選挙戦・・・いつもの光景?なのか、叩き合いに中傷合戦。特に、と言っちゃなんだが「れいわの大石」さん、ちょっとやり過ぎか?で、ああいうのは「悪目立ち」して、結局は自分で自分の首を絞めてねぇか?と、オレには見えるのだが。
そんな中、昨夜のTVで・・・専門家?が色々言ってまして・・・その中で気になったのが「外国人問題」。
犯罪率で言えば日本人と変わらない・排外主義的政党が・留学生・生活保護も適切にやってると外務省も発表している・・・
などなど・・・
さてそこで、前提から違ってないか?と感じるのは、現在「日本人が問題だ」と感じている事の多くで、「外国人」ではなく「韓国・中国」の人たちに対してではないのか?と、オレは感じるのだが。
マナーの問題、乱開発の「バック」に隠れる中国資本。世界の「全部の外国籍」に対して感じる事と、この二つの国に対して感じる事を、一緒にしては見誤る・・・違うかね?
代表的なものとして、あの「伊東市」のメガソーラー開発。バックは韓国企業と言われる。それを止めた事が、あの「学歴詐称」問題のスタートとなったのは紛れもない事実。北海道のメガソーラー問題。某企業の問題。
富士五胡で起きた「他人の気を枯らす」という信じられない犯罪。こういうのは、他の国には見られない事。
また、観光地でのマナー問題。公共交通機関でのマナー問題。などなど、これもまた2つの国が代表的。そういう事の積み重ねが、外国人ではなく、2つの国に対する嫌悪感に繋がり、それが移民問題へとすり替わり、排外主義だとデマが流される。
冷静に見れば、例えば参政党は「しっかり日本の文化を理解し、ルールを守り、納税し」と、日本に溶けこむような外国人を問題視していないと主張するが、全部を「排外主義」と決めつけて「叩く」。その叩いている人はどういう人か?と言えば、ここでもやっぱり「2つの国」に関係する人が多いという事で・・・失礼だが「自分たちの都合が悪くなる」からの、一時期流行った「しばき隊」みたいな行動で・・・また、例えば「自衛隊」を叩く人にも、そういう人がいて・・・靖国もそうだし・・・となれば・・・
日本人が、日本人としての主張をするのと、外国人特に、日本に批判的な2つの国が主張する事を、一緒にしたら意味がない。いや、悪い方向へいかないか?と、考える必要がありますね。
どんな理由があろうとも・・・
例えば、中国人留学生には年間170万円を超える奨学金が出されている。全部の学生ではないが。結果、かれらは「中国で進学するより安い」という事で。、家族で日本へやってくる。その反面で、日本人の学生は、同じだけの奨学金を貰える道も確かにある。がしかし、その殆どが「借金」だ。名前が奨学金とついてるだけで、実態は借金。しかし中国人の場合は「給付型奨学金」が殆どで、事態は「返済の義務はない」、貰った金という事。これを質そうとすることが。排外主義なのだろうか?
日本へきて、1週間で「生活保護」を申請するのもまた、その2つの国の方々。要は「金目当て」で日本に来ているようなものだろうが、これを批判すると排外主義とされる。その2つの国以外の人で、そんな事をする人がおりますか? まあいるかもしれませんね、そんなおかしな事には、必ずコーディネーターがいますから、他の国の方にも進めるかも?ですが、まず聞いたことはありません。
観光地が「ゴミだからけ」と言われるが、中国が渡航禁止を呼び掛けてから、観光地はどうなりましたか?という事です。
他にも、色々ありますが・・・そういう事が日常的に、自分の周辺で見聞きすれば、そりゃ人情として「移民は受け入れがたい」と考えても、批判されるような事ですか?と感じ、そういう事を質そうとする政党の主張を、間違いだと断ずる専門家の意見には同調できないのもまた事実でしょう。
移民で言えば、今の「技能修習生制度」自体に問題がある訳で、「技能を覚えたら帰れ」ではなく、そもそも「本人がどうしたいか?」を、最初に考えない今の制度は「技能の押し売り」であり「他の技能は学べない制度」であり、「低賃金にだけコミットする」制度でもあって・・・問題なのですが・・・それを取り仕切る外務省の発表を鵜呑みにして「問題なし」とするには、かなり無理がある。
いつのまにやら「チャイナタウン」や「コリアンタウン」が出来て、なんだか治外法権みたいな街が形成されている現状を、どう考えるのか?問題ではないと言えるのか?という事で・・・スタートから違っているのですな、彼らの論理と、参政党などが主張する論理は。それで批判してもねぇ・・・違う事言ってるんだから、かみ合うはずがない。
