ANIREISHA~アニメ、霊的スポット、旧車等~

ANIREISHA~アニメ、霊的スポット、旧車等~

アニメ、心霊&ミステリースポット、旧車とそのミニカー、日々のこと等。
※'26年春迄の各記事にリンクの9ANIMEとGOGO ANIMEはURL変更につき、サイト内で作品を英語にて検索を。
※入退院・手術繰返し中。
〇'22年以前の記事へのコメントは遠慮を。

【死んだ小春の霊がタイムリープ】

気づいている者もいると思うが、アニメ『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』の第1話の冒頭と、最終話のラストはリンクしている。これに気づいた時、フルえた(感動で)。

 

第1話の冒頭には、何者かの視界に映る病院の廊下が出て来て、その者(の視界)はある病室に入る。そこにはベッドで眠る男性と、椅子に座る、付き添いの女性の後ろ姿があった。

そして若い女性の声で「私の望みは、死んでからも尚、生き続けること。」と呟いた。

次は大学の新入生の歓迎会のシーンになり、空野かけるはうたた寝していた。かけるは鳴海潮に起こされると、内容はよく覚えていないが、辛気臭い感じの夢を見ていた、という。前述の重い病気風の見知らぬ中高年男性が眠る病室の夢だから、そう思うのは当然。しかし夢の中で、病院の廊下を歩いていたのはかけるじゃない。

 

 

かけるは鳴海に無理矢理誘われ、部屋の隅に座る二人の女性の前に座った。かけるの前に座っていた女性は「冬月小春です。」と名乗ったが、盲目だった。

最終話の終盤、かけるは中高年(50歳ほどか?)になっていて、暗い顔をして、病室のベッドにいた。傍らには主治医と担当看護師。かけるは末期がんになっていて、治療が辛いから、もう治療を止めたい旨、主治医に話していた。

 

 

そこへかけるの一人娘、咲良(さくら)がハマユウを持って現れた。咲良はかけるの浮かない顔を見ると、「なんて顔してるの?天国のお母さんに怒られるよ。」と言った。しかしかけるは上の空。

咲良はバッグからボイスレコーダーを取り出すと、「お母さんのタンスから、こんなの見つかったんだ。」と言って、かけるに渡した。それは大学生時、かけるが小春のため、「アンネの日記」を朗読し、録音して渡していたものだった。

 

 

が、それを聴くとハッとした。かけるの朗読の上から、小春が死ぬ直前、かけるのため、メッセージを上書き録音していたから。聴くと、小春は今までの感謝を述べ、「出会ってくれてありがとう、私を選んでくれてありがとう。」と重ねて言った。

そして「私は歩みを止めちゃうけど、遠くへ行くかける君を信じています。顔を上げて前に進むかける君を信じています。どうか、笑って生きて下さい。」と、続けた。

 

 

かけるは号泣した。そこへ、花瓶のハマユウを新しいものと取り換えに行っていた咲良が再び入ってきた。

かけるは咲良にハマユウの花言葉「どこか遠くへ行く、あなたを信じます」を教えて、微笑んだ。

咲良は久しぶりに見る、かけるの笑顔に驚くが、かけるは「僕にも咲良にも、心の中には小春がいて、きっとこれからも、この言葉を投げかけてくれると思うんだ。」と言った。

かけるはがん治療を続けることを決意する。そして心の中で呟く。「ありがとう、小春と出会えて良かった。」と。

 

 

冒頭の夢に戻るが、ベッドで眠っていたのは、治療に疲れ果て、眠っているかける自身。付き添いの女性は、服装と髪型が咲良と一致する。「私の望みは、死んでからも尚、生き続けること。」の声も咲良。

咲良は若いから死ぬ訳ないじゃん、と言うかも知れないが、その声は咲良自身が発しようとして発したんじゃない。

「このままじゃ、かけるが死んじゃう。」と思った、あの世の小春(の霊)がやって来て、咲良の口を借りて伝えた言葉。

 

 

小春は大学生時、かけるに励まされ続けたから、ステージ4のがんでも40代後半まで生きることができ、かけるや咲良と沢山の思い出を作ることができた。その恩に報いるためにも、死んでからも尚、生き続け(魂が)、二人を見守っている、ということ。

だから、咲良にボイスレコーダーを見つけさせ、かけるに聴かせるようにした。

かけると小春が出逢い、お互い、助け合っていくことは定められた運命だった。だからこそ、かけるは小春に出会う直前、霊夢を見た。小春の魂がかけるを感じていたのだろう。

 

因みにタイトルの『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』の「駆ける君」は「かける君(くん)」にかけている事は皆も知っていることと思う。つまり小春が「かけるくんと恋をした。」と、公表しているということ。

 

