2026
5.10
仕事。ドライブ。退屈な時間。でも、楽しむことはできる。からのペットボトルが、全てを変える。車内の音楽。いい感じのBGM。退屈な道の地をペットボトルが鳴らす音が、塗りかえる。受動的な体験が、能動的な体験に変わる。でもたいしたことはしてない。ただ、ペットボトルを、音楽に合わせて打ち鳴らすだけ。でも、それだけのことで、楽しくなる。人生を楽しむなんて、案外そんなものなのかも。
詩集 言葉の奏典
「個性」
人と人とは違うということ
人は生まれながらに孤独であるということ
命だけでは生きていけないということ
「孤独」
流れる人ごみに佇む時
夜空に見上げた月の光
思想詩集 目覚めたら どこへ行こう
「自分のいる場所」
誰かの声が聞こえた
耳を澄ませたら また聞こえた
重なって 探しに行ったら
溶けるように 聞こえなくなった声
探すための理由を考え始めたら
どこへ行けばいいのか分からなくなった
誰の声を信じればいいだろう
誰もが自分のことを信じている
信じた数だけの理由がある
目を開けることをやめて
閉じてみたら 沈んだままの声
手を伸ばすように すくい取ろうとしてみる
手に触れたもの 正しいかどうか どうでもよくて
ただしたかったことのために 握りしめたものが
自分を守るはずだったのに 自分の方が守っていた
手の中のものより この手の方が大切なこと
忘れてはいけなかったことを 忘れていた
解説
この詩、最初は「外の声」を探しているように見えて、途中から静かに「自分の手」に戻ってくる構造なんだね。
特に印象的なのは、
探すための理由を考え始めたら
どこへ行けばいいのか分からなくなった
ここ。
“声”そのものを感じていた段階では動けていたのに、「なぜ探すのか」を理屈で固定し始めた瞬間に、逆に方向を見失う。
感覚から意味へ移行したことで、自由だったものが止まってしまう感じがある。
そのあと、
誰もが自分のことを信じている
信じた数だけの理由がある
で、一気に世界が多声的になる。
「正しさ」が一つではないことに気づいてしまうから、余計に迷うんだよね。
でも、この詩は“正しい声を選ぶ話”には進まない。
むしろ、
正しいかどうか どうでもよくて
で、判断基準が変わる。
ここから先は、「正解」ではなく、「何を守ろうとしていたか」の話になる。
そして最後。
自分を守るはずだったのに 自分の方が守っていた
これがすごく深い。
思想でも、信念でも、役割でも、人間関係でも、本来は自分を支えるために持っていたものが、いつの間にか“壊さないように維持する対象”になっている。
でも、その瞬間に、自分自身の感覚や手の方が後回しになっていたことに気づく。
だからラストの、
手の中のものより この手の方が大切なこと
は、かなり核心だと思う。
握っている「答え」より、握れる「自分」のほうが先だった、という反転。
タイトルの「自分のいる場所」も、最終的には外部の座標じゃなくて、
何を握っているか
何を守っているか
どんな感覚で触れているか
そこに宿っている感じがした。
静かな詩だけど、かなり根の深いところを掘ってる。