パーティドレスを着た女性に誘導され

二人は奥のソファに腰を降ろした。

健一は店に入ったところで、やっとキャバクラだと気付いた。

キャバクラなど行きたくなかったが気付いた時にはもう手遅れだった。

健一は葛西に

「葛西さん、僕あんまりお金持ってないんですけど…」と言ったが

「大丈夫、大丈夫」

と葛西は健一の考えを一掃した。


店内には他に二組の客がいた。

一組は中年男性で、もう一組は若い20代の男たちだった。

健一は前者の中年男性ばかりが来るところだと思っていたが

若い人も居るんだなと思った。

髭の生えた渋い男が健一たちのテーブルにやってきた。

白いシャツに黒いベストを着ている。

飲み物はお決まりですか?ときかれ

健一はあわててメニューを手に取り眺めたが

そこにはビールブランデーしか書かれていない。

健一はもうお酒は飲みたくなかったが仕方なくビールを注文した。


注文し終わるとすぐさま女性がやってきた。

「どうもーめぐです、よろしくねー」

と赤いドレスを着た女性が葛西の横に座る。

健一の横には【まな】という女性が座った。

まなは店のほかの女性より幼く見えた。

葛西の横に座っためぐと言う女性はすらっとしていて化粧が濃く

色気たっぷりなのに対して、まなは少しぽっちゃりで垢抜けていない感じだった。

健一は初めて来たキャバクラで横に座ったのがまなで良かったと思った。

色気たっぷりの綺麗な女性は苦手だからだ。


まなは20歳の大学生だと言っていた。

しかも有名でレベルの高い大学だったが、健一にはそれが本当か嘘かわからない。

そんなレベルの高い大学の学生が

キャバクラで働いているなど考えてみたこともなかったのだから。

まなは見た目は垢抜けていなくても積極的だった。

健一の膝の上に手を置いてにっこりして話す。

いつのまにかその膝の上の手は健一の手と重なっていた。


まなと話しながらも健一はやけに冷静だった。

この店がまなを自分にあてがったのは一瞬で僕の好みを見抜いたのか、

葛西さんも楽しそうにめぐと話している、葛西さんの好みも見抜いた、

そう考えるとこの店はすごいなと思った。

客によってうまく女性を選んであてがうのだから。


一時間ほど経ったころだろうか、

まなは健一に携帯電話の番号とメールアドレスを聞いてきた。

健一は迷うことなくまなと番号交換をした。

そのあと飲み物の注文をとりに来た髭の男性がテーブルにやってきて

60分経ちましたが延長されますか?と葛西に訊いた。

葛西は健一にどうする?と訊いてきたが

健一は横に居るまなに気を使って「もういい」と言う事が出来ず、

「どっちでもいいです」と答えた。

葛西はあと30分だけ延長しますと髭の男性に伝えた。

まなは延長するなら女の子が変えることもできるし

自分を指名することもできると言ってきたが

健一はすぐさままなを指名すると答えた。

葛西もそのままめぐを指名して女性が変わることはなかった。


30分が経過してお会計をするときに健一は目を疑った。

そこには28,000円と書かれてあった。

健一は持っていたお金1万円を葛西に渡した。

葛西は健一の一万円を受け取り全額を支払った。

店を出てから健一はこんなに高いものなのかと葛西に訊ねた。

葛西は顔色を変えることなく支払いをしていたが

健一にこんなに高いとは思わなかったと告げた。

延長の際の指名料が高いのだろうと話した。


始発の電車までまだ一時間ほどあったので

葛西はラーメンでも食べに行こうと健一を引っ張った。

健一はぐったりしてうなずくことしかできなかった。

ラーメン屋に入った二人はキャバクラのことを話しながら麺をすすった。

健一は葛西にお金を出してもらっていることなどを考えると

正直な感想を述べることができず楽しかったと告げた。

しかし実際に全く楽しくなかったわけでもなかった。

キャバ嬢まなには興味がなかったが大学生のまなとは会ってみたいと思っていた。


ラーメン屋を出て始発の時間が来ると

健一はおごってもらったお礼を言った。

葛西もさすがにぐったりしていたが、

「あぁいいよ、またな」と言って二人は別れた。

家に着く頃には朝日が出てきていたが

なんともすがすがしくない休日の朝を迎えることになった。



仕事が終わって外に出てみると雨は止んでいたがまだ地面は濡れている。

葛西は休憩時間に顔を合わせた際、健一に

「矢田クン今日大丈夫?じゃあ終わったら外で待ってて」

と言った。

健一は言われたとおり、会社を出て外でたばこをくわえて待っていた。

葛西は健一より先輩であるため退社時間が少し遅い。

