自分のルーツを辿ってみる 16 花の都パリ | PRAINSのブログ

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            シリーズ「自分のルーツを辿ってみる」、前回10月6日の続きです
 
           ミヤニシ入社3年目、1984年(昭和59年)の二十歳の秋に僕は宮西先生や
        お店の諸先輩と共にロンドン、ヴィダルサッスーンへ美容研修に行く事になりました
 
          成田空港を飛び立った僕達はロンドンに入る前に観光としてパリに訪れています
               初めて訪れる異国の地に否が応でもテンションは上がってましたね
                         まあ僕も若かったですからね~!
 
          当時ロンドンは「ボーイジョージ」率いる「カルチャークラブ」がヒット曲を連発し
         方や「セックスピストルズ」を代表とするパンクというムーブメントが起きていました
                           時はそんな時代でしたね
 
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                                              (エッフェル塔)
 
          しかし当時人生経験のまだ浅い僕はパリと言う町の事をよく知りませんでしたね
 
          幾つかの観光名所の名前こそ聞いた事はありましたが世界的ファッションショーの
                    パリコレくらいしかイメージ出来ませんでしたね
 
              てか、当時僕がフランスという国に持っていたイメージと言えは・・・
 
 
  僕が小学生の頃観た映画「太陽がいっぱい」に出て来たフランス人俳優「アラン・ドロン」だった! 笑
 
             当時アラン・ドロンは飛ぶ鳥をも落とす勢いで人気がありましたからね~
         日本の歌謡曲の歌詞にも名前が出るほどの人気俳優で「美男子」の代名詞でしたね
 
    映画「太陽がいっぱい」は僕が生まれる前の作品ですから当然僕はリアルには観ていませんがね
       確か小学校の3~4年生の頃ゴールデン洋画劇場か何かで観たような覚えがあります
 
                    まあ詳しい内容はよく覚えていませんが・・・ 笑
 
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                              話を戻します
 
   エッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院、ルーブル美術館、シャンゼリゼ、コンコルド広場、
                      オペラ座、モンマルトルの丘・・・
 
                          一通りの観光はしましたね
 
           僕達は出国前にパリに到着したら盗難に充分注意しろと教えられていました
            特に「ジプシー」と言われる子供のスリや置き引きが多いとも聞いていた
        写真を撮ってあげようという子供に安易にカメラを渡してはいけないという事でもあった
 
    やはり盗難犯罪が起きやすいのは、観光客が多く集まる凱旋門からコンコルド広場にかけての
             シャンゼリゼ大通り、ルーブル美術館からオペラ座までのオペラ通り
                     そしてエッフェル塔周辺だという事だった
 
    これらの場所では、道に不案内な観光客のスキを狙ったひったくりが多く発生しているという事だ
         特にお金を持っていると思われている日本人は狙われやすいという事でしたね

 
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            でも、当時はまだ若かった事もあり観光地を巡るより町の空気に触れたり
                    蚤の市に言って買い物をする方が楽しかったです
 
              蚤の市でカーキーのMA-1を買った事を今でもよく覚えています
 
          モンマルトルの丘では画家の卵が描いた油絵を1万円も出して買いましたね~
          たぶん今でも実家のどこかにあると思います、ん?どんな絵だったか・・・? 笑
 
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                              (当時のパリのメトロ(地下鉄)の地図と乗車券)
 
      しかし何と言ってもパリで一番よく覚えているのは当時パリで最も人気があるという事だった
                   ディスコ「LA PISCINE」での出来事ですね
 
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                                (「LA PISCINE」の入場券の半券)
 
                    当時僕達はファッションに凄く興味がありました
        パリの最先端のディスコに行けばパリの最先端の若者を見れると思ったんですよね
 
          パリ到着当日はホテルの高級レストランで本場のフランス料理を堪能しましたが
   二日目に日本食を食べに行って日本人のシェフにパリの最先端のディスコを教えてもらったんですよ
 
