「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月21日(金)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第3章1節の「創造における主体と客体」の最終回で、現代の思想は主観でなく主体の立場に立たねばならないとしています。

 

では何ゆえに現代の思想は、主観でなくして主体の立場に立たねばならないのであろうか。それというのが、単に主観というだけでは、それは単なる観念的なものに過ぎないが故である。随ってそれは、単なる個人的な立場となって、客観的な意味を持ち得ないが故である。

 

しかるにひと度「主体」という立場に立てば、主体という概念には、必然に身体性が予想されるが故に、単に観念的なものとは言えなくなるわけである。そこには身体性が随伴するゆえ、一面から明らかに個人的な限定、ないし着色を帯びるとも言えようが、同時に身体を通してそこに実現されるものの意義は、客観性を帯びるといってよい。

 

かくして問題となるのは、創造及び制作における主体の問題が、今や新たなる脚光を浴びて、その再検討を迫りつつるわけである。この場合、制作すなわち“いのち”が事物を作り出す作用らきにおいては、何ら問題はないといえよう。

 

その場合、実践し行動する主体自身の作用らきに着目し、そこに主観の作用が働いているとも言えないこともないであろうが、その意識作用については、一般的に「主観」とは言わないで、実践及び行動の意図ないし計画などというであろう。

 

以上述べてきたように、「創造における主体の問題」のうち、第二の創造の場合は、一応自明事として格別問題はないとしても、第一次的創造、すなわち神の直接的創造の方は、さように簡単ではあり得ないであろう。因みにここで直接的というのは、必ずしも時間的な瞬間性、ないしは瞬時性を意味するわけではない。

 

一例をいえば、地球の創生ないしは生物の進化などにも見られるように、もしこれを時間的範疇に移して考えるとすれば、地球の創生ないしは生物の進化などにも見られるように、非常に長い時間的な持続性を通して、その生成の為される場合もありながら、尚かつここに直接的創造というのは、そこに人間の働きが介入していない場合という意味合いである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月20日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第3章「創造における主体と客体」の1節の2回目で、「主体」という概念を掘り下げています。

 

主体というコトバは、哲学上重要な概念の一つとして使用される場合が多く、頻度という点からは、あるいは最も多いかと思われるにも拘らず、いわゆる「概念」として一々その内容を吟味せずに使用されるところに、種々の問題が生じるわけである。

 

では、主体という概念はそれほど重要にも拘らず、その検討が不充分かと考えてみるに、主体という概念そのものが、その本質的性格よりして、吟味検討を至難とする点があり、さらに極言すれば、この主体という概念は、その吟味検討を拒否するものを内包しているかと思われるからであろう。

 

そもそも検討とか吟味という意識作用は、吟味し検討されるものが対象化され、さらに客体化される必要があるわけである。しかるにこの主体という概念は、本来対象化することの不可能な概念といえるのである。対象化したとすれば、その時それは客体と化したのであって、真の主体たることを失うからである。

 

このような立場に立って、以下この主体という概念に対して、多少の吟味と検討を試みたいと思うのである。その場合、真っ先に考えられることは、この「主体」という概念には、何らかの意味において「肉体」の存在が予想されるのではないかということである。

 

即ち、何らかの意味における「身体性」を予想することなくしては、この「主体」という概念を考え得ないのではないかと思うのである。このような措定を試みることは、ある意味では非常に大胆なことだとも言えるであろう。しかし、ひとまずはこのような仮説の一石を置いてみることにしたい。

 

では「主体」と言う概念に身体性が予想されるかというに、「主体」という概念と「主観」という概念の区別は為しえないと考えられるが故に他ならない。ここに思想における近代と現代を分かち得ると思うのである。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月19日(水)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第3章「創造における主体と客体」の1節は同じテーマの「創造における主体と客体」の1回目で、創造の何であるかを説いています。

 

創造の問題は、畢竟するに世界創造の問題といってよいであろうが、それ故にまた、絶大なる“いのち”の生成の大用というべきであろう。かくして、結局は“いのち”が“いのち”を創生せしめる大用というべきことを知らねばなるまい。

 

さればまた、“いのち”の消息に与かり得ない者には、世界創造について語る資格なしとしなければなるまい。それ故、いやしくも世界創造について思念する者は、何よりもまず自らの“いのち”の自証をその先行条件とすべきことを知らしめられるのである。

 

