もうすっかりテレビと無縁になった私だが、そんな場所にいたので好むと好まざるに関係なくテレビ各局の一日の番組進行の様子やら、バラエティ番組を進行するタレントやコメンテ-タ-の言動が耳に飛び込んでくる。
多くの人が習慣的に一日中テレビをつけて生活しているが、そんな生活していたら馬鹿になるとつくづく思った。
「世相はこうで、問題がこうで、結論はこうだ」
「ふむふむ、そうか。なるほど」
このような供給者と受給者との関係がテレビを通して見事に成立しているからだ。
しかし供給者のそれは虚像であり、企んで書いた者がいる。受給者はそれが生活の一部になっていることに全く気づかないから抵抗なく刷り込まれている。
「このハゲ-」発言や前財務事務次官のセクハラが録音された事実はこの際問題にされない。
そこにある意図は隠蔽され、オフレコだと思って口を滑らせると週刊紙が記事にし、国会で内閣追及の種になる。
その結果視聴率が上がったり、内閣支持率が下がったりして解散総選挙の話にまでなる。(笑)
その場所には報道も政治がいま取り組むべき課題の何もないのだ。
あるのは虚像だけだ。
半分居眠りしながら、湯疲れもあり、5台のテレビの音声が混ざり合った雑音の中で私は"悪夢"を見ていた。