2018年3月に撮った写真。
この少し前にバラの根元の横にスッと伸びる葉がひとつ。
なんだろうと思いつつそのままバラの為に水やりしていたら
葉が2枚に。
なんだかおもしろく、愛おしくなってきて、毎日せっせと水やり。
やがて葉は4枚に、そして9月には
植え替えしないと可哀そうなのでお引越し。
今年に入り更にすくすく。。
窮屈さに「もう、だめっ!」という悲鳴が聞こえてくるようで
「涼しくなったら植え替えるね」と声かけながらも
家のこと、日々のことで言い訳を重ねるうちに時が過ぎ
静かに目で謝る日々だった。
昨今の世の騒動のおかげ?で時間ができて、
ゆったり息ができるようにお引越し。
植え替えてひと息ついた時、
この子も、自分も育ったなぁ…と。
娘を失ってからの1年半
様々な感情のなかに、なにか、感情の大きな袋の中にいたような。
それが今、大きな大きな袋を横に置いて優しく眺めてるような
そんな感覚を持ち始めている。
袋の口は開けられていて、
中の一つ一つを取り出して眺めたり、
時には押し寄せる感情に自分が袋の中に入り込んだり。
だけど基本は私の傍らに。
時が育てたのかな、私も、私の心も。
大きな喪失に遭うと「失ったもの」にばかり目が心が行きがち。
そこにあるもの、あったもの、
新しく舞い込んだものに気づかず悲しみに埋没しがち。
1枚の葉が時を重ねて立派な鉢植えに。
陽の光と水と栄養と私の声掛け(「ありがとう」と「ごめんね」)を
いっぱいいっぱい吸収して。
今辛くても、きつくても、
大切に丁寧に時を重ねていけば
育ってゆく、愛おしいものに変わってゆく。
いろいろが。
だいじょうぶ、あせらずに。
ひとつひとつ、一日いちにち。