何となれば、大宇宙はこれをその内面より把握すれば、絶大なる“いのち”をその根本本質とする外はなく、無量の生命をその自己限定として、自らの「分身」として生むことを可能にするわけである。随って、世界創造について思念することは、一極微存在としての自己すら、大宇宙生命の極微の一分身たることを自証するに外ならぬといってよい。

 

かくして創造とは、“いのち”が“いのち”を生むの謂いであるが、その時“いのち”の生むものが物である場合に、それを事物の制作といって生むとは言わないのである。それにも拘らず、それら両者のいずれの場合にも、そこには主体の作用らいていることを看過してはなるまい。

 

もっとも“いのち”がものを生む、すなわち作り出す場合の主体の作用は、“いのち”が“いのち”を生む場合とは、その趣を異にすることは言うを要しない。けだし、“いのち”が“いのち”を生む場合には、“いのち”は文字通り自己の身を割いて与えるわけであるが、“いのち”がものを作る場合には、それに要する素材としては、すでに存在しているものを使うのである。

 

先の場合を第一次創造とすれば、ものを生む場合は第二の創造と呼んで一応区別しうるわけである。しかし両者共に、そこには“いのち”の凝縮ともいうべき主体の作用らいている点において、その濃度を別にすれば、一応共通しているというべきであろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月18日(火)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第2章「第一の創造と第二の創造」の5節「人類の罪過とその深省」の3回目で、本日をもって第2章は終わりとなります。

 

では、何ゆえにこのようなことを言うかというに、それは西洋の自然科学的文明の発達が一種の限界に達したことと、今一つは、それと表裏の関係にあるともいうべき、彼らのいわゆる人間本位論的考え方のために、今や第一次的創造の成果に対してすら、重大な破壊行為、たとえば世界資源の濫費などを言おうとするのである。

 

絶対者が人間に対して、自らに肖せて造ったとされているのに、今や神の第一次的創造たる自然界に対する破壊行為の進行は、もしこのまま進行したとしたら、やがて人類はこの地球上で絶滅の運命に逢着するであろう危険信号、警告が発せられつつあるのである。

 

顧みれば東方の先賢は、「天・人合一」を以って、この地上的人間の理想とし、人は天地の化育に参加することを以ってその天与の使命と考えたのである。しかるに一方からは、人間集団が徐々に増大化する伴い、予想もしなかったような人知の“さかしら”が蔓延するに到ったが、さらにそれを幾十百倍にも増大し拡張せるものこそ、

 

西欧人の生み出した自然科学文明、並びにそれに随伴する人間本位論であって、今や人類はこの点に対して、根本的な深省を要請されつつあると言えよう。その最大の警告は、原爆であるが、それに随伴する二大罪過というべきは、天然資源の濫掘と損傷、並びに公害及びそれらと深く内面的に関連する食糧飢餓等などは、今や刻々に人類に対して、死滅の危険信号を発しつつあるといってよい。

 

このような超重大な危険に対する対策は、なべての真理がそうであるように、極めて単純明白かつ自明だといってよい。すなわち、全人類の当面しつつある未曾有の現実的危機を打開する道を求める外ないわけである。再言すれば、全人類が改めて深く「神意」に聴き、根本的に生まれ変わって「神意」に聴従する以外に、如何なる途も無きことを痛省懺悔する外ないであろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月17日(月)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第2章「第一の創造と第二の創造」の5節「人類の罪過とその深省」の2回目で、西洋文明の特質である自然科学的文明そのものが、一種の限界に達しつつあることを指摘しています。

 

それにしても、第一の創造と第二の創造との間に見られる距りのいかに遠大であることか。それはアンバランスなどという、人間世界で使用されている日常的言辞を以ってしては、到底表現し得ないことを改めて痛省せしめられるのである。では一歩すすめて、如何なる点にその真因はあるというべきであろうか。

 

思うにここに到るとき、畢竟じて人間が自己所生の絶対的本源たる神の深意に到り得ない点に、その真の根因のあることを知らしめられるのである。試みに一例を挙げてみるとしよう。

人類にとって今日最大の恐怖は何かといえば、超武器ともいうべき原爆の出現そのものというべきであろう。

 

それは今や、一瞬にして全人類の大部分を殺傷せしめるまでに到っているというのに、かかる悪魔的兵器の徹底破棄という一事すら、何らの進展も見られない現状を思う時、第一次創造の成果の一つたるこの地球上において、空前の大破壊を企てつつあるとも言えるであろう。

 

