9日は横浜・シネマノヴェチェントの「ゴジラVSデストロイア」の上映会へ。
2016年12月10日の山下賢章監督・追悼上映としての「ゴジラVSスペースゴジラ」の上映会から、他のシリーズの上映会も行きつつ、参加し続けて、遂にノヴェチェントさんの平成ゴジラシリーズの上映会を踏破!
「ゴジラVSデストロイア」も実は、スクリーンで観るのは公開当時以来。
1995年3月11日に某亀映画(笑)の初日に、生賴範義先生によるポスターと予告編を観て、特に「ゴジラ死す」の文字に衝撃を受けて、宣伝でもカウントダウンしていく中、公開まで指折り数えて、固唾を飲んでいたのを懐かしく思い出して。
劇中でも、その瞬間までカウントダウンは続き、計測される体内温度の上昇、そして背びれが溶けた瞬間は、多くの観客が動揺した事だろう。
でも、その「カウントダウン」が緩衝材となり、ゴジラが死ぬという覚悟が出来たのだろうな……と、今になって思った。泣いてる人、やはり多かった。
川北監督や薩摩さん、脚本の大森先生、大河原監督の渾身の気迫が伝わってきて、この映画はスクリーンで観るのが相応しい、そう思った。
川北監督編集、伊福部音楽による勇壮なEDロールは怪獣王の死を、涙ではなく、拍手で送るような清々しさがあって。
それこそが、我らの時代の平成ゴジラに相応しい!
シネマノヴェチェント様、平成の最後に、最後の平成ゴジラ作品を上映してくださり、ありがとうございました。
そして、この日のゲストは富山省吾プロデューサーと、平成ゴジラシリーズ6作のヒロイン・三枝未希を演じた小高恵美さん!
私達の世代にとって、川北監督や薩摩さんに「父」のような憧れがあったとしたら、三枝未希は「初恋の人」。きっと、この日来た誰もが憧れ続けた人。
……書いてて照れます(笑)
なので、先月の「モスラ」での先行予約で、殆どのチケットが売り切れて、この日もいつも以上に拍手が大きく(笑)
私個人では、1994年11月30日。
「ゴジラVSスペースゴジラ」のキャンペーンで来福された時、天神のベスト電器。山下賢章監督、橋爪淳さんとテレビの取材を受けられている所に遭遇し、勇気を出して橋爪さんと小高さんにサインを頂いた事が、一生の思い出の一つ。
前述のノヴェチェントさんの「ゴジラVSスペースゴジラ」の上映会で橋爪さんと再会し、同じ場所で遂に小高さんとも再会!
去年の特撮のDNA・蒲田での大森先生、薩摩さんとのトークショーへも行ったにしても、感激でした。
サイン会と記念撮影会で、25年前と同じくらい緊張しながらご挨拶し、ご主人の宇賀神さん経由で、スペースゴジラ当時に出られたテレビのDVDをお渡しした時、25年前に頂いたサインをお見せしたら驚き、喜んでいただけてただただ感無量……
サイン会では色紙と、25年前に私以外の方がスペースゴジラのチラシに頂いていて、羨ましく思っていた事もあり、橋爪さんと同じく25年前のチラシにサインを頂いて。
これ、25年前のサインと一緒に、私のお墓に入れていただくつもりです!
多くはお話出来なかったけど、本当に一生の思い出になりました!
富山さんとは、先ず先月のお誕生日のお祝いと、「日本アカデミー賞受賞式、お疲れ様でした」をお伝えできて!
平成ゴジラクロニクルにサインを!
富山さんのサイン色紙。前からカッコ良いと思っていた「more than HUMAN GODZILLA」を書いてもらえました!ちなみに某映画にちなみ「ゴジラを止めるな!」も(笑)
富山さんのサイン色紙。前からカッコ良いと思っていた「more than HUMAN GODZILLA」を書いてもらえました!ちなみに某映画にちなみ「ゴジラを止めるな!」も(笑)
多分私しか、反応しなかったトーク中のある話をキッカケに、何故か「科捜研の女」の話を東宝映画の元社長と(笑)
常連・Sさんの奥様が、前期の科捜研最終回の先行上映に行かれたそうで、その時のお話もお聞きしたり、宇賀神さんは相棒のS10「逃げ水」に出られていて、水谷豊さんの話もお聞きできて!
テレ朝刑事ドラマが、多分特撮以上に大好きなので、本当に楽しい夜でした!
あと、近藤孔明さん。
先月の「モスラ」の時、「行けないかもしれない」と仰っていたので来られていた事に、勝手に安堵しました(笑)
ちなみに、あまりに幸せで「もうここで人生終わりで良い!」と言っていたら、「あなた、再来週福岡に手塚監督呼ぶでしょ?」という御尤もな指摘が飛んできました^^;














