僕はどちらかと言うと学校は嫌いだったし、
夜の校舎で窓ガラスを割ってやりたくさえあった!!
そして教師はもちろん、同級生に至っても
数人の親密な友達をのぞいて、
「くっだらねぇバカ共が…」と、口には出さずも
心底見下していた。
そのせいかクラス会も生涯2回(中学・高校各一回)
しか誘われた事がなく、また僕が誘われて
いないクラス会が何度もあった事も知っている!!
だがそれに対しても特に悔しくもないし、
行きたかったとも全く思わない。
どうしても来て下さいと言うなら行ってやっても
良いぞ♪くらいの気分だ。
てかその時のガッコ―関係の人を思い出すと、
もうだいぶ昔に置いてきた中二病精神が当時の
ように蘇るのだろうか?
社交性は普通程度にはあったが、『お前らの
様に薄っぺらい人間と俺とでは、既に立ってる
場所も見えてる景色も違うんだよw』と根拠も
なく心の中で優越感に浸り、【オレとは違う「普通」の
「凡庸」な】生徒を見下していた。
それは教師に対しても同様であった。
だが面白いもので、心底見下しているクソ教師の
中にまぎれて、卒業後何年も関わりを持つ
先生がこんな僕にも数人いた。
いや、むしろ【普通】の【凡庸】なヤツらよりも、
数少ない相手との関係性は密だったのではない
だろうか。
そしてまさに数日前、その一人であるK先生と
実に20数年ぶりに会って来た!!
同窓会ではない、1対1のサシで!!
……待ち合わせの駅改札。
僕の記憶にあるK先生はまだ40代前半。
加えて今の僕よりも若い年齢だから、その後の
変化・老化を考慮しなくてはならないし、駅構内には
「たぶんこの人ではないか?」と思われる候補が
2~3人いた。
とりあえず全員に声かければそのうち一人がビンゴだ、
と考え声かけるが、ありがたい事に1人目でビンゴだった!!
やはりあの頃とは様相は変わったとは言え、間違いなく
あの面影がある!!
そしてその当時から僕は苗字ではなく下の名で呼ばれて
いたのだが、挨拶するなり「ノブヒロか?」と発した声は、
ほぼ不変で、その声だけであの教室風景と、あの
まずい給食を盛ったアルミ皿がぼんやりと脳裏に浮かんだ。
思えば時が過ぎたものだ。そりゃあ先生も僕も老けるよ。
だが驚く事にはK先生は、僕が小学校5年生の時の
担任で、学校ではたった1年間関わっただけに過ぎない
先生だった!!
そう、6年生ならクラス会だの卒アルだのがあるので
まだあり得るが、5年生!!
しかも5年が終わって、僕らが6年に進学する際の
終業式で、別の学校に赴任するとの発表があった…
なので僕が10歳~11歳のわずか1年!!
せめて他のクラスの担任になったならば、まだ校舎の
廊下ででもすれ違う事はあるだろうけれど、他の
学校に行くのでそんな事もなかった!
つまり僕の人生の中でも、ホンの一瞬の接点しか
持たなかった人だったのだ…
だがそんな短い一瞬の関りであったにも関わらず、
その時のインパクトは大きかったのだろうか?
少なからず僕達(生徒)にとっては、6年・3年・3年・
予備校・大学・大学院…と、どんなに多くても
接した先生の数は限られている。
しかし先生側から見ると、1年に数十人単位の生徒が
入れ替わる訳だから、教師人生で1000人近くの
生徒と関わった可能性すらあるのだ!!
しかもその教師人生のかなり初期に関わった僕を
覚えているなんて…!!!!
…それから35年が経っている。
前回会った時は僕が20~22歳頃だった(その時も
クラス会等ではなくサシで)。そこから数えても20年
経っている…
あの当時は体罰上等に加え、体育の授業中には
水を飲ませない事が正しいとされていた。
もちろんK先生にも散々ぶたれたし、恨んだ事もあった。
だがこう振り返ってみると、ぶたなきゃ良い先生なのか?
ぶったら悪い先生なのか?そんな一面だけで評価を
下せるほど判断はたやすくない。
…と言う事を奇しくもこの僕の人生も証明した…
小学5年生の時(に関わらず)、僕は全ての教科書に
落書きをしていたのだが、他のセンセイなら叱るところ、
K先生はある落書きに対して『その発想面白い』とえらく
褒めてくれた事があった。(おそらく本人は忘れているだろう)
なので僕は20数年ぶりの再会で「あの後僕はマンガで
デビューしたんですよ」と話した。
そして「今は描いて(描けて)いません」と付け加えたが…
小学校を卒業してRockに目覚めた。
K先生と接しているとこの歌を思い出し、この歌を
聴いているとK先生を思い出す、それがRCサクセションの
『僕の好きな先生』だった。
https://www.youtube.com/watch?v=xg7bWGolhtc
一期一会とは言うが、自分の人生に於いてもそんな
モノを実感する機会がある事が意外だった。それも教師で…
ガッコ―大嫌い!!センセイ全員死ね!!
だとしても、劣等生の僕に授業の補習や受験テクでもない、
素敵な話をしてくれたオジサンがいた。
いずれは避けては通れない、先生の告別式に僕が
参列出来たとしたら、それが本当の卒業式になるの
かも知れない。