古来東洋の天地にあっては、「天・地・人」の三才と呼ばれて、人は天地の間に介在する小なる存在でありながら、その自覚によって、天地の化育に参ずる重大なる使命を負荷するものと考えられてきたのである。しかるに今や、西洋文明の特質である自然科学的文明そのものが、一種の限界に達しつつある。

 

その弊害の是正の原点となるものは、人類の源初的な自覚期において生み出された、神・儒・仏・基等の諸教、またこれを人に即していえば、孔子・釈迦・キリスト・ソクラテス等、超世の大思想家の言動を録した諸もろの経典の内包している、根源的な真理(地上における人間の使命)といわなければなるまい。

 

このような考えは、芸術の世界においては、ほとんど自明の真理として、一般的な承認を得つつあるかに思われる。

中江藤樹――村の先生②

 

11月15日(土)七五三。きものの日。

 

内村鑑三(1861年〜1930年)により1908年(明治41年)に刊行された英文著「Representative Men of Japan」の鈴木範久よる翻訳「代表的日本人」(岩波文庫)から、新日本の創設者としての西郷隆盛、封建領主の上杉鷹山、農民聖者の二宮尊徳、村の先生の中江藤樹、仏僧の日蓮上人の5名を紹介します。今回は中江藤樹の2回目です。

 

藤樹の名が世間の注目を引くことに

 

評判になることを嫌っていた藤樹は、「積善」について述べています。「人はだれでも悪名を嫌い、名声を好む。小善が積もらなければ名はあらわれないが、小人は小善のことを考えない。だが君子は、小善をゆるがせにしない。大善も出会えば行う。ただ求めようとしないだけである。

 

大善は名声をもたらすが、小善は徳をもたらす。世の人は、名を好むために大善を求める。しかし名のためになされるならば、いかなる大善も小さくなる。君子は多くの小善から徳を

もたらす。実に徳にまさる善事はない。徳はあらゆる大善の源である」。

 

真の学者とはどういう人か、藤樹の考えです。「“学者”とは、徳によって与えられる名であって、学識によるのではない。学識は学才であって、生まれつきその才能をもつ人が、学者になることは困難ではない。しかし、いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない。無学の人でも徳を具えた人は、学識はないが学者である」。

 

センセイとして仰ぐべき聖人を求めんとして、一人の青年が岡山を旅立ちました。青年は聖人に出会えるものとして、都のある東の方へと道を急いでいました。近江の国で一夜を田舎の宿で過ごしたとき、隣の部屋の二人の会話に惹きつけられました。

 

一人のサムライが、次のような出来事を語っていた

 

主君の命で首府に上がり、数百両の金を託されて帰る途中だった。肌身離さず所持していたのだが、この村に入った日のこと、財布をその日の午後に雇った馬の鞍に結びつけておいた。宿に着き鞍につけた大事なものを忘れたまま、馬子と一緒にその馬を返してしまった。

 

しばらくして、はじめて大変な忘れものをしたことに気づいた。馬子の名は知らず、捜し出すのは不可能だった。・・・不注意は弁解の余地はない。主君に詫びて許される道はただ一つしかない。私は手紙を、一通は家老にあて、他は親族に宛ててしたため、最期を迎える決意を固めたのである。

 

真夜中遅くになって、だれか宿の戸を激しく叩く者があった。その男は、馬に私を乗せた馬子本人であった。「おサムライさん、鞍に大事なものを忘れていませんでしたか。お返ししようと戻ってまいりました。これでございます」。嬉しさのあまり我を忘れたが、我に返って告げた。「あなたは私の命の恩人である。代償としてこの四分の一の金を受け取られたい」。

 

しかし馬子は聞き入れなかった。最後には一両を渡そうとしたが無駄だった。馬子は言った。「私は貧乏です。家から四里の道をやって来たので、わらじ代として四文だけお願いすることにしましょう」。私はたずねた。「どうして、それほど無欲で正直、誠実なのか」と。

 

貧しい男は答えた。「私のところの小川村に、中江藤樹という人が住んでいまして、私どもにそういうことを教えてくださっているのです。先生は、「利益を上げることだけが人生の目的ではない。それは正しい道、人の道に従うことである、とおっしゃいます。村人一同、そんな教えに従って暮らしているだけでございます」。

 

次の日、青年はただちに小川村に行き、聖人を訪ねて弟子にして下さるよう嘆願しました。藤樹先生は驚き、ただの村の教師にしかすぎません。遠方から来た立派な人に頼まれるほどの人間ではないと、ことわりました。しかしサムライは聖人の謙遜にうち克つのだと決意しました。