           「LA PISCINE」には僕と城戸先輩とY先輩の3人で行ったんですよね
 
          お店に到着すると当時流行してたモノクロファッションに身を包んだ若者たちが
                       列を成して開場時間を待っていました
 
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                 開店時間になって皆入場券を買って中に入っていきます
 
                    僕達も入場料を払って中に入ろうとしたその時、
              黒人の大男のガードマンスタッフらしき人に呼び止められた
 
                 何か言っているけどフランス語なんてぜんぜん解からない
         手振り身振りでコミニュケーションを取るうちに相手の言いたい事が解かってきた
 
                どうやらY先輩がスニーカーを履いているのが駄目らしい
                      スニーカーでは入場できないという事だ
 
       要件は解かったがどうも黒人大男の態度が僕達を馬鹿にしているように思えたんですよね
                   かと言ってこんな所で揉め事を起すわけにはいかない
 
       どうするか3人で話し合った結果いったんホテルに帰って靴を履きかえて出直す事に・・・
 
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                                             (セーヌ川のほとり)
 
           という事でタクシーでホテルに帰り靴を履きかえて再び「LA PISCINE」
                     今度は事無きを得て店内に入ったのですが・・・
 
           店内はどうやら屋内プールをリメイクしてディスコにしたような感じでしたね
            踊る人はプールの中に、踊らない人はプールサイドにいるって感じだった
 
               しばらくすると何だか凄く違和感がある事に気付いたんですよ
            辺りを見回すと日本人はおろか東洋人の姿が一人も見えない
                      しかも痛いほどの視線を感じる
 
               殆どの人がフランス人であろうと思われますが日本的に言うと
                  「ガンつける」って言う感じで皆が僕達を睨んでいる・・・
 
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                   う~ん、この雰囲気は只事じゃないぞ・・・
 
                    城戸君もY先輩もその事に気付いているようだった
         ここが日本ならひと暴れする事も辞さないが、ここは言葉の通じない異国の地である
 
                   踊りながらわざとらしくぶつかってきたりする奴もいる
        「LA PISCINE」がそういうお店なのか、この日がたまたまそうだったのかは分からない
 
     「こりゃちょっとマズイんじゃない? 下手したら刺されそうな雰囲気よ、どうする?」
                 「マジでヤバいで、何か起きる前に帰ろうで・・・」
 
                    って事で僕達はスゴスゴと退散したのでした 笑
 
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          まあそんな事はありましたが今になって思えばそれも旅の思い出という事です
 
                  パリ最終日にはルーブル美術館に行きましたね
                 僕達が当時訪れた時は敷地内を大工事してましたね
 
        先日テレビで見ましたが有名な建築家がデザインした建物が建ったという事でしたね
 
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          パリは町の外観を損ねないように個人所有の建物でも改築したりするときには
         行政の許可がいるという事だそうですがルーブル美術館に出来た建物は斬新で
                         建てる時は賛否あったそうです
 
            今ではすっかり認知されて逆にシンボル的存在になったそうですがね
 
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            あの有名な古代ギリシャの芸術家「アレクサンドロス」の作と言われる
                       「ミロのヴィーナス」です
 
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     ルーブル美術館と言えば「レオナルド・ダ・ヴィンチ」「モナリザ」も有名ですよね
          モナリザは絵画的価値が高いためか近寄れないようになっていましたね
 
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         パリと言えばシャンゼリゼ通り、シャンゼリゼ通りと言えばオープンカフェ
 
              当時田舎の呉にはオープンカフェなんてなかったですからね~
             僕もパリジャンのようにオープンカフェでコーヒーをいただきました!
 
     という事でいよいよ僕達はロンドンへと移動するのですが最後にシャンゼリゼ通りという事で
          素敵な曲をお送りして今日はこれまでにしようと思います! ジャンジャン!!
 
 
                    「オーシャンゼリゼ」、良い曲ですよね
 
                 この曲ってフレンチポップスなのかシャンソンなのか?
 
            1970年にリリースされたダニエル・ビダルのバージョンが有名ですが
            僕はザ・ピーナッツがカバーした日本語バージョンも記憶にあります
 
            確か南沙織さんもアルバムで歌っていたような記憶もあるのですが・・・
 
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