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PERFECT PERSONAL WORLD

西に東に、はてしない追っかけ日記

今更ですが、特撮のDNAゴジラ特撮の科学展のパンフレット内「特撮映画と福岡」を執筆させていただきました。



依頼が来て驚きましたが、福岡の特撮映画各作品の「公開当時の様子を書いて欲しい」というオファーで、難しいならオンラインで取材を受けるという話になりました。

一晩で原型の文章を書いてお送りして、「ダメだったら取材を受けよう」と思っていましたが、OKが出まして。ただ、私の個人名を出したいというお話を諸々の事情でお断りして名義が「福岡特撮座談会」となったので、個人と団体の視点の違いから文章を直していただきました。
DNA展様にはお手数をおかけしましたが、とても勉強になりました。
今思えば、ペンネームという方法がありましたね笑

「福岡の特撮作品を振り返る」ような内容で、「空の大怪獣 ラドン」については知りませんが、昨年の秋に飯塚定雄さんからお聞きした当時の話や、2014年の古賀の井上泰幸展での上映会の年配の方の反応や昨年の「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」で知り得た話、「ゴジラVSキングギドラ」については「三池敏夫の特撮秘聞録」での聞き取り、2018年に福岡特撮座談会で来福いただいた大森一樹監督からお聞きした話……と自分の特撮活動を振り返る形でスラスラと文章が出てきて、最後は誰が何と言おうが大好きな「ゴジラVSスペースゴジラ」への愛と想い出について書きました。



















1994年11月30日に福岡キャンペーンでいらっしゃった主演の橋爪淳さん、小高恵美さんにサインをいただいた事は、やはり自分の原点なんだなあと。

ちなみに「宇宙大怪獣 ドゴラ」は福岡でも北九州市の映画なんで自分の中では少し距離があるんだなあと^^;
若戸大橋の近くにうちの本家はあるのですが笑

スペースゴジラ愛に溢れた文章なので、内覧会の日に(ガメラに参加していた)三池さんが「今回はパンフレット、誰かに取材したんですか?」とDNA展の方が私を指した際は「何で言うのー笑」という胃が痛くなりました笑

いわゆる「考察」ではなくて「回顧」ですし、折しも「夢のかけら」や「東京人」が出た時期で、知っている方々が素晴らしい考察を書かれた後で、この話を出すのに気遅れしていたのですが、最近座談会の常連さんから「読んで誇らしい気持ちになりました」と嬉しい言葉をいただきましたし、何回か投稿やらで文章が本に載った事は有りますが、生まれて初めて原稿料をいただいたので笑、宣伝も兼ねて。

特撮に関して見識を持っているわけではないので、こういう話は自分には来ないだろうと思っていたので、今回はとても良い経験になりました。

特撮のDNA展制作委員会様、本当にありがとうございました。
3月18日より福岡市科学館にて好評開催中の、

特撮のDNA ゴジラ 特撮の科学展

今回、福岡特撮座談会は「展示協力」としてクレジットされています!
昨年の東京都現代美術館の生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展では知り合いが大勢クレジットされていて、「私は公式イベントに関わる機会はないのだろうなあ」とちょっと羨ましく見ていたので、一年経ってこんな機会をいただけて驚いています。





「展示協力」には、その井上泰幸展実行委員会様や、三池さんと並んで福岡特撮座談会の名前があって光栄でしたし、畏れ多かったです笑







あと、まさかカラーやATACと名前が並ぶ日が来ようとは夢にも思わず^^;
……ただし、うちと坂口将史さんが上記の方々より先に福岡市科学館のHPには載りました!

以前より目をかけていただいてる「特撮のDNA」展実行委員会様から、けっこう前に福岡展についてヒアリングを受けてました。
意見が参考になったかは謎ですが、相変わらず

「福岡と博多は違います。六本松だと『ゴジラ博多に現わる!』は成立しません」

みたいなことをお伝えしました笑
公認いただけた福岡特撮座談会での春季イベントはその流れで企画しましたし、

「福岡いらっしゃるなら来年春が良いですよ!(うちがやるとは言ってない)」

「来年の春楽しい事があるかも?(うちがやるとは言ってない)お金貯めといた方が良いですよ!」

みたいな事を県内外の人に言ったりして、

「来年何かされるんですね!」

と少し気が引ける事言ったりしてました笑

近い関わり方としては、2017年12月〜2018年3月の熊本市現代美術館の「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」の設営インターン、撮影係の活動ですが、今回は私たちの街・福岡での念願のDNA展ですし、内覧会等で科学館の方々とお話して、「今回は同じ街に住む人たちと力を合わせるんだな」と感慨深いものがありました。
何回も会場の様子を見させていただきましたが、ジェットジャガーやメカゴジラに反応する子がいて、案外特撮の未来は明るいかも、と嬉しかったです。



あと、今回も「三池敏夫の特撮秘聞録」は置かせていただいてます!
三池さんは大学時代、最初は六本松にお住まいでしたので嬉しいご縁です。



地下鉄に乗ったら、うちの名前も載ってるDNA展の中吊り広告を見つけて驚きました。



5月14日まで、応援していきます!

