キュアな月に代わって鬼滅けて~プリキュア、鬼滅の刃、セーラームーン、旧車ミニカー等~

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【テーマ曲の2ヶ所に不気味な声が

※今回は趣向を変え、某心霊ビデオシリーズのナレーション風に綴る

 

~一般から寄せられた不気味な映像を紹介していくビデオシリーズ「ほんとにあった呪いの○○○」。今回寄せられた投稿は音声データによるものである。

 

この音声データは来週、多くの映画館で上映が終了する劇場アニメ「アイの歌声を聴かせて」の2枚組サントラCDの、ボーカル盤の方に収録されている映画のテーマ曲「You've Got Friends ~あなたには友達がいる~」を録音したものだと言う。

投稿者によると、この曲の一番のサビの部分の2ヶ所に、奇妙な声が入っているのだという。それでは問題の箇所を一ヶ所ずつ、お聴き戴こう(CDの曲を流すテイで)。

 

♪幸せになれる魔法 (%&$#) 今すぐに会いたい人を想って♪

 

R  E  P  L  A  Y

お分かり戴けただろうか。

 

♪幸せになれる魔法 (カァッ) 今すぐに会いたい人を想って♪

「幸せになれる魔法」という歌詞の次に、女性らしき声で「カァッ」という声が入っているのが分かる。しかし投稿者によると、この声は発声から0.5秒以上経って入っていることから、母音と子音の関係で「カァッ」と聴こえるが、本来は「ああっ」と言っているのではないかという。

 

では、二ヶ所目をお聴き戴こう。

♪心に浮かぶ言葉たちを 歌うように解き (%&$) 放っていくの♪

 

R  E  P  L  A  Y

お分かり戴けただろうか。

 

♪心に浮かぶ言葉たちを 歌うように解き (はあっ) 放っていくの♪

ヘッドホンやイヤホンをして聴かないと分かり辛いが、「歌うように解き」の後に「はあっ」という息をするような声が入っている。投稿者によると、一ヶ所目が「ああっ」で二ヶ所目が「はあっ」だから、これは呻き声ではないかと言うのだが。

 

 

これは、この映画製作か、サントラ製作に携わった人物で、映画の公開前に不慮の事故、或いは病気で亡くなった方の「無念さ」が現れたものなのだろうか。それとも、この歌手に恨みを持って亡くなった者の仕業である、とでも、言うのだろうか。~

と、いうようなことだが、これは初回プレス版のみに起こることなのか、その内の限られたロットのみなのかは分からない。ただ、この声に気づいたのは、CDを購入して何日も経ってから。

 

 

気づいたのは、前回の記事『大切な人を亡くすと「アイの歌声を聴かせて」を』を投稿した日の夜。その記事では「死」に関することを綴った。もしかすると、その記事に反応した亡者が私に、霊界からの声を聴かせた、とでも、言うのだろうか。

早速CDを購入し、製作会社が無料公開している「ほんとにあった呪いのビデオ」のYouTubeを見たい、という方は次のバナーをクリックミー。


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心にそっと寄り添ってくれるもの】※前回と同じネタバレ有

前回、アニメ映画「アイの歌声を聴かせて」の吉浦康裕監督の過去の作品「イヴの時間」は、アンドロイドを人間の「他人」に置き換えると、「差別」がテーマになることを記した。

 

では、「アイの歌声を聴かせて」の主人公のアンドロイド(詩音)は何に置き換えることができるのか。これを考える際に重要になるのが、この映画はアンドロイドをAIの「思考・思念」という目に見えない「ソフト」と、その「器」であるアンドロイドの機械体「ハード」に分けている点。この発想は画期的ではないかと思う。

では、人間をこの方式でソフトとハードに分けるとすれば、どうなるのか。それはずばり、「魂」とその器「身体」になると思う。その場合、テーマは「亡き人との向き合い方」になる。

 

 

映画ではラスト、詩音の記憶を製造会社に消去されないため、トウマが詩音の「ソフト」を宇宙空間にある人工衛星「つきかげ」に向かって飛ばす。ここでソフトとハードが離れることになる。

人間がこの状態になる時とはそう、死ぬ時。唯物論者等は死んだら全て終わりで、何も残らない旨、戯言を言うが、過半数の者は死んでも、魂は永遠に残ると考えているんじゃないだろうか。

 

 

映画ではソフトとハードが分かれても、誰も悲しまない。逆に人工衛星からみんなのことを見守ってくれる、と思い、ハッピーエンドになる。詩音の「器」に恋心を抱いていたサンダーを除き。

みんなは大切な人やペットを亡くした場合、どうだろう。当然、当初は悲しくて何も手につかない状態になることだろう。しかし自分の人生はこれからも続く。いつまでも悲しんではいられない。

 

 

