令和7年の今年は2026年という事で昭和で言うと101年に当たる年ですが
今年から丁度半世紀前と言ったら1976年(昭和51年)という事になる。
昭和51年という年は僕にとっては3月までは児童と言われる小学生であり
4月からは生徒と称される中学生になった年で思春期に突入した年だ。
この頃クラスの女子に大人気だったのがイギリス・スコットランドのエディンバラ出身の
レスリー・マッコーエン(ボーカル)エリック・フォークナー(リード・ギター)
スチュアート・ウッディ・ウッド(サイド・ギター後にベース)
アラン・ロングミュアー(ベース)デレク・ロングミュアー(ドラム)による
5人編成ポップ・ロック・バンド「ベイシティローラーズ」だった。
僕たちが小学校6年だった1975年(昭和50年)に「バイ・バイ・ベイビー」が
ヒットして中学校に入学した翌1976年(昭和51年)に「サタデー・ナイト」などの
ヒット曲を次々生み出し一躍大人気になりクラスの女子たちがキャーキャー言ってた。
個人的にはベイシティローラーズに当初はまったく興味がなかったのだが
アラン・ロングミュアーが脱退しイアン・ミッチェルが新加入したとか
パット・マッグリンが新加入したとかクラスの女子があまりにも騒ぐし
ピンクレディーのファーストアルバムを買って聴いてみたらB面が全て
ベイシティローラーズの日本語カバーだったりとか徐々に洗脳された(笑)
それからクラスの女子にベイシティローラーズのアルバムを借りたり
チェックの服を着てベイシティローラーズみたいな恰好したら ちょっとでも
女子にモテるんじゃないかと思いチェックのシャツを買ったりもした。
赤系のマドラスチェックのシャツに赤いオーバーオールにスイングトップ
更には赤いアポロキャップと どんだけ赤やねーんって事ですがね~
その頃の写真が冒頭右下の写真ですが効果があったような、なかったような(笑)。
まあ往々にして大ブレイクすると潮が引くのも早いもので僕たちが中学3年になった
1978年(昭和53年)頃には人気も下火になりグループ名を「ザ・ローラーズ」に
改称して活動を続けてたようだが1981年(昭和56年)に解散したそうだ。
まあそれでも個人的には同時期に活躍した日本のロックバンド「LAZY」や
その後デビューする「チェッカーズ」は影響を受けてると思いますがね~。
と、いう事だが僕は中学校に入学する時に念願のステレオを手に入れた。
小学生の時はレコードプレーヤーとカセットデッキと卓上ラジオの
3点セットでやり過ごしていたが入学祝として親に買ってもらったのだ。
僕が小学生の時はお金持ちの友人の家には家具調のステレオがあったが
僕が中学生になる頃には時代的に各機種単体を組合わす
コンポーネントシステムが主流になり始めてた。
僕が買ってもらったステレオはTRIO製でアンプ、チューナー、デッキ
レコードプレーヤーにスピーカー2個、ラックというコンポで当時
広にあった親父の元同僚が営んでた豊電気という店で買ったのを覚えてる。
トリオは当時「山水」「パイオニア」と共にオーディオ御三家と称された
メーカーだったが後に「KENWOOD」になり最終的にはビクターに吸収された。
写真下段右のプラモデルの奥に写ってるのがその買ってもらったコンポですね。
このコンポも実家に保管してたが2018年の西日本豪雨災害で土砂に流された。
僕がステレオを手に入れた段階ではまだクラスメイトの中には
ステレオを持ってない人も少なくなかったんでよく録音を頼まれましたね~。
クラスの女子に借りたベイシティローラーズのアルバムも録音しましたね。
ちなみにベイシティローラーズのCDを持ってるんで今でも稀に聴く事があります(笑)
ジャンジャン!!