二本たばこを吸い終えたところで葛西はやってきた。

「ごめんごめん!ミーティングが長引いてさ」



仕事を終えた二人がまず向かったのは洋風居酒屋だった。

健一は今日はバイクではなく電車で通勤していたため帰りも電車で帰らなければいけない。

酔って電車にのるのは嫌だな、と考えていた。

バイクでも飲酒運転で捕まるのはごめんだ。

葛西はまずビールを頼んだ。

健一はビールが嫌いだったので梅酒をロックで頼んだ。

健一は葛西とは気が合うように感じた。

葛西も集団行動が好きではないと言っていた。

葛西も健一と気が合うと感じていたに違いない。


葛西は二杯目にジンライムを注文した。

健一は葛西の飲みっぷりに驚いていた。

葛西が二杯目を注文したとき、健一のロックグラスにはまだ半分以上残っていたからだ。

葛西は酒飲みだった。

何気ない話をしながら健一が二杯目を注文したとき、

葛西は同時に四杯目を注文した。

「葛西さんすごい飲みますねー!?」


葛西が五杯目を飲んでいるとき、

健一は葛西が酔っているのに気付いた。

同じことを何度も話しているからだ。

不思議と楽しいとも感じていた。

葛西の酒はまったりした楽しい酒である。

酒を飲むと王様になる人、テンションが異常に上がる人、

そんな人と飲むのを健一は一番嫌がった。

健一は酒で人格が変わる人間を何人も見てきた。

しかし葛西の酒はそんに悪い気がしない。

健一は酒があまり飲めないため、酒に酔うという感覚が理解できない。

飲みすぎると脈が速くなりしんどくなってしまう。


葛西は本当に酒が好きで毎晩飲みたいぐらいだ。

一方、健一はと言うとこの世から酒が無くなっても何も困らないと思っていた。

葛西は六杯目を注文し、

健一は二杯目がまだ残っていたが三杯目を注文し

二杯目を飲み干した。

葛西は自分より飲む人はそういない、と語った。

健一は自分より飲めない人はそう居ない、と語った。


店を出て葛西はもう一軒行くぞと半ば強引に健一を連れて歩いた。

健一はこの人だいぶ酔ってるなと考えながら、付いて行った。

雨は止んでいたが外の空気は少し冷たい。

葛西が入ったビルは一見ワンルームマンションのようだった。

健一は疲れていたせいか何も考えず葛西の後を付いて行った。

エレベーターで四階にあがり入り口を通った先には

パーティドレスを着た綺麗な女性が立っていた。

「いらっしゃいませ」


■次へ■

朝目覚めてまず考えたのが

今日の天気予報は珍しく当たったな、ということだった。

雨の音がしきりに鳴っている。

どうやら大雨のようだ。

雨の日は嫌いだ。

健一はバイク通勤をしていた。

会社で認められているわけではなく勝手にバイクで通勤しているのだ。

バイクのほうが早い、そして電車賃もかからない。

雨の日は当然バイクでは通えない、電車通勤だ。

休みの日でも雨が降っていると外に出るのがいやで家に居ることが多い。


あまり信じない天気予報によれば今日は夕方まで雨だ。

冷蔵庫に貼ってある電車の時間表を見て8時01分の電車に乗ることに決め家を出た。

健一と同じでバイク通勤で雨の日は電車通勤という人も多いのか

駅は人で溢れていた。

いつもこんなに多いのか雨だから多いのか健一には分からない。

健一は電車が嫌いだ。

満員電車は特に嫌いだ。

仕事に行くだけで体力を使ってしまう。

押し押されぎゅうぎゅうにすし詰めにされ足を踏まれたり踏んでしまったり

女性が近くにいるだけで気を使う。

当然女性が近くにいればすし詰め状態では密着してしまう。

触れたいわけでもなければ触れられたいわけでもない健一は

女性と密着することは煩わしいだけだった。

チカンに間違われたりしないかひやひやすることもある。

満員電車では仕方の無いことだとみんな分かっているだろうが

女性が近くにいるよりまだ男性の方がマシだとさえ思う。


「きゃー!ちょっとあんた触ったでしょ!」

「触ってねーよ!」

電車のつり革を持って立ちながらうとうとしていた健一は

すぐ隣りの車両からそんな声が聞こえた気がした。

はっと眼を開けた健一はその声が現実なのか夢なのか分からない。

駅で扉が開いた頃にはホームでなにやら人がたかっている。

チカン騒動だろうか。

すぐに扉が閉まり電車は動き出した。

健一にはどうでもよかった。

自分には関係ないことだから。

健一はまたうとうとして立ったまま浅い眠りに入っていった。


女性専用車両というものができたと聞いた。

それは大いに結構なことだと思う。

男女平等ね。

男と女は平等ではない。

そもそも男と女は全然違うものだというのは一目瞭然ではないか!