ちなみに、もう一つやらせていただけた事があるのですが、その話をするのには勇気が要るので、また後日に改めて……
3月3日に「大森一樹監督を偲ぶ会」の大阪会場に参加してきました。







東京での偲ぶ会のご案内も頂戴していましたが、日程合わずに大阪会場に参加する事に。
ご案内来た時、自分に来たのが意外で幹事の方に「一般人が出て良いのですか?」とお問い合わせしたら、大森先生が「俺の葬式は盛大にやってほしい」と言われていたそうで、大森先生ならそう言ってそうだと笑
加えて3月3日は大森一樹さんのお誕生日!
これは、大森先生に呼ばれているな、と行く事に。

会場は天王寺の都シティ(ホテル)でした。
久々に天王寺に行きましたが、昔より綺麗になってましたね。







着いた時、大阪芸大の理事長がご挨拶中。



献杯のご挨拶は浜畑賢吉舞台芸術学科長。
ちょっとお話が長かったです笑

流石に他学科の同窓会みたいなものなんでアウェー感半端なく、東京に行った方が知り合い多かったなあ、と。せっかくなので大森先生が遺された台本やらを見させていただいていたら、学生時代お世話になったT先生と、「ガンボット」にも出ているO先生が!O先生は、私の卒論の審査のお一人だったなあ。
お二人とも九州の大学だったので「福岡はどう?」と聞かれたり世間話。























当然ながら、私が知らない大森先生のお話をお聞きできましたし、会場のあちこちからも聞こえてきます。
多分偲ぶ会ってこんな話を聞く場所なんでしょうね。

生前の大森一樹監督作品のダイジェストや副理事長のご挨拶も。「ゴジラの監督と言われるの、嫌だったようだけど晩年は解禁されてました笑」と。
大阪電気通信大学の先生や映画監督やら、代わる代わるご挨拶が続いてましたが、私はたまたま会った先輩と昔話してました笑

立食パーティーの形式でしたが、そういえば前にいた人が「グランセイザー」のスタッフジャンバーを着ていてビックリしたら満留浩昌監督!
ご挨拶はしませんでしたが。

私がいた時からの職員の方も多くいらっしゃってました。
並んでた供花、後で気付きましたが三池さん、佛田監督、尾上監督、小串遼太郎さん(映像卒)の連名で特撮研究所からの供花も。











「ゴジラVSビオランテ」の小林晋一郎さんや東宝の松岡会長、島谷社長らに並んで芸大関係者からも供花が来ていて、凄い並びだ!と思いつつ、大森一樹の偉大さを感じました。

最後にご家族からご挨拶。
ご息女の方からは「私も弟も映像の道には進んでいないけど、皆さんが父のDNAを受け継いでくださって活躍されているのが嬉しい。」
ご子息の方からは「父と唯一話があったのは野球。阪神を応援してほしい」と場を和ませ、奥様からは「家ではグータラしていた人だった笑」「偲び草の扇子に書いた、主人の口癖の『まあええやん』という言葉で、これから先の辛い事や嫌な事を乗り越えてほしい」と。



そこで終わりだったらしいのですが、突如映像学科の先生が「大阪芸大の人、前にご登壇ください!」と呼びかけられ、前に大阪芸大の関係者が並ばれました。そして、『大森先生!ありがとうございました!』と締められて会場から拍手が。

とても良い会でした。

私は20年前の5月に中島貞夫先生が大森一樹監督を連れてきた現場に居合わせました。
偲ぶ会に参加出来て、お出迎えもお見送りもできた事に。
とても良い出会いと別れの円環の締めくくりでした。

「もう大森先生はいらっしゃらないんだなあ」と今じわじわと感じています。









会場を後にする時のBGMが大好きな「ゴジラVSビオランテ」の「スーパーX2のテーマ」で何か運命的でした。

そして、大森一樹先生。

私がそちらにに行った際は大森組に入れてください!