人生に疲れたとき、行き詰まった時、難題を抱えた時に乗り越えるエネルギ-をどのようにして得るのか。
打ちのめされた状態では越えられないのでリフレッシュが必要です。皆様はどのようにリフレッシュされていますか?
少年たる私のリフレッシュ法は少年に帰ることです。
30歳の時の私は出版社の嘱託として自費出版のお手伝いをしたために、様々な立場の方に代わり本を企画出版していました。
顧客の思い通りの本にするために、私は本心の願いに反することを随分したのです。
私の精神と行動の葛藤に耐えられなくなり、私の消化気管から大量の出血がありました。
ついに私は医療のお世話にならない限り命が危ぶまれる状態になり、十二指腸と胃袋の三分の二を摘出することになりました。
人生の大きな転機を迎えたのです。
職場を失うばかりでなく、医療にかかる出費も大きく、私は途方にくれました。
胃を摘出した私の体重は激減し、体が受け付けない食べ物を知るようになりました。消化能力を失ったからです。
こんな私が今後どのように生きていけるのでしょうか。命の本質は、喜びを得たいという衝動です。
これを取り戻すのがリフレッシュだと思います。
私の場合、それは少年の私に帰ることでした。
野山を駆け回り、好奇心に溢れて、昆虫や魚や得体の知れない生き物など、初めて出会う命に興奮したのが少年時代の私でした。
地球を肌で感じさせてくれるのが私と同じ時間を共有する生き物たちでした。
夜露に濡れた草むらに横たわり、天体を見れば、この宇宙はどれだけ広く、どんな意味を持っているのかと思い、用水から透き通った水の流れの中で生息する無数の命を発見し、触りたくなるのです。
「教えてくれよ。なぜ生きているのかを!」
そんな親しみを持って近づくのに、指を噛まれたり、血を吸われたり、蜂に刺されて腫れ上がったり、被れたり、いろんな体験をしました。(笑)
「このクソ餓鬼、俺たちゃ忙しいんだ!相手になんかしてやるものか」
と言われているような気分になりました。
少年が持ち合わせているのは感性だけで、実は何も知らないのです。しかしその後の知性探求の決定的根拠となるのです。
ファ-ブルもニュ-トンもアインシュタインも少年時代に沢山の感性を自然から受けていたのだと思います。
少年時代とは私にとりましては、そのように出逢って喜びたい衝動の時代でありました。
私が内臓を切断して途方にくれた時、帰りたかった精神の世界こそ、その少年時代だったのです。
病院を退院して初めに思ったことは体力の回復です。次に思ったのがトキメキの回復でした。
手術によって私が失ったものがまさにそれでした。
魚釣り行脚を始めた動機がそこにありました。
房総半島から東京湾、川崎から三浦半島を渡り、相模湾一帯を私は釣り歩きました。野宿して、魚だけを食べて(一文無しでしたから)キャスティングして歩きました。
台風の結果濁流と化した河口でびしょ濡れになりながら鰻を釣りました。
岩場の水だまりで蟹を捕まえて食べました。
釣った魚の内臓を餌にしてさらに大きな獲物を釣りました。
塩と醤油と釣り竿だけが私の財産でした。(笑)
一ヶ月以上私は目的に従って草むらで眠る生活をしたのです。
草むらで眠るとき、私はいつも広大な宇宙から自分に注がれる無条件の愛に包まれました。
「ありがとう。私は宇宙の命です。」
躊躇なく私は夜空に答えました。
そんな期間が過ぎて私の感性は研ぎ澄まされ、体力も回復した時に街中を歩いてアイデアを思い浮かべました。
朝日新聞のアフリカ難民の支援キャンペ-ンのポスタ-を見たのです。
「こいつらいかさまやっとる。許せん!」と思いました。それがまさか4億の事業になるとは思いもよらなんだ。
ここでは詳しくは述べませんが、私は朝日新聞とは真逆なやり方をしてアフリカ難民の救済活動をしたのです。命と対面してきた私一人で朝日新聞に勝ちました。釣り行脚の成果です。
神様は私に試練を与えることにより、より大きな実績を作る方です。
何度も私に襲いかけた人生の危機を越える仕方は同じです。素朴で純粋で好奇心に満ちた少年時代の体験に再び私を戻すことが再生のきっかけになったのですから、この歳ですが、いまひと度私は少年になります。(笑)
私は職を失い、家庭からも遊離しています。
金もありません。
私は胃袋を失った時のように失望していますが、再び釣り行脚の野宿生活をしてトキメキ、ワクワクを取り戻す作戦を選びました。
私は自己再生のプログラムを作りました。
春ですから、房総半島を最北端とするアオリイカの産卵に出くわすこと。砂場に生息する渡りガニを食べること。堤防のテトラポットで暮らすメバルやカサゴを釣って食べること。湾内の砂地で暮らす渡り蟹を捕って食べながらドキドキワクワクの世界を取り戻します。
これでリフレッシュできなければ私は終わりです。(笑)