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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。

高田馬場駅前・幸寿司とその背後のバラックが解体、駅前の闇市の名残りがほぼ消えた。

現在、喫煙スペースとなっているロータリーは、昭和49年(1974年)完成。記念に建てられた「平和の女神像」の除幕式の写真がWeb上に残っている。




ご覧のように噴水になっているが、今は喫煙スペースだ。

私は、除幕式の6年後に高田馬場に引っ越してきて、わずか1年余り暮らしたが、驚いたことに噴水の記憶がまったくない。



これが最近の様子。



この写真には、像の上、名店ビルの縦看板の左に「◯テラス ヴォルガ」の文字が見える。



以前、紹介した名店ビルのモザイク壁画は、このヴォルガの装飾だったのではないか。謎だった絵柄は川面と見れば納得できる。




像の作者は山本豊市。1899年生。マイヨールの直弟子として、唯一の日本人だそうだ。




噴水は覚えていないが、この甘栗太郎の売店は記憶している。こんなに大きいとは思わなかったが…(笑)


新宿区役所通りの近くに、四季の路という陰気な道がある。

歌舞伎町の近く、区役所通りの一筋向こうから、ゴールデン街の裏手を通って新宿文化センターのほうに出る。


私もそうだったが、ここを暗渠だと思っている人がけっこういるようだ。


古そうな写真を見つけたので、拝借する。

右手のバラックが犇めいているところが、今も盛況のゴールデン街。そこに沿って線路が見えるだろう。カーブの曲がりっぷりが、四季の路とおんなじだ。

都営角筈線。昔の都電の経路が四季の路となっている。

武田鉄矢がやっている『昭和は輝いていた』という番組を見ていたら、武田が率いた海援隊のセカンドアルバムが紹介された。



『望郷篇』。大ヒットとなった「母に捧げるバラード」を含む代表作だ。

このジャケット写真のロケ地が、まだ線路の残っている角筈線跡だ。

まず間違いない曲がりっぷり(笑)。

写真の最奥に写っているのが新宿区役所だ。





ゴールデン街ではまだこんな景色が見られる。

武田は博多から上京した当初、新宿厚生年金会館近くの下宿から、徒歩でエピックレコードにかよっていたという。ロケ地のすぐそばだ(笑)。



解体前の厚生年金会館。

その跡地に建つ、ヨドバシカメラ本社。

思えば遠くへ来たもんだ(笑)



仕事先のビル9階の窓から、久しぶりに学士会館を眺めてみると、新館裏のSC神田錦町三丁目ビル(ブルーのネット)の解体がそろそろ終わろうとしている。



この錦町三丁目ビルと学士会館新館(右手)を一体で再開発。高層ビルに建て替えて、白山通りに面した旧館を、曳家で合体するという。



右手の色の濃い部分が旧館だ。



新館の表側には早くも足場が。



部屋にはカーテンが掛かったままだが、内装ごと解体するのだろうか。

神保町周辺は、文房堂、博報堂、如水会館、九段会館、東方会館など、外観を一部残して高層化する腰巻きビルとう剥製が席捲している。

学士会館も似たような変貌を遂げることになるのだろう。