退院から6日目の朝からの続きです


13時 自宅に救急車がきました
3人の隊員にストレッチャーで運ばれていきます。
私は、救急車の後ろをついていきます。なんせ、田舎なので、救急車の中に入って一緒にいくと、帰りが大変になります。


隣のおじさんが見送ってくれました


あれだけ嫌で嫌で退院したかった病院に
自ら行くと言い出したのは
私に自宅介護でこれ以上

大変な思いをさせたくないという親心です。

こんなときでも私を思ってくれるんだね。

ありがとう、お父さん。


それがわかるから、、、

ケアマネさんと2人で

しばらく涙がとまりませんでした。

いきたくない病院に行く気持ち
私への最後の愛をしっかり
受け取りました。

13時20分 救急センターの外で
私はPCRを受け、駐車場の車の中で結果が出るまで待機です。

PCRは、お父さんの主治医だった先生が自らやってくれました。
無理に退院させてもらったけど、とても充実した時間を過ごせた感謝を先生に言うことができました。
ガンマナイフも放射線治療もしないでいいですよね、と再度確認があって
もう、退院はできないと思っていてくださいね、と伝えられました。

私が面会できるように
個室に入ります

お父さんは、こんな時まで
個室代を気にしていたけど

お父さんがおばあちゃんやお母さんを最後は個室に入れてくれたのをちゃんとみてきたから
今度は、私がお父さんをそうする番だよって伝えました。

残された時間は、少ないみたいですが
親からの愛をしっかり感じて
過ごしたいと思います

8時30分 訪問看護師さん3人にベットに戻してもらい
ついに寝たきりになった
呂律も悪いが意思ははっきりと伝えることができる

お母さんの写真に
お前も辛かったなぁ
痛かったなぁと言ったら

痛かったよ〜って
言ってきたと、お父さんがいう

9時半 お腹がすいたから何か食べたいというので、さとうのご飯をチンして、速攻でお粥をつくり、近所の方からもらった味噌をつけたいというので、味噌お粥を食べさせました

一人でスプーンで食べたいみたいで
こぼしたり、むせたり
素人介護の私は、横でドキドキです

パンも食べると言ったときは
喉につまらないように少しずつにしました。

ストローだけはつかいたくないと
あれだけ言っていたけど
すんなりストローでベットボトルの水を飲み
水が一番美味しいと満足そうです

10時 パプリカさんから電話で
病状の進行が早いので
あまり長くないかもしれないことや
24時間の対応してくれる看護師のいる介護施設が見つかるまで、もといた病院に行く方法もあること、個室なら家族の面会が可能なことなど、を聞きました。

私は、素人介護の限界を感じていたので、プロの方針に任せることを選びました。

退院して、6日
お父さんとご飯を食べたり
ポータブルトイレの練習したり
ハイハイの練習したり
お部屋のレイアウトを考えたり
薬ボックスの仕様を考えたり
着替えや洗面など
親子水入らずのたくさんの濃い時間をすごせました。

7時04分 パプリカ訪問看護師さんに緊急電話

ベットから降りようとしたのか、床でひっくり返って、そのまま動けない

素人の私では、クッションを挟んであげることと、毛布をかけてあげることしかできない

7時7分 ケアマネさんに状況を伝えた


私の2回目ワクチンは延期だな