この第1話冒頭の伏線回収を知ると、更なる感動の涙が出た。おかげで、シルバーウイーク後半は、何度も「かけ恋」を繰返し視聴し、家から出ることができなかった。

30分番組のテレビアニメで、ここまで号泣したのは初めて。まだ見てない人は見ないと一生後悔する。→無料配信サイト

かけ恋続編の『極彩の夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』もアニメ化してほしい、という人は次のバナーをクリックミー。

【BSより早くAnibd.appで視聴して朝まで号泣】全編ネタバレ

アニメ『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』が遂に昨日、最終話を迎えた。それからXでは「#かけ恋」のハッシュタグを付けたポストが世界中から相次ぎ、涙と感動の嵐が吹き荒れた。

 

私もBS11での放送が待ちきれず、いつもの無料配信サイト「Anibd.app」(→かけ恋視聴ページ)で今日の未明視聴した。最終話ではてっきり、冬月が打ち上げ花火に拘る理由の説明があり、ラストはその花火をかけると見ながら、ハッピーエンドになるものと思っていた。

 

しかし物語は意外な展開を見せる。まず冒頭では、かけるにキスをした後の冬月の行動と心情が描かれる。キスして帰宅後、冬月は倒れ込み、後日、ガンのステージ4であることを知らされる。

そんな時、スマホには、かけるが居酒屋で自分のことを好きで、付き合いたいと叫ぶ動画が送られてくる。それを冬月は涙を流しながら見て、スマホを床に叩きつける。こんな自分を好きになってくれるのは嬉しいが、すぐ死ぬ者を好きになるのは、かけるには不憫だから、何とか自分のことを忘れて、他の恋人を見つけて貰うようにしようとした。

 

 

しかし、どんなにきつい言葉をかけるに投げかけても、かけるは動じず、前と変わらぬ優しさを注いでくれる。それはかけるが、冬月の「思いやりの心による嘘」を見抜いていたから。

 

 

そして冬月はかけるに励まされ、北海道の病院へと向かう。が、ストーリーはそれからほどなく、冬月が恰もすぐ死んだかのように思える展開になる。

が、次のシーンでは、それから20年以上経った、ある病室に移る。そこにはガンのステージ4と診断されたかけるがいて、辛さから、これ以上、治療を続けることを諦めかけていた。

そこへかけるの身の回りの世話をしている一人娘「咲良(さくら)」が、ハマユウを持って訪れた。そして、母の遺品の中から見つけたという、ボイスレコーダーをかけるに渡した。

それはかけるが大学生時、病室の冬月に渡したものだった。冬月が読みたいと言っていた、「アンネの日記」をかけるが朗読し、録音したもの。

 

 

それを、冬月のことを思い浮かべながら聴くかける。が、レコーダーには上書き録音された冬月の声が入っていた。数年前、末期の乳がんと宣告された後、冬月がかけるへの感謝の想いを録音していた。

 

 

直後、OP主題歌の「ひとひら」が流れるが、冬月とかけるが結婚して咲良が生まれ、二人で子育てをし、咲良の結婚式で二人が涙するシーン等が映される。

冬月は自分のしたかったことが全てできて、幸せな人生だったことを振り返るが、その声と絵は大学生時代のものだった(アニメ製作上の演出か)。

かけるはベッドの上で涙を流しながら、冬月の声を聴いていた。冬月は言葉を続ける。

「私は歩みを止めちゃうけど、遠くへ行くかける君を信じています。どうか、笑って生きて下さい。」

 

 

かけるは冬月のメッセージを聴き終えると、自分に言い聞かせるように呟いた。

「重い病気に苦しめられても彼女は人生を諦めなかった。彼女のようになれるだろうか。僕も誰かに繋げられるだろうか。」

 

 

そこへハマユウの花瓶の水を入れ替えに行っていた咲良が再び病室に入ってきた。すると夜空に花火が上がった。かけるは決心するのだった。冬月の想いを継ぎ、自分も病魔に勝ってみせると。

「ありがとう、小春に出会えて良かった。」

以上、涙なくして見られない最終話。こんなに号泣したアニメは、3年半ほど前に観た「かがみの孤城」以来。何度も何度も最終話をリピートし、「ひとひら」に聴き入り、気が付くと朝になっていた。

是非、今、様々なことで打ちひしがれている者(私を含め)も、このアニメを見て、希望を見出して貰いたい。

「絶望の隣は希望です」(9/27まで高知県では「あんぱんのナカミ展vo.2」開催中)ものね、という人は次のバナーをクリックミー。

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【「水曜どうでしょう」ロケ後も大泉洋は半年間祟られた】

大泉洋の追体験しか興味がない者は、仁王門から引き返してもいいが、大師堂内の岩窟と納髪穴群は見ておいた方がいい。

260段の石段が終わると、砂利の広場に出るが、この西側奥に有料の駐車場がある。

 