まず男と女では体のつくりがち違う。

男の方が力が強い。

例えば電車での痴漢行為。

これは性的な願望のと共に力の差が関係する。

男が女の体を触り女はその行為を力ずくで振り払うことができない。

だから女性に女性専用車両というものを与えたのだ。

これは男と女の差別である。

男性専用車両はない。

しかしこれは正しいことだ。

男女は平等ではないのだから。

つまり男性と女性の違いを認めて、

権利も違いを創らなければならない。

これこそが本当の男女平等である。

平等というのは同じであるということではない。

それについて男女が理解しないと男女平等は進んでいかないだろう。

男女雇用機会均等法は納得できない。

女性募集・男性募集と求人に書けないのだから。

これは女性募集求人に男性が応募してあっさり落とされるという問題が多々発生している。

これは男と女の違いを理解していないから作ってしまった法律である。

男向きの仕事、女向きの仕事は実際に存在する。

男性が女性向きの仕事がしたいと考えるなら

自分が女性向きの仕事に自信を持っているとアピールするし

職場に女性が多いことも理解して応募してくるはずだ。

逆も同じである。

男女雇用機会均等法は雇用のの機会を減らしてしまってるのではないか?


半分半分の朦朧とした意識の中で健一は男女について考えていた。

降りる駅についた頃には、考えていたことも忘れてしまっていた。

そのかわりに健一はあることを思い出していた。

今日は仕事終わりに葛西さん飲みに行く日だった。



■次へ■

健一が大学を卒業し会社に入り一年が過ぎようとしていた。

健一の仕事ぶりは順調というか至って普通で平凡だった。

接客業とはいえイベントやセールなどで忙しい時期もあれば

ヒマで仕方ない時期もある。

職業病というのか健一にも仕事の影響は多少ある。

仕事を終え会社から出た後、すれ違った人に

「こんばんわー」

と声をかけてしまったこともあった。

「お疲れ様です」

と言ってしまったこともあった。


コンビニに行くと夜の店員は学生が多い。

茶髪だったり学生丸出しの格好である。

そういう店員に多いのがお釣りを返す際に片手で投げるように返すことだ。

こんなアルバイトをなぜ雇っているんだ?

いやコンビニのアルバイトはみな同じか。

こんな店員ばかりだとこの店つぶれるぞ。

しかし健一はコンビニの店員を注意することはない。

他人のことなんてどうでもイイのだから。

注意することはこの店にとって良いことをすることになる。

そんなことをする義理はない。

どこかのアパレル店が客のクレームを集めということをしていたが

本当に客の声というのはその店にとって有効なものだと思う。

その有効な声を自分がわざわざ言ってやることはない。

健一がそう感じていたのも仕事によるものなのかもしれない。

そんないろんなことを考えるようになってからというもの

健一は自分が接客業に向いていないということはないなと思っていた。

人嫌いで他人との距離を一定に保とうとする自分に

接客なんてできるのか、と考えたこともあった。

生まれながらにして接客に向いている人間なんていない。

接客をするために生まれてきた?

そんな人間などいない。

しかしコンビニの店員なんかを観ていると

自分がまだ接客に向いているのではないかとさえ思える。

しかし接客を極めようなんて健一が考えるはずもない。

接客を極めようと考えるならコミュニケーション能力を高める努力をしなければならない。

コミュニケーション能力はある程度付けたいとは思うが

誰とでも仲良くなれる人間になろうとは思えない。

そして誰とでも仲良くなれる人間とは誰とでも仲良くなりたい人間でないといけない。

外人でもおじいちゃんもおばあちゃんも子供も女も男も

誰とでも仲良くなれる人間、そんな人間などいるのか?

いた!しかも身近に…。

あやだ。

あやは人間として自分よりも立派だなと感じることが多々ある。

生きることは人と人とのつながりだと言うが

現代ではそんな言葉も説得力がない。

しかし健一もその言葉は一理あると感じる。

あやは誰にでも好かれるし誰とでも仲良くなれる。

いや仲良くなる。

嫉妬してしまうこともあるこの性質は

あやの最大の魅力なのかもしれない。

どこででも生きていける人間というのが一番立派であるという仮説を立てると

自分は立派ではないな。

外国にほっぽり出されて生きていけるか?

言葉も通じない右も左も分からない、そんな土地で生きていける人間は立派だ。

どこかの山奥の先住民と生活できるか?