 

玄関のそばに外衣を拡げると、姿勢を正し、大小の両刀をかたわらに、膝に両手を置いて坐りました。道行く人々の噂にのぼっても、姿勢を崩さず三日三晩の間、坐りとおしました。

このとき、全能の母親がその青年のために仲介の役を果たしました。母が正しいと思うなら正しいに違いない。師はついに屈服しました。これが熊沢蕃山の話です。

 

蕃山はのちに大藩岡山の財政および行政にたずさわる役人として、後世に影響を与える改革を数多く導入した人物です。岡山藩の家臣となった蕃山が、師の人格の偉大さを伝えたことで、岡山藩主(池田光政)がみずから訪ね、相談役として仕官してほしいと頼みます。

 

師は自分の使命は村にあり、母との暮らしにあると言って辞退します。藩主が異例の訪問でえた成果は、その名を師の門人の一人として加えることの許可を得たことと、長男を代わりに岡山に派遣する約束でありました。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月14日(金)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第2章「第一の創造と第二の創造」の5節「人類の罪過とその深省」の1回目で、神の世界創造は「聖なる領域」というべき、人間の分別的知性ではいかに努力してもその真趣に触れえないと述べています。

 

この章の冒頭いらい、心中にあって離れなかったのは、言うまでもなく、神の世界創造だったわけである。節を追いその解明に取り組めば取り組むほど、問題の至難さが痛感され、解明への進展よりも、むしろ不可知領域の増大だったといってよい。

 

思えばそれは当然というべきであろう。何となれば、神の世界創造はその性質上、元来我われ被造物には察知の許されない、最勝義における「神秘」の領域に属する事柄だからである。

神秘とは「聖なる領域」というべきか、人間の分別的知性を以ってしては、いかに努力してもその真趣に触れえないと言うだけである。

 

ここまでくると、改めて一つの事柄が痛感せられるのである。それは何かというに、神の直接的創造としての第一次的創造の広大無辺なのに比べる時、人間の努力と称される第二の創造の如何に微小というに足りないかということを、痛省せしめざるを得ないのである。

 

何となれば、神の第一次的創造は、この無辺際にして広大悠久極まりない時・空裡に展開され、その涯際を知らないのである。しかるに第二の創造というべき人間の努力は、極微の一天体に過ぎないこの地球上に限られていることを知らねばならぬ。

 

さらに看過し難いことは、我われが努力するという、その営為のために要する資質も資材も、すべてこれ神より授けられたものであって、その中の一物といえども、我われ自身の力によって創り出したと言い得るものは無いわけである。人間の身体自身も、神からの授かり物というべく、自らの力によって生み出したものではないわけである。

 

もっとも人によっては、人間の人間たるゆえんとしての知性に到っては、それこそ人間に特有であって、断じて他から与えられたものではないと言う人がいるかも知れない。だが、深省すれば知性そのものも、神より授けられたものというべきではあるまいか。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

12月9日(火)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は第3章の5節「創造における“いのち”の体系」の最終回で、大宇宙は無限絶大なる大生命そのものだと説いています。

 

体認の困難さを克服するため、その導きの星というべきものが、古来「師」と呼ばれた、真理の具体現者、真の指導者といって良いであろう。随って、古来真に道、真理を志す者は師を択び、謙虚に道を学のである。では道を学ぶとは如何なることであろうか。

 

道を学ぶとは、自らが真に生きんがために人として生きる筋道を学ぶということであり、この現実界を貫いて行われている生きた理法を学ぶことと言えるであろう。そのような真理の探究は、この現実界が無量多の“いのち”によって成立していることを、身をもって体認することだと言えるであろう。

 

この問題を考えるに際して、今一つのカギというべきものは、我々自身が一個の“いのち”を持った存在だということである。そのような観点から、自己そのものが一個の“いのち”であることを確認し、確信するに到ること。それは自己の裡に作用らいている超個の生命に目覚めることだといえるであろう。

 

では、かような“いのち”の開眼に導かれるためには、それぞれの所縁によって、「師」を選んでこれに就く他ないであろう。かくして開かれる世界は、この絶大なる天地宇宙が、すべて無量多なる“いのち”の極大無限にして、かつ複雑極まりなき、生ける体系として観ぜられるに到るであろう。

 

かくてこの大宇宙の内面本質は、如何なるものかというに、絶対的全一生命の自己限定(分身)として、無量多なる“いのち”の動的体系という他ないであろう。言い換えれば、この大宇宙は無限絶大なる大生命そのものだというわけである。その特色は相互照応的呼応生である。

