光客」である。

 

「集中」は「選択」されてやってきた富裕層が満足できるように、彼らに深く刺さるサービスを「集中」的に行う。たとえばコンビニでは1万3000円を超える高級シャンパンを販売している。外国人富裕層にとって居心地の良い、便利な空間づくりである。

 

その結果、ニセコは「テーマパーク」のような姿に変わった。街を見ていると、外国語の看板に外国資本のホテルなど、日本ではない場所に思えてくる。日常と切り離された「別世界」を「テーマパーク」とするなら、ニセコはまさに「テーマパーク」の風景だ。

 

2024年2月、東京・豊洲市場の横に誕生した「豊洲先客万来」は、江戸時代の街並みを再現し、新鮮な海鮮が食べられるのが強みである。しかし、従来と決定的に違うのが商品、サービスの「高額っぷり」。インバウンド観光客に向けた値段設定、たとえば1万8000円のうに丼である。大阪の日本橋にある商店街「黒門市場」も然りである。

 

こうした変貌を街レベルで遂げつつあるのが渋谷である。2023年度、渋谷はインバウンド観光客の訪問率が1位となった。これまでの渋谷は「若者の街」のイメジで語られてきたが大規模な再開発で高級ホテルを建設し、インバウンド観光客を取り入れようとしている。

 

同時に渋谷は「ヒットバレー」の異名もあり、IT企業が集まっている。2018年に誕生した「渋谷ストリーム」にはGoogleの日本本社がテナントとして入っている。こうしたホワイトカラー的な人々とインバウンド観光客を「選択」した再開発が進んでいるのである。

 

スタバの成功も「ニセコ化」にあった

 

「ニセコ化」は身近にある商業施設でも進んでいる。例えば「スターバックス」。スタバが日本で勢力を拡大し続けられる理由の1つは「ニセコ化」と考えられる。スタバも「選択と集中」が色濃く見られる。商品ラインナップと商品価格の2点である。

 

商品ラインナップの顕著な例は「フラペチーノ」の導入で、スタバを代表するメニューの1つである。このフラペチーノがコーヒーを飲まない客層、特に若い女性を惹きつけた。従来の喫茶店とは雰囲気がガラリと変わり、若い雰囲気の店になった。

 

これに輪をかけているのが「商品価格」による「選択」である。スタバの商品は他のチェーン系カフェに比べると若干高い。例えばブレンドコーヒーは、ドトールコーヒーが250円、タリーズコーヒーが360円に対してスタバは380円。

 

また安売りをしないのも1つの特徴だ。これによってスタバには、ある程度日常的にその価格に耐えうる人がやってくる。価格設定で静かにそこに来る人を選んでいるのだ。しかし、「ニセコ化」は決してプラスの側面だけではなく問題もある。

 

経営の世界で「選択と集中」がリスキーであることは常に指摘されてきた。ニセコ化はある1点に観光資源を特化させるため、その1点が機能しなくなった場合の損害は大きい。例えばコロナ禍における観光客の激減が大問題になった。

 

「選択と集中」では、何らかの「排除」が起こる。たとえばニセコに関する報道を見て、「ニセコは外国人しか相手にしない」と思う日本人は少なくないだろう。「ニセコ化」によって起こる「排除」を「静かな排除」と呼ぶ。選択されなかった側は居心地が悪いのである。(T OPPOINTから抜粋)

 

 

 

講演「学道論」

 

9月5日(金)

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は知と行は一つ、「真知と真行との間には一分一厘の違いがない」と述べています。

 

「世の中は正直そのものである」

 

もはや動かなくなったということは、実は死んだということであります。「大学」に「止まる」とあるのは、無限進展の歩々の歩みの中に一々を自証し、一々を絶対現成せしむるということであります。従って知と行とが真に一つであると考えられない間は、未だ以って真実界に入れるものとはいい得ないのであります。

 

なるほど知と行とはある面においては違うと言えましょう。即ち知っても尚且つ行えないという面がないわけではありません。しかし知っても行えないという場合の知というのは、実は知の本体でなくしてその幻であります。つまり「イメージ」としての知であります。

 

全然知ではないとは言えないが、しかしそれは平面に投げられた影にすぎない。かくして真知は行以外にはないのであります。即ち真知と真行との間には一分一厘もそこには食い違いがないのでありまして、ここが絶対の確信をもって信じ得られた時、はじめて真に道は立つのであります。

 

私はよく「世の中は正直そのものである」と申しておりますが、それはこの真知は行以外絶対にないということと、実は同じことを言うているともいえるのであります。この一点を全身を挙して確信し得ない間、その人は尚迷える人という外ないでありましょう。

 

真に行じ得た時が真に知ったのであって、行じ得ない間は凡てこれ幻である。即ち知れるかの如くに思う錯覚にすぎない。そこが徹上徹下少しの違いもなく確信し得たとき、はじめて真に道に立つのであります。

 

而して道に立つとは、実は真に現実の上に立つということであります。同時に一たびこの趣が分かると、そこから無限の努力が湧き出るのであります。世人は努力の続かないことをいろいろと嘆きますが、それは畢竟するにこの信がないからであります。

講演「学道論」

 

9月4日(木)くしの日。

 

講演「学道論」を紹介しています。本講演は森先生が建国大学(満州)に赴任した年(44歳)、昭和14年12月25日に愛知県幡豆郡横須賀小学校で開催されました。本日は人は行において道に触れた時、始めて真に無限進展の一路に立つと述べています。

 

絶対無限界への発足の道が開かれる

 

即ち相対の世界において究極点に達した時、実は真実界への門口に立つということであります。この趣が分かったならば、最早普通の意味でのエンドとしての究極というものは無くなるのであります。

 

エンドと考えるのは現象界のみを見ているから最後的究極と思うのであります。つまり最上と無上との区別がつかないから最上を究極とするにすぎないのであります。かく究極と考えるが故にそこに止まる。止まるが故にそこに腰を下ろして我見を生ずる。

 

この現象界における最後の究極を一皮越えれば、そこに絶対無限界への発足の道が開かれるのでありまして、これは絶対無限界なるが故に、もはやエンドといものはないのであります。而してこの趣を最も如実に示す言葉が道という一語であります。

 

即ちそれは「太極」の語でもなければ、「真如法性」の語でもなくして、実に「道」の一語がそれに当たるのであります。かくして道の一語は学道、さらには行道の上において絶対を掴んだぎりぎりの言葉であって、人は行において道に触れた時、始めて真に無限進展の一路に立つのであります。

 

同時にまたこの時はじめて絶対とか究極というものを真にその生ける如実の生命に於いて掴み得るのであります。この時究極というものは彼方になくして、一歩一々の直下の現在に内含されるのであります。即ち踏みしめるということがそこに歩々絶対を現成せしめるということであります。

 

「大学」に至善に止まるという、止まるとあるのが即ちそれであります。止まるということを単なる静止とし、完成と心得たならばそれはいみじき誤謬であります。それでは腰をおろし尻餅をつくということであります。