某テレビ番組でそんなものがあるが

そこで生きていける人間は立派だ、本当にすごいと思う。

そんなことを考えているうちに健一の休日は終わりを告げた。



■次へ■

健一があやの部屋の合鍵を手にしてから一週間が経っていたが
そのカギは健一のキーケースに収められたままで
あやの部屋のドアの鍵穴に差し込まれてはいない。
健一のキーケースには
家の鍵、バイクの鍵、バイク盗難防止錠の鍵、自転車の鍵、そしてあやの部屋の鍵
5つの鍵が入っていてパンパンに膨れてしまっていた。

健一はあやの部屋の鍵を手にした時
特に何も感じることは無かったのだが
改めて考えると何かうれしくなった。
合鍵をもらうのも初めての経験だったし
何よりあやとの距離がさらに縮まったと思った。
あやが自分のことを信用している証拠なのだ。
あやが自分のことを愛している証拠なのだ。
健一はそんなことを考えながら会社の休憩室で独り
コンビニ弁当を食べていた。
ちょっとしたプレゼントよりも嬉しいな。
あやに何かプレゼントでもしようかな。
特に何もイベントもないんだけど…。

「お、矢田クン!そこ座ってもいい?」
声をかけてきたのは葛西先輩だった。
年齢は1つ上で会社でも一年先輩である。
「あ、葛西さんお疲れ様です、どうぞどうぞ」
健一はドキッとしたが相手が葛西さんだったのでホッとした。
先輩や上司と一緒になるは極力避けたいのだ。
坂井や同僚なら全然良いがそれ以外の人と一緒になるなら
独りのほうが全然いいのだから。

しかし葛西さんは先輩といっても友達感覚だ。
堅苦しくない敬語を使うが
言葉遣いで怒られたことがない。
というより葛西さんには怒られたことがない。
仕事中に会っても休憩中に会っても仕事の話はほとんどすることがない。
そして他の先輩とは違ってあまり先輩ヅラしない人だなと健一は思っていた。
どんな話をするのかというと
お互いの彼女の話やファッションの話
バイクやクルマの話、はたまた会社の人間の話。

坂井が以前「眠たい」やら「腹減った」なんて言葉を口にして
上司にさんざん怒られたと言っていたが
葛西さんは怒らない。
というより葛西さん自身が
「だりぃ」
という言葉を吐く。
健一も同調するが何も言い返されない。

「矢田クン、彼女とはどう?」
「はい、うまくいってますよ、この前合鍵渡されたんですよー」
「へぇやるねー」
「葛西さんはどうなんですか?」
「オレ?うまくいってるよ」
葛西さんは先輩で一番良い先輩だと思っていたが
うわさで女関係は激しいと聞いていた。
確かに葛西さんは女にモテそうな男だと思った。
坂井と似たタイプなのかとも考えたが
会話の中で坂井とは全然違う人だということがわかった。
集団行動は苦手らしい。
そこは健一と同じだったのが二人が仲良くなる要因だったのかもしれない。

「矢田クン、今度仕事終わりに飲みに行こうよ」
「あ、はい!」
「次の日休みだったら遅くなってもいいだろ?」
「はい大丈夫ですよ」
「次、いつ休み?」
飲みに行く約束をして休憩を終えた二人は仕事場に戻って行った。