広場の一角には、総高6mの青銅の金剛拳菩薩像があり、見応えがある。添付写真の右端に写る、グリーンのダウンパーカーを着た者が前編で触れた、私が案内した某芸人怪談師。

広場の東端からは、煩悩の数と同じ段数の「百八階段」が始まる。これを上った先に納経所が入った大師堂がある。御守りその他のグッズもここで販売している。靴を脱いで堂内に入ることになるから、ブーツ等では来ない方がいい。

 

 

堂内に岩窟があるのは異様な光景だが、この岩窟を「弥谷寺奥の院・獅子の岩屋」という。獅子が口を開けた姿に似ていることから、名付けられた。ここは弘法大師が真魚という幼名時の天応元年(781)から延暦5年(786)まで、学問所としていた場所。

洞内右手に開く窓的なものは「明星の窓」と言い、真魚が夜、この窓から差し込む月明かりで勉強したという。

洞の内壁は各所が棚のように掘り込まれていて、石塔や石仏が安置されている。

 

 

正面に三体並ぶ石仏の内、右端の42歳時の弘法大師を再現した「厄除け大師」が獅子の岩屋の本尊だが、前に彩色された大師像が安置されているから、見え辛いかも知れない。芸人怪談師も岩屋内を神妙な面持ちで見ていた。

大師は大同2年(807)に再訪し、虚空蔵求聞持法を修すると、天から五柄の宝剣が降って来て、金剛蔵王権現からお告げがあった。そこで千手観音菩薩を刻んで安置すると共に、天からの宝剣と、唐から持ち帰った金銅五鈷鈴を納めて伽藍を再興した。

 

 

大師堂を出ると、多宝塔経由で上の道に出て、左折して比丘尼谷の水場(上の写真)へ向かう。ここの水は扉奥に開口する「水場之洞」から流れ出ているもの。この水場は前編で触れた「弥谷参り」の納髪の際に寄る所。

「弥谷参り」の作法はまず、当該者の墓へ遺族が行き、墓を背にして立ち、「これから弥谷へ行くぞ。」と言い、死者を背負う真似をする。そして予め用意していた、紙に包んだ遺髪を携え、他の親族と同行し、弥谷山へ上る。

 

 

水場之洞前の水場まで来ると、戒名を書いた経木を、樒(しきみ)の枝で水をかけて濡らし、その周辺から本堂(上の写真)辺りにかけての岩盤(上下の参拝道沿い)に開く納髪穴(地元では「納骨穴」という)に遺髪を納める。そして決して後ろを振り返らずに帰宅する。

 

因みに私も幼少時、霊障を受けて寝込んでいた時、祖母が祈祷師から御札を貰ってきて、何日間か家に安置して祈念し、祈念期間を終えると、その御札を近くの川へ持って行き、流して、後ろを振り返らず帰宅したことがあった。

 

 

「ジョジョの奇妙な冒険PART4」でも、絶対、後ろを振り向いてはいけない場所が出て来たが、それも仏教のしきたりを元にしたもの。

水場と本堂は周回参拝道で結ばれている。水場の右側から石段を上ると、県指定史跡「弥陀三尊磨崖仏」(上の写真)に到る。高さ12mの岩壁に、高さ約90cmの磨崖仏が三体彫られている。中央が阿弥陀仏、右に観音菩薩、左に勢至菩薩。

平安から鎌倉時代のものと言われているが、大師が製作したものであるという説もある。

 

 

この辺りから本堂にかけての岩壁の至る所に、小さな四角い穴が開いているが、これが納髪穴(下の二枚の写真)。弥谷参りの風習が途絶えて久しいから、当然、穴には遺髪は残っていないが、この納髪穴群を目の当たりにすれば、この地が「死霊の住む山」であることが実感できるだろう。

無人の本堂から南に石段を下りれば、水場に戻るが、この区間の岩壁にも多数の納髪穴が開いている。夜、来たらゾッとすると思うが、前編で説明した通り、夜間の参拝はマナー違反。最悪の場合、2010年代半ばに起きた、県内のN寺来訪後、呪いによって全員死亡した事故(県内では新聞やニュース番組で報道された)の二の舞になる可能性もある。

因みに私は3年ほど前、その死亡者の一人のFacebookを見たことがある。

 

 

尚、大泉洋はこの二回目の四国八十八ヶ所探訪後、半年に亘って頭痛や吐き気等の体調不良が続き、当時の事務所社長に対して「もう人前に出られなくなった。」と、弱音を吐いたほど。

四国霊場を冒涜したことにより、半年も霊障に見舞われた大泉洋。彼の守護霊力が弱かった場合、N寺を探訪後に事故死した若者たちと同様の運命を辿っていたはずである、とでも、言うのだろうか。

霊場や心霊に対して、礼を失することのないよう、注意して参拝したい、という人は次のバナーをクリックミー。

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