人口減少に対しての政策と、移民問題を一緒に語る時点で、おかしな話で・・・コメンテーターあたりも「将来の人口減少を考えれば移民は避けては通れない」と言うが、結果的にはそうかもしれないが、今やるべきは「日本人で出来ることは、まず日本人でやる」であり、「なぜ、労働市場に若手の労働者が増えないか」であり、構造から変えて「低賃金状態を改善」する。その先でしょう、移民で補充と言う考え方は。
感じるのは、専門家であっても過去の価値観からの産物に捕らわれているようで、政治家も一緒で・・・まずやるべきは、何度も言ってる事だが、教育の改革、いや「教育環境」の改革・・・要は、文科省・教育委員会、そして日教組を代表とする「労働組合」の改革。おかしいでしょ?国旗の掲揚も、国家斉唱も認めないなんてのは。スポーツの日本代表が、国旗掲揚をみて、国家を唄い、国旗を体に巻き付けてるのは、どうしてですか?であり、それをやらない国は、他にありますか?という事で。こんなの「右や左」と言う以前に、国に対するロイヤリティの問題です。国民としての「誇り」の問題ですよ。
その証拠に、左の国、やりませんか? 右の国、やりませんか? みんなやってるでしょう。それを問題視するのは日本くらいなもので、いや「日本の左」だけの事で、世界で見ても「異質な論理」と知るべきです。
経済においては、正確な事実把握と効果的な財政政策。その一歩が「税の問題」です。税は財源ではないという考え方を、国民は共有するべきで、税は「再分配」の手段であり、財源として考えるべきものではないのです。
国の政策、例えば「水道」なんてのは良い例で、水道を敷設し各戸に供給するのは、「金が無くてもやらなきゃならない」国の政策です。財源が云々は関係ありません。しかし、そこで得られる「受益者の利益」(=いつでも家で水が手に入る)に対して「応分の負担を求める」のが「受益者負担」の原則。そうやって、政策に対して「金を出しっぱなしにしない」で、負担で穴埋めする。これが基本。なんでもそう、だから「財源が・・・」と言った時点で間違いなんですよ、本当は。例外的にあるとすれば、それは「国防」や「警察」「消防」などの、簡単に言えば「公務員」が使うもの。これは「受益者」はいても、そこに一時的な「利益」は生まないので、例外です。だからか?「税金泥棒」なんて言われるのは・大笑
もう一つは「税の再分配」と言う考え方。税は、簡単に言えば「裕福な人」から「裕福でない人」へ再分配するという事。例えば「受寄者負担」と言いますが、年収1億円の人と、年収500万円の人でも、受益に差がなければ負担も一緒。簡単言えば「水道代は一緒」。しかしこれだと、負担率は年収に対する負担に差が出るので、そこは「年収の多い人」には「負担も多くしてもらおう」という事。義務教育の学校なんかも同じこと。年収1億でも500万でも、みんな無料。
簡単言えば「年収の多い人から、多く貰った税金」を、低所得者の負担に当てる事で、低所得者の負担を軽減する。水道の例で言えば、
これが「税の再分配」という事で、今よく見る「バラまき」とは本質的に違う事。今は、一杯集めて、いや集めすぎた金を、なんだか知らないが小池のような権力者が、自分勝手にバラまいている。こういうのは、再分配」とは言わない。単なる「汚職」と紙一重。現に、選挙間近じゃやらないでしょう、疑われるから。
ま、極めて簡単にという事だが、基本は同じ。でなければ、「そんなのいらないから税金を払いたくない」という主張がまかり通ってしまう。しかし、「国として必要なところ」へは、税金を集めて金を使う。要は、その「ひつようなところ」を、わかりやすく主張するのが「政党」の役割。
だから、右寄りの保守などは「どこへ使い」、左寄りのリベラル政党は「ここへ使う」という「差」があるだけのこと。今の風潮の「主義主張で叩く」なんてのは、まったく見当はずれのおかしな事なんだが・・・そこに疑問は感じず、単に自分に合わない勢力を「サヨクのバカ」だの「ネトウヨ」だの、面白おかしく無責任に叩く。
自民党の政策にまともなところがあるように、共産党の政策にも聞くべきところはある。
そういう、本質からかけ離れた風潮や、単に「叩きたいだけ」の風潮を・・・作ったのは誰か?という事で・・・
百歩譲って、今の財政論が正しいとしても、国の政策が正しいとしても、「結果が悪い」のだから、「ダメだった」「間違っていた」と、認めるところから始めないと、自民が勝とうが中道が勝とうが「何も変わらない」という現実は「変わりようがない」という事。
更には・・・右も左も「正確に規定できない」今の世の中で・・・
中道ってなんだ?という事です。
中道が「右寄り」「左寄り」なんてことになれば、最早中道ではあり得ないのだが・・・
逃げ道用意して選挙目当てで集まった時点で・・・
信用ならん! という事です。
そしてそれは・・・中道に限らず・・・
自民にも、維新にも・・・一杯いるようですね。残念ながら。
いないのは、れいわや共産・社民あたりか・笑