■次へ■

半年振りほどに健一は大学に来た。

それほど懐かしいという感じはなく未だここの大学生であるような気分だ。

卒業生であるが、回りの学生も健一を在学生であるかのように見る。

喉がかわいた健一は大学生協に行ってペットボトルのレモンティーを買った。

レジのおばさんも健一のことを在学生であるように見る。

健一がいた頃と変わったところは何もないようだ。

健一は外のベンチに座り

レモンティーを渇いた喉に流し込んだ。

顔を上に向けた時、陽が眩しかった。

時計を見るともう一時前だった。

「あやはどこでゴハンを食べているんだろう…」

「もう食べ終わったかな」

学食はいくつかあるし大学の外で食べているかもしれない。

あやの次の講義って何だろうな。

健一はアイルランド考察の後いつもあやと昼食を共にしていた食堂に行ってみた。

ここにはあやのお気に入りのものがあるからな。

二人がいつも座る席あたりにはあやの姿はない。

健一は大学生活を思い出しながら食堂を歩いた。

健一の腹がグゥーと鳴った。

南蛮定食を食べようと心に決めていたが

あやと一緒に食べられないなら混雑している昼休み中は避けて

次の講義が始まって食堂がガラガラになってからにしよう。


「けんいち?!」

あやの声だとすぐにわかった。

声の先である左手を見るとあやの姿があった。

そこには男女合わせ6人の学生が昼食をとっている。

「だれ?」

「あやちゃんのアニキ?」

「彼氏だろ?」

「きゃーうわさのカレ?!」

などと言う声が聞こえた。

健一の傍まで走ってきたあやは

「どうしたのけんいちぃーびっくりしたぁ」

と言った。

「いや別に…久しぶりに学食でも食べようかなぁなんて思ってさ」

あやは健一の手を取り自分のテーブルまで連れて行った。

「あたしのカレシぃ!」

「あ、どうも」

「こんにちわ」

健一はこのグループの中に座らされたとき、しまったと思った。

なにせ集団行動が嫌いなのだから。


「あやの彼氏ってオレらの先輩なんだよね?」

ロン毛の男が言った。

健一はこの男のだらしない座り方や話し方に少しムッとしたが

あやの友人といざこざを起こすのは得策ではない。

「そうだよぉ今年卒業したんだよぉ」

健一はこのロン毛の男があやのことを【あや】と呼び捨てにすることが気になった。

もしかするとあやの元カレの可能性もある。

こいつらがあやと一緒に入学してきたのなら当然健一よりも早く知り合っていることになる。

健一はあやの一年生の時のことを全く知らない。

健一の隣りに居た男が話しかけてくる。

「けんいちさんは何学部だったんですか?」

「ん?文学部だよ」

とこいつの顔を見ると頭の良さそうな顔で、しかしガリ勉顔でない。

話し方も温和で敬語だし印象が良かった。

こいつはイイ奴だと健一は思った。

いや、待てよ!こういうやつこそあやの元カレかもしれない!

ロン毛の悪そうなあいつよりもこいつのほうが可能性が高い!

ここにあやの元カレが居るのかどうかさえわからないのに

健一の頭の中は妄想が巡った。

「あっもうこんな時間!早く教室いかなきゃ!」

と一人の女の子が言った。

「あ、ホントだ!一番前の席になっちゃうよー」

あやは次の講義は休めないの、としきりに健一に謝った。

「いいよいいよ!オレも休ませたくないしさ」

「あ、そうだ!あや!コレ!」

健一はあやの部屋のカギを差し出した。

「あ、ちゃんと閉めてきてくれたぁ??」

「そのカギ持ってていいってばぁ」

「えー昨日お泊りだったのぉ」

「きゃーやらしいぃぃ」

「あいかぎぃぃぃ!?スゲェ!」

まわりの奴らは食器を片付けながら健一あやをからかった。

健一は照れくさいのとからかうなよと思ったが

目的を果たすことができたと感じていた。

鍵は合鍵で持っていて良いということも

置手紙でわかっていたのにこんな行動に出たのは

あやとの関係を知らしめるためだったのは明らかだ。

あやは少し頬を赤らめていたが嬉しそうだった。

照れているのを紛らそうしてか

あやは次の授業が休めない理由をしきりに説明してきた。

かわいい。


一人になった健一は

南蛮定食を注文しお茶を二杯トレーに乗せテーブルまで持ってきた。

ここのコップは小さくて1つでは足りない。

だから2つのコップにお茶を入れて持ってくる。

この習慣は大学を卒業した今でも忘れてはいなかった。

さっきはちょっとやりすぎたかな?

僕もまだまだ子供だな。


■次へ■

健一はおかしな夢を見てやる気が低下していたが
なんとかその日の仕事はやりすごした。
仕事を終えると健一はすぐにあやに電話をした。
次の日が休みだったので泊まりに行ってもいいか尋ねた。
あやは快く健一を受け入れあや自身も喜んだ。

その晩の健一とあやの情事はいつもより激しかった。
夢のことそしてあけみと坂井のことさらに松本さやかのこと
それが健一の性欲を増幅させた。
あやも健一の激しさに同調した。

もう夏の暑さはなく秋の涼しげな空気が流れていたが
二人の体温は急激に上昇し大量のが流れた。
二回目をしようとしてきたのはあやの方だった。
健一は坂井が言っていたあけみのことを思い出した。
健一も一晩に一回で満足だったが
このときは二回目に応じた。

それは坂井とあけみの関係とは違うことを確かめるかのようであった。
そしてまたどこか坂井とあけみに負けたくないという気持ちもあった。
二回目の激しいセックスが終わったあと
そのまま二人は眠りに入っていった。

健一が目覚めたのは
下半身に何かを感じたからだった。
あやは健一が目覚める5分前に目を開け
健一の下半身に手を伸ばした。
健一の性器が大きくなっていくのに気付いたあや
布団の中にもぐりこんでその大きくなっているものを口にした。
そこで目覚めた健一は快感と叫喚
両方を含んだ声をあげた。
3回目のセックスがはじまったのは
2回目が終わり5時間が経過した朝方のころだった。

3回目は1.2回目ほどの激しさはなかったが
気持ちは激しさを増していた。
健一は【女は昼は淑女、夜は娼婦が良い】という事を思い出し
あやはまさにその通りだと考えていた。