大切な人との思い出を胸に秘め、亡き人はきっと、自分を見守ってくれている、と思う他ない。そして新たな一歩を踏み出していく。そんな時、「アイの歌声を聴かせて」や以前紹介した映画「黄泉がえり」は、心に寄り添ってくれるんじゃないだろうか。

悲しい時、夜空を見上げてみよう。

月の光のように優しい 眼差しに包まれていること

いつまでも忘れないでいるの 大切な人がいるってことを

 

(「アイの歌声を聴かせて」二枚組サントラ盤収録曲「フィール・ザ・ムーンライト~愛の歌声を聴かせて~」より)

 

 

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【各種伏線をコミック等で補う】

私は前も触れたように、SFモノやロボットモノのアニメは嫌い。だから当初、アニメ映画「アイの歌声を聴かせて」を観るつもりはなかった。しかしプリキュアを観るついでに観たところ、ジーンときた。が、その時、複数回観ようとは思わなかった。

 

それはラストの各種謎が氷解していくまでの各所の伏線が弱かったから。だから一回観た時点では、各種疑問を払拭できなかった。しかしコミカライズ等を見ることで、ストーリーの必然性や各種設定が納得でき、映画を2回目観た時は涙が溢れた。まさしくこの映画は今年屈指の感動劇場アニメ。

映画を1回観た時点で合点がいかなかった点は以下の通り。

(1)なぜ詩音は唐突に歌い始めたのか

当初、吉浦監督はこの映画を普通のアニメとして脚本を仕上げていた。しかし後日、アンドロイドである詩音の突飛な行動性を表現するための手段として、ミュージカル要素を取り入れることになり、脚本も変更された。

 

 

しかし詩音が「擬装転校」してきて最初の自己紹介で歌い始めるのは、あまりにも違和感がある。が、これには理由があった。詩音の「AI部分」が、サトミの幼少時に持っていたたまごっち型玩具だった頃、トウマに簡易AI型改造を施され、サトミの話すことや歌を、意識を持って記録することになる。

サトミは毎日のように、かぐや姫の西洋版とも言えるミュージカルアニメ「ムーンプリンセス」の主題歌や挿入歌を、友達に聞かせるかのように、たまごっち型玩具に歌って聞かせていた。

 

 

初代詩音とも言えるその玩具は、サトミが歌うことが好きだと認識していたんじゃないだろうか。そしてサトミは歌っている時は、楽しそうだった。だから転校生としてきた時、サトミを見つけると駆け寄り、歌い始めたんじゃないだろうか。

(2)なぜ詩音はサトミの幸せを願い続けたのか

詩音は転校してきて自己紹介をする前、サトミの元に駆け寄り、「幸せ?」と訊く。その後も頻繁にこの質問をサトミにする。これにも違和感があった。詩音のAI部がたまごっち型玩具から各種施設のコンピューターに意識的に移動し、サトミを見守り続けていたとしても、なぜそこまでサトミのことを気にかけているのか、疑問だった。

 

 

が、これはサトミの幼少時の家庭環境に起因するものだった。サトミの幼少時、両親は離婚している。母親は女手一つで育て、また、自分の仕事での「夢」を実現するため、仕事に没頭し、サトミの相手をしてあげる暇はあまりなかった。サトミはいつも家の中で一人ぼっち。ムーンプリンセスだけが寂しさを癒してくれた。それもあり、母はたまごっち型玩具を与えたんだろう。

少し記憶が曖昧だが、トウマは改造したたまごっち型玩具をサトミにあげる際、「これで寂しくないね」とか「幸せになってね」みたいなことを言っていたんじゃなかったか。だから詩音のAI部はたまごっち型玩具時代から、自分の使命はサトミを幸せにすること、と思っていたんじゃないだろうか。

 

 

(3)詩音のAI部がなぜ衛星に

映画のラスト、詩音のAI部はトウマによってアンドロイドから切り離され、人工衛星に向かって電波(?)となって飛ばされる。ここで、なぜ人工衛星なのか、どこの機関のどういう衛星なのか、少し疑問に感じた(映画の内容を忘れていただけかも)が、コミックを見ると、その衛星は詩音のアンドロイドを製作した会社によって製造された実証衛星「つきかげ」だった。

その役割は、宇宙空間に於けるデジタルデータの運用実証。詩音を製造した会社の衛星だから、詩音のAI電波もすんなり受け入れることができた、ということか。

また来週、観に行こうと思う。

 

 

ところで皆、この映画は人間とAIの関係を描いたもの、と思っていないだろうか。監督の以前の作品「イヴの時間」も人間とアンドロイドの関係性についてのものだったが、アンドロイドを人間の「他人」に置き換えた場合、「差別」がテーマになってくる。今回もAIを他のモノに置き換えると号泣度が倍増するが、それは今度。

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