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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。




西荻窪。骨董屋の店先で。



東中野。スーパーのサミット。



新宿区役所柏木出張所前。



鍋屋横丁のはずれの洋菓子店。



歌舞伎町。



新宿伊勢丹の裏通り。



神田小川町の古書店。



東京オペラシティ。



阿佐ヶ谷パールセンター。



中野サンプラザの向かいあたり。



阿佐ヶ谷の飲み屋街。



九段坂上のカフェ。



北新宿、大久保通り沿い。



銀座SIX入口。



新大久保。

お疲れ様でした(笑)。






NARUTOのラッピング。



神保町交差点を靖国神社方面に向かう観光バス。



俎橋近くの書道専門店。



昔ながらの古書店のコケシ。





これが今の投げ売りコケシ。インバウンド狙いの欧文が。



鉄人は非売品だろう(笑)



日本工業大学のショーウィンドー。





ここはまだ入ったことがない。近く突入の予定(笑)。



救世軍本部。



救世軍売店の社会鍋。





仕事先(神保町)の菓子置き場にあった大阪・関西万博仕様のお菓子缶。神戸のモロゾフのクッキーだ。



昨日の早大大隈講堂の半年ほど前、東大の安田講堂でシンポジウムを聴いている。



1925年、大正14年の竣工だ。



建設費は、安田財閥創始者の匿名の寄附によるという。中野重治は、安田講堂なんて知らない、俺たちはただ大講堂と言っていたと書き残しているが、筋は通っているようだ。



基本設計・内田祥三。この後、東大図書館など、内田ゴシックと呼ばれる建築群を建てて有名だが、これはその嚆矢とされる。



入口正面には小杉未醒の絵が。



安田講堂事件の際には、かなり破壊されたはずだが、大規模改修により蘇った。



講堂に入る。



すり鉢形の階段式。



天井のデザインは新しいような感じがするが、これも修復か。







大スクリーンの両脇にも未醒の作品が。







外光と複雑な内装が生む光と影が美しい。



これは東大紛争時の様子。私は小学生でテレビにかじりついて見ていた。