もしかしたら「精神世界」って全体にそういうところなのかもしれないし
そうじゃないのかもしれないし、そのあたりはよくわからないんですが
少なくとも、わたしがお世話になったスクールでは、
サイキックや不思議な現象を面白がる風習が強くありました。
特に、サイキック開発は、ティーチャーさん自身が興味のある分野だったらしく、
受講生専用サイトに設置されていたチャットを覗きにいくと、
それを話題にした「実験」や「練習」が、よく行われていました。
(大阪のKさん
とはこのあたりから仲良くなりました)
そのうちには、「見える」人を中心とした数人だけが、
クローズドのチャットにティーチャーさんから呼び出されるようになりました。
パワースポットのサイトをみんなで見て、いわゆる「波動」を受け取ったり
「天使」と呼ばれる存在を降ろしてメッセージを受け取ったり、
調子の悪い人や、ティーチャーさんが気にしている人のリーディングをしたり、
毎日のように、深夜どころか明け方まで、そんなことばかりやっていました。
前回までの記事
レイキとの出会い(レイキ体験 序)
「失うものなんか、何もない。」(レイキ体験1~出会い~)
「だって、悪いのはわたしじゃないから」(レイキ1st)
「不意に、重さのある空気が隣にありました」(レイキ2nd-1)
「浄化と癒しへ進む道の、最初の扉」(レイキ2nd-2)
「大したことじゃない、なんて思って、ごめんね」(レイキ2nd-3)
「それは、「光」としか呼べない光でした」(レイキ3rd-1)
「全部当たり。見えるようになったね」(レイキ3rd-2)















レイキ体験8
~レイキサードディグリー3~















復習会や再受講に行くと、人から相談をもちこまれるようになりました。
こんなことで人の役に立てると思ったこともなかったので、わたしも喜んでリーディングしていました。
別に一銭のお金がかかるわけでもありませんから、それこそお安い御用だと思っていました。
もっと役に立ちたいと思って、もっと見えるようになりたいと思いました。
再受講に行くと、受講生の人たちがアチューンメントを受けてオーラが変わるのを見ていました。
調子の悪そうな人がいると、その、調子の悪そうなところを、頼まれもしないのに見ていました。
瞑想のワークのときは、他人がどんなイメージを見ているのか、ちらちら横から眺めていました。
そんなわたしに、ティーチャーさんは
「グランディングがないよ」
と何度も注意してくれたけれど、わたしは聞いていませんでした。
ややこしい状況の受講生の方がいると、彼女からもサポートを頼まれたので、
(自分だってわたしのこと使ってるくせに)
と、心の中で言い返していました。
けれども・・・
そんな風に振る舞っているわたしを、実は、わたし自身が嫌っていました。
仲良くなれたと思っている人から相談を持ち込まれると、心のどこかに冷たい風が吹きました。
相談が始まるまでは、いろいろどうでもいいようなおしゃべりに笑い合った間柄でも
相談が終わると、距離が離れてしまうのを感じていました。
悲しくなって「どうして?」と思うと、今度は自分の感覚が開き、
ただ便利に使われたんだなあ、とわかってしまうことも、たびたびありました。
そんなことが知りたかったわけじゃないのに・・・
自分がどうしたいのかわからなくなって、どんどん混乱していきました。
気持ちが混乱していくと、体調もおかしな感じになってきました。
復習会や再受講の会場にしばらくいると、なにかジットリと濡れたような感覚に囚われるようになり、体が重く、頭痛もするようになりました。
ティーチャーさんに言うと取ってもらえるのですが、そういう解決は、どこか違うような気がしました。
そんなある日のことでした。
いつものような辛さで気分がおかしくなってきたとき、ティーチャーさんは別の人のことで忙しそうにしていました。
困ったなあと思っていたら、ある先輩が声をかけてきました。
「あのさ。能力っていうのは、自分が使えるから能力って言うんだよね」
(・・・?)
「自分でコントロールできないものを、能力とは呼ばないでしょ」
(!!!)
その瞬間、何を言われているのかわかって、ものすごく恥ずかしくなりました。
足がすとんと地に着いた気がしました。
わたしは、ちょっとした自分の変化に浮ついて、振り回されていただけでした。
本質ではないものに執着して、何かできるようになったような気になっていました。
人が離れていくのだって、これでは仕方ないなと思いました。
やり直しだなあ・・・ と思ったけれど、
即座に(それは違うでしょ)と自分で自分にツッコんでいました。
わたしは、まだ何も「やって」なかったんです。
回り道をグルグルして、勝手にくたびれていただけで。
やり直しじゃなくて、これからが、やっとはじまりでした。
前回までの記事
レイキとの出会い(レイキ体験 序)
「失うものなんか、何もない。」(レイキ体験1~出会い~)
「だって、悪いのはわたしじゃないから」(レイキ1st)
「不意に、重さのある空気が隣にありました」(レイキ2nd-1)
「浄化と癒しへ進む道の、最初の扉」(レイキ2nd-2)
「大したことじゃない、なんて思って、ごめんね」(レイキ2nd-3)
「それは、「光」としか呼べない光でした」(レイキ3rd-1)
「全部当たり。見えるようになったね」(レイキ3rd-2)
そうじゃないのかもしれないし、そのあたりはよくわからないんですが
少なくとも、わたしがお世話になったスクールでは、
サイキックや不思議な現象を面白がる風習が強くありました。
特に、サイキック開発は、ティーチャーさん自身が興味のある分野だったらしく、
受講生専用サイトに設置されていたチャットを覗きにいくと、
それを話題にした「実験」や「練習」が、よく行われていました。
(大阪のKさん
とはこのあたりから仲良くなりました)そのうちには、「見える」人を中心とした数人だけが、
クローズドのチャットにティーチャーさんから呼び出されるようになりました。
パワースポットのサイトをみんなで見て、いわゆる「波動」を受け取ったり
「天使」と呼ばれる存在を降ろしてメッセージを受け取ったり、
調子の悪い人や、ティーチャーさんが気にしている人のリーディングをしたり、
毎日のように、深夜どころか明け方まで、そんなことばかりやっていました。
前回までの記事
レイキとの出会い(レイキ体験 序)
「失うものなんか、何もない。」(レイキ体験1~出会い~)
「だって、悪いのはわたしじゃないから」(レイキ1st)
「不意に、重さのある空気が隣にありました」(レイキ2nd-1)
「浄化と癒しへ進む道の、最初の扉」(レイキ2nd-2)
「大したことじゃない、なんて思って、ごめんね」(レイキ2nd-3)
「それは、「光」としか呼べない光でした」(レイキ3rd-1)
「全部当たり。見えるようになったね」(レイキ3rd-2)