健一が再び目覚めた頃には
あやの姿はなく時計は12時を示していた。
テーブルの上には手紙とカギが置いてある。
健一は顔を洗って歯を磨いてからその手紙に気付いた。
【学校行ってきま~す★】
【合鍵つくったから健一持ってていいよー愛カギだよ愛鍵!LOVE KEY!】
【健一ラブなあやより♪】

健一はあやの部屋のシャワーをあびて
冷蔵庫のお茶を一杯頂いた。
空腹であることに気付いたが一人暮らしのあやの食べ物に手を出すのは気が引けた。
家に帰って食べようか
帰る途中にどこか店に入って食べようかと考えた。
そうだ!大学に行こう。
久しぶりに我が母校に行ってみよう。
あやにも会える。
学食も悪くない。
お気に入りの南蛮定食が食べたくなってきた。

健一は問題を解決する最も最適な方法を思いついたような気分だった。
雲ひとつ無い晴れ渡った空の下を
健一はバイクを走らせた。
最高に気分が良かった。


■次へ■
坂井あけみがカラダの関係を持ったことを
健一が知ったのは二日後のことだった。
昼食を共にした健一と坂井は夢中でそのことを話していた。
「それでおまえらつき合ったのか?」
「いや、つき合ってはないな」
「また遊ぼうねーって言って別れたからな」
「向こうも遊びだったわけか」
「そうかもな、ホテルに行く時も嫌がる様子もなかったしな」
「彼女にも本当は彼氏いるのかもな」
「ん?あ、あぁ、まぁそんなのどっちでもいいよ」

「それでさーあの子すっげぇエロいんだよ!」
「マジ?」
「おー!オレは一晩に一回で満足なのに二回目せがまれてさぁ」
「へぇーそういえば確かにエロそうだなあの子」
「おまえはあの子ヤッたったっていうけど、どちらかといえばおまえヤられた側だな、あはは」
「二回目は確かにヤられた感じだったな…」

ヤったヤラれたという表現は何が基準なのだろう。
男がヤラれたと表現することは皆無だ。
それは男が入れる方で女が入れられる方だからなのか。
しかし男がヤラれることも実際にはある。
健一は坂井があけみにヤラれたと思った。
一回目二回目関係なく坂井はヤラれたと…。
あけみも今頃友人に坂井を喰ったと話しているかもしれない。
互いに自分が喰ったと思っているのだろう。
そしてそれは一般的に夜な夜な同じことが行われているのだろう。
それが現代の性事情であると健一は考えていた。
健一は世の中の物事を皮肉的な見方をする。


その夜健一のケイタイが鳴った。
健一が見ると登録されていない電話番号だった。
とらないでおこうかと考えたが
もしかすると会社の誰かかもしれない
そう考えた健一は電話に出ることにした。
「はい、もしもし」
「あ、もしもし?」
「はい?」
「あのぅ矢田クン?」
電話は女性の声だった。
自分の名前を知っている女性だ。
おそらく会社の人だ。
健一は電話番号を交換してもケイタイに登録する習慣がなかった。
会社の人でもまだちゃんと登録していないものが多かった。

「はい矢田です」
「矢田クン?あたしあたし!」
誰だ…健一の頭の中に知っている女性の顔が巡り巡った。
この話し方は同僚か?
誰だ誰なんだ
「もしもし?あたしあたし、松本さやか!」
松本さやか…
あっ坂井の合コンで会った子だ!
「あっ!はいはい!さやかちゃん!?」
「ゴメンねー電話番号登録してなくてさー」
「もうー矢田クンんんー」
「ゴメンゴメン電話してきてくれるなんて思ってなくてさ」

松本さやかは坂井あけみのことを知っているのだろうか。
あけみの話を聞いて
僕とも坂井とあけみのような関係になりたいのだろうか。
松本さやかもあけみのような女なのか。
いや考えすぎだ…。
それとも本当に僕に惚れたとか??
いやそれも考えすぎだ。
僕は恋人がいると彼女に伝えたんだから。

「どうしたの?」
「えー?べつに用ってわけじゃなんだけどね、元気かなぁと思って」
なんだと言うのだ、やっぱり僕に気があるのか?
それとも単に松本さやかは八方美人なのか。
この子は何のきぐるみを着ているんだ?
僕に気があるなら、ゴメンなさいと断れるが
そんなこと分からない状態で断るのはおかしい。
浮気するつもりもないし、なによりこのかけひきが面倒だ。
恋のかけひきするつもりもないのだが。
健一とさやかはたあいもない会話を10分ほどして電話を切った。
健一はたくさんの人とつながっていたいとは微塵にも思わない。
しかし連絡してきた相手に冷たくすることはできない。
普通に感じの良い人になってしまう。
客観的に見ると健一は人当たりが良い。
それが自らの意思でなくとも。