 

これを再端的には、“いのち”というもの自体が、互いに相照応し相呼応して、互いに影響し合うものだということである。端的には近くは自らを中心とする心通う人々の上に観ぜられる“いのち”の呼応性を考えれば、容易に肯われる真理だといえるであろう。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月13日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。極めて難解な内容と思いますが、「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は2章4節の「創造への人間参加」の3回目で、人間的知性が一つの重大な危機にさしかかっていると説いています。

 

かく考えてくる時、神の世界創造における人類出現の意義は、いかほど力説するも足りぬといってよいであろう。現に自然科学としての生物学の立場は、人間もヒトとして猿猴類中の一部門に属するようであるが、猿と人間との体質的相違がいかに天地隔絶するものであるかは、今さら贅言を要しないであろう。

 

両者の間に横たわる根本的相違のうち、最も分かりやすいものといえば、やはり知性だといってよく、その最も顕著なる成果の一つは、いわゆる自然文明だということは、これもまた贅する要はあるまい。このように、神の世界創造の途上に行われた人類の出現は、まことに超重大な意義を有するといえよう。

 

人間知性の一面的発達の産物たる自然科学的文明は、現在行きづまり状態に達したといってよく、それに伴う自然破壊の惨烈なる弊害を見るとき、今や人間にとっては、かつて神によって賦与された人間的知性そのものが、一つの重大な危機にさしかかりつつあることを痛感させられるのである。

 

これまでのところ、人間的知性において最も重要視されたものは、より良き方向への選択知であったが、しかしそのより良しとして選んだことの極、今やそれが裏目に出て、最良なりとしたものが今や一転し、最悪の方向を招来しつつあるわけである。

 

かくて人類は今や改めて、創造主の神意が奈辺にあったかについて、根本的深省を要する時期に際会しつつあるといえるであろう。自然科学的知性の根底を支えていたものは、人間中心主義的な物の考え方であったが、――それは一歩踏み外せば、自己中心主義に堕することは眼前の事実といってよい。今や神の世界創造の原点に遡って、それが如何なるものであったかに対して、改めて深省する要があるであろう。その時、我われの心眼の前には、人祖の楽園追放の深意が、新たなる光に照らされて映現するであろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

11月12日(水)酉の市。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」から抜粋しています。極めて難解な内容と思いますが、「日本人独自の哲学とは何か」を考える手がかりとしてご覧いただければ幸いです。本日は2章4節の「創造への人間参加」の2回目で生命体における生と死を分ける根本的起因は、環境への適応だと指摘しています。

 

近時自然科学的文明の一種の行きづまりからして、人々が自然界の意義に注目し始めたのは、悦ぶべきと言えるが、この場合にも、単に「自然」というだけでは、単に対象界としての自然科学的な自然を意味するに過ぎない。先の「大宇宙」と同じく「大自然」の語を用いて、単なる対象的自然とは区別すべきだと考えるのである。

 

かくして真の絶対的観点に立つとき、「世界創造」は、単にその外的一面としての、天文学的宇宙の創生しか人間には分からぬわけであり、否、それすらも「膨張する宇宙」などの語が示すように、我われ人知が現在把握しているのは、その一微小部分に過ぎず、真の「絶対的全一」というべき「大宇宙」そのものの、内面構造なり創造的展開のプロセスなど、人間の有限的知性には、永劫に閉ざされた絶対神秘の領域という他ないであろう。

 

世界創造は神による絶大無窮の神的戯曲ともいうべく、人間の有限的知性にとっては、永遠に神秘であって不可把促という外ないであろう。随ってその表現もまた神話的象徴的手法による外ないわけである。

 

以上がマクロ的方法というのに対して、ミクロ的手法を取り入れてみるとすれば、天体の極微の一小部分としての地球が派生され、やがて次第に冷却を開始し、ついにその地表面上に、無生物とも生物とも判定しえないような、極微存在の発生が始まり、やがてそれらが一個の極小統一を内具する細胞として生長したのが、地球上に生物的生命の最初の出現とみるのが、現在の定説になっているようである。

 

極微の生命体における、その生と死と盛衰の転変を生じさせる根本的起因は、環境への適応の如何だといってよいであろう。やはり適者生存の理法がその全領域をつらぬいて、妥当する真理なしは法則というべきであろう。これを知性の観点からいえば、環境との適応において、その選択を誤らなかったものほど、よりよく生きたと言ってよいであろう。