レイキ体験8
~レイキサードディグリー3~















復習会や再受講に行くと、人から相談をもちこまれるようになりました。
こんなことで人の役に立てると思ったこともなかったので、わたしも喜んでリーディングしていました。
別に一銭のお金がかかるわけでもありませんから、それこそお安い御用だと思っていました。
もっと役に立ちたいと思って、もっと見えるようになりたいと思いました。
再受講に行くと、受講生の人たちがアチューンメントを受けてオーラが変わるのを見ていました。
調子の悪そうな人がいると、その、調子の悪そうなところを、頼まれもしないのに見ていました。
瞑想のワークのときは、他人がどんなイメージを見ているのか、ちらちら横から眺めていました。
そんなわたしに、ティーチャーさんは
「グランディングがないよ」
と何度も注意してくれたけれど、わたしは聞いていませんでした。
ややこしい状況の受講生の方がいると、彼女からもサポートを頼まれたので、
(自分だってわたしのこと使ってるくせに)
と、心の中で言い返していました。
けれども・・・
そんな風に振る舞っているわたしを、実は、わたし自身が嫌っていました。
仲良くなれたと思っている人から相談を持ち込まれると、心のどこかに冷たい風が吹きました。
相談が始まるまでは、いろいろどうでもいいようなおしゃべりに笑い合った間柄でも
相談が終わると、距離が離れてしまうのを感じていました。
悲しくなって「どうして?」と思うと、今度は自分の感覚が開き、
ただ便利に使われたんだなあ、とわかってしまうことも、たびたびありました。
そんなことが知りたかったわけじゃないのに・・・
自分がどうしたいのかわからなくなって、どんどん混乱していきました。
気持ちが混乱していくと、体調もおかしな感じになってきました。
復習会や再受講の会場にしばらくいると、なにかジットリと濡れたような感覚に囚われるようになり、体が重く、頭痛もするようになりました。
ティーチャーさんに言うと取ってもらえるのですが、そういう解決は、どこか違うような気がしました。
そんなある日のことでした。
いつものような辛さで気分がおかしくなってきたとき、ティーチャーさんは別の人のことで忙しそうにしていました。
困ったなあと思っていたら、ある先輩が声をかけてきました。
「あのさ。能力っていうのは、自分が使えるから能力って言うんだよね」
(・・・?)
「自分でコントロールできないものを、能力とは呼ばないでしょ」
(!!!)
その瞬間、何を言われているのかわかって、ものすごく恥ずかしくなりました。
足がすとんと地に着いた気がしました。
わたしは、ちょっとした自分の変化に浮ついて、振り回されていただけでした。
本質ではないものに執着して、何かできるようになったような気になっていました。
人が離れていくのだって、これでは仕方ないなと思いました。
やり直しだなあ・・・ と思ったけれど、
即座に(それは違うでしょ)と自分で自分にツッコんでいました。
わたしは、まだ何も「やって」なかったんです。
回り道をグルグルして、勝手にくたびれていただけで。
やり直しじゃなくて、これからが、やっとはじまりでした。
前回までの記事
レイキとの出会い(レイキ体験 序)
「失うものなんか、何もない。」(レイキ体験1~出会い~)
「だって、悪いのはわたしじゃないから」(レイキ1st)
「不意に、重さのある空気が隣にありました」(レイキ2nd-1)
「浄化と癒しへ進む道の、最初の扉」(レイキ2nd-2)
「大したことじゃない、なんて思って、ごめんね」(レイキ2nd-3)
「それは、「光」としか呼べない光でした」(レイキ3rd-1)
「全部当たり。見えるようになったね」(レイキ3rd-2)