健一は松本さやかの電話番号をケイタイの電話帳に登録しておくことにした。
【松本さやか】とフルネームで登録した。
友達や親しい人は名前だけで登録したりニックネームで登録している。
そしてその電話帳はグループ別で分けられている。
地元
友達
高校
大学
仕事
家族・親戚
お店・会社
その他
松本さやかは合コンで知り合った女だ。
本当なら友達のグループに分類される。
しかし健一はなんと仕事のグループに登録した。

健一はさやかとの電話を切ったあと
妙にあやの声が聞きたくなった。
あやに電話した健一は松本さやかのことも合コンのことも話すことはなかった。
もちろん健一に女友達がいる。
あやにも男友達がいる。
それは両者互いに理解していることだ。
あやと健一の会話は30分ほどのいつもどおりのものだった。
次のデートはどこに行くか
あやの学校であったこと
健一が会社であったこと


健一はその夜、を見た。
あやと出会うときの夢だった。
大学のアイルランド考察に遅れて入ってきたあやが健一の席に近づく。
健一が振り返るとあやの眼が健一のほうに注がれる。
あやがにっこり微笑みかける。
健一もにっこり微笑みかける。
しかしあやが向かった先は健一の席の二列前の席で
あやの友人達が集まっている机だった。

目覚めた健一はすぐにベッドから出ることができない。
仕事に行きたくない…
健一の重い体はゆっくりとベッドから降ろされた。
健一は大きなあくびと共にカラダをめいっぱい伸ばした。
健一は本当に仕事に行くのが嫌だったが
恋愛が仕事に影響するような奴はダメだ!
と自分に言い聞かせスーツに身をまとった。
その日は一日中夢のことが頭から離れることはなかった。



■次へ■

夜の繁華街は人で溢れている。

見るからに仕事帰りに飲みに行こうとしている人たち

学生のコンパの待ち合わせ

カップル。


大きくておしゃれなショッピングモール

その入り口に坂井が立っていた。

坂井は自分の左腕につけたシルバーに輝いている時計を見た。

20時を2,3分過ぎた頃だった。

「坂井クン!ごめんなさい遅れちゃった」

と坂井の前に現れた女はスラッとした綺麗な女性だ。

髪は茶色でパーマがかかっていた。

「おー!おつかれさん!オレも今来たとこ!」

坂井が待ち合わせをしていた相手は

合コンで知り合った女、あけみだった。

そのまま二人は居酒屋に向かった。

坂井は飲み屋にはくわしい。

おしゃれで店内は薄暗いムードのある居酒屋

しかし値段は居酒屋とあまり変わらない。

坂井はあけみと飲み食いする場所をそこに決めていた。

二人の前にお酒が置かれると早速坂井は

「あけみちゃんの美貌にカンパーイ!」

と訳の分からない事を言った。

「あはははカンパイっ!なにそれー?」

坂井はお酒の場では無敵だ。

テンションが10倍上がる。

仕事場に比べたら100倍上がる。

コンパをするため、お酒の場を盛り上げるために生まれてきたようなオーラさえある

と健一は思っていた。

坂井のオーラはあけみにも有効的だった。

楽しくて自然とお酒もすすむ。

あけみは酔っていた。

終盤になるとテンションの高かった坂井は一転して物静かになった。

静かにあけみを口説きに入った。

いつもの坂井の手だった。

「あけみちゃんホントにキレイだよね」

「そ、そんなことないよーだいぶ彼氏いないし」

「あけみちゃんはキレイすぎて近づき難いだな、うん」

「絶対彼氏いると思うからね、あけみちゃんみたいなキレイな人は」

「えーホントにぃ?」

坂井はキレイという言葉を連発した。

居酒屋を出た二人は人で溢れた通りを歩いた。

坂井は再びテンションを上げ

半ば強引にあけみを引っ張ってカラオケボックスに向かった。

酔っ払ったあけみは坂井のジャケットに掴まりながらついていく。

カラオケボックスに入ると坂井はマイクを取り一曲歌い

あけみにマイクを渡した。

あけみが歌っているときに坂井は並んで座った二人の距離を

じょじょに縮めていった。

次に坂井が右手にマイクを持ったときには

あけみの腰に左手がまわされていた。

それから二人のボディタッチは自然なものになった。


カラオケボックスに入って2時間ほど経過したころ

歌う者は無く二人の静かな会話だけが行われていた。

二人の肩はぴったりくっついていた。

あけみはふと時計を見た。

「あっ!もうこんな時間!終電なくなっちゃう!」

「え?あっホントだ」

「どうしよぉー」

「もうあきらめようよ、ここも朝までやってるし、この辺はホテルとかマンガ喫茶とかだってあるし」

坂井はあけみの顔を見ながら淡々と言った。

時計を見ていたあけみの視線は、坂井のホテルという言葉に反応して坂井の方へ注がれた。

しかしあけみの表情から嫌気は伺えなかった。

坂井は内心イケる!と思った。

「うーん、どうしようー、そう言ってる間にもう終電間に合わなくなっちゃったかな」

「ホントだね…」

坂井の乗る電車はまだ間に合ったのだが、坂井は黙っていた。

カラオケを出た二人は少し人の減った街を歩いた。

「私、毎日シャワーしないといやなのよね…」

たいていの女はこう考えている。

よしきた!坂井は思った。

どうホテルに連れ込むか考えていた坂井には

女のほうから言ってくることは願っても無いことだった。

そして

二人はホテル街に消えていった。

もちろん良いホテルは坂井が知っている。

もうこのときには終電が無く悩むあけみの顔は

笑顔に変わっていた。

どちらがあけみの本当の表情なのか

どちらがきぐるみを着た彼女なのだろう

健一ならそう考えるだろう。

坂井はそんなことは微塵も考えていなかった。


合コンの次の日の昼
健一は坂井とまた昼食を共にしていた
「矢田、おまえ彼女いるの?ってきかれて、いるって答えてたろ」
「ん?あ、あぁ」
「なんでそんなことバラすんだよ、あの子おまえに気があったぞ!?」
「そうか?美人だけど、どうこうしようとは思わなかったなー」
「もったいねーな!あんな美人がそこいらに転がっていると思うなよ?!」
健一はあやには到底及ばないなどと坂井には告げなかった。
そんなことを言えば会わせろ!とかどんな彼女なんだよ!と詮索されるのは明らかだからだ。
あやが最高の女であるのは健一にとってのことであるのは
自分でも理解していたし、他人にひけらかしたり理解してもらおうなどと思うこともない。

坂井は自分の携帯電話を取り出した。
「おっ来た来た!」
「いやー実はなー昨日の子と遊びにいく約束してさぁー」
「いつにしようかメールしてるんだよ」
「へぇー坂井はそういうことはテキパキしてるな」
「そういうことは、ってなんだよ!あぁ確かに仕事はテキパキしてないな…オレ」
「あははは、認めるのかよ」
「こういうことは早いほうがイイんだよ!」
「仕事もな!」

坂井は笑いながらメールを打っている。
「オレはおまえと違って彼女居ないって言ってるからよーうしししし」
「二股狙いなのか?彼女とうまくいってないのか?」
「まぁな、彼女とは普通にうまくいってるよ」
健一は本当にこいつはこういうことはがんばるなぁと感心した。
とはいえ彼女がかわいそうだとかは微塵も思わなかった。
むしろこういう男のほうが普通なのだと思った。
それにこういう女癖の悪い友達を持つのは、おもしろいものである、
自分に危害が及ばない限りは。


その日の夜はあやと食事に行く約束をしていた。
何を食べようか考えながら仕事を終わらせた。
いろいろ迷ったが行きつけの回転寿司にした。
あやに電話でそれを提案し
「いいねー!」
と返事をもらい待ち合わせの場所と時間を決め電話を切った。

回転寿司屋の席についた健一
お箸と湯のみをあやと自分の前に置いた。
あやは「ワーイ」といいながら
緑茶を2つ入れた。
淹れたての二杯の緑茶から出る湯気は
健一とあやの間に霧を作った。
あやはその湯気をふーっと吹き消し
楽しそうな顔で健一を見ている。

健一は「いただきます」と言い
次から次へと流れていく寿司を眺めて
1つの皿に手を伸ばした。
「けんいちぃサーモン好きだよねー」
「あぁ回転寿司で7割ぐらいはサーモン系食べるからね」
「サーモンは二番目に好きなんだ」
「え?じゃあ一番は?一番は?」
「一番好きなのはあやだよ」
「きゃー♪」


「あたしは貝が好き!」
「知ってるよ、ツブ貝が好きなんだろ?」
「あーよく知ってるねー!」
「あやのことはなんでも分かるさ!」
「あはははストーカーだぁストーカー!」
この日は回転寿司屋というムードのないところでも
健一はあやを口説いた。

そう、合コンで知り合った女を口説くぐらいなら
あやをもっと口説く、と感じたとおりに実行していた。
女性はどんなクサいセリフでも
いやな気はしない、多少なりとも嬉しいものだ。
現にここには一皿100円の寿司の前に
満面の笑顔のあやと健一が居た。
坂井と合コンで知り合った女の両者の携帯電話の中で
甘いメールが交わされているのも同じ時刻だった。



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