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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。


バブル期の建築を網羅したTOTO出版の『建築MAP東京』から、うちの近所の建築をまず見て行こうというのである。



写真では色がはっきりしないが、かなり強めの緑だ。



私がこのビルを初めて見たのは35年ほども前になるが、友だちとトカゲ色などと悪口を言った覚えがある。珍しかったわけだろう。



ひと目で金がかかっていることがわかる円柱が幾本も使われ、バブルの気分が出ている。



エレベーターホール。日建設計の仕事だと言われれば納得するだろう。

同じ日建の、パレスサイドビルのエレベーターホールの血脈を感じるのだ。



床の円もそれを感じさせる。



今のビルに、こうした芸術的階段などあり得ないけれど、この時代はまだ残っている。昭和モダンの残滓だ。




美しいことは無類だが、ちょっと必然性が感じられない空しい意匠…

1986年竣工。





ロビーのベンチ。こういうのは初めて見たかな。



これだけ見るとなんだかわからない。



わかるように撮るとこうなる。

自販機、チェーン店の看板は、都市の景観の敵だ。



1階エントランス脇のスタバ。かつては深夜営業のチャイニーズレストランだった。私も夜中によく行ったものだ。



裏手にまわる。



浄風寺周辺再開発の碑。してみると、もとはお寺さんの敷地だったのか。



鐘楼などもグリーンで統一してある。

こういうところから、森ビルが町内まるごと開発する暴挙まで、そう遠くはないだろう。あれはバブルのリバイバルではないのか。





一か月ぶりくらいに本郷の鰻屋「鮒兼」でうなぎを食った。相変わらずうまい。



鮒兼の開店までに、いくらか時間があったので、近くの和菓子屋で菓子を買った。





喜久月という小さな菓子屋で、本家は谷中にあるという。最中を注文すると、そこから皮にあんこをはさむ。まあ、そういった店だ。

この喜久月の先には、文京区立歴史博物館があり、隣は古い邸宅だ。











諸井恒平邸。明治のセメント王の邸宅だ。一説では明治39年の竣工と言われている。写真は昨年12月。

それが、今日、3月に通りかかると、なんとこの有様(泣)。







奥に蔵がまだ残っているが、手前の煉瓦の山が悲しい。







明治に建ち、大正の震災と昭和の空襲をくぐり抜けてきた、歴史的記念碑であったものを…。

いったいこの国は、おのれの立脚点をなんと心得るのか。



新宿税務署に所得税の還付請求を提出した。税務署も様変わりして、何もかも簡略化で、署員のチェックも何もいらない。おのれで控えをむしり取って、あとは箱に突っ込んでくるだけ。かえって心配になる(笑)



ミモザの花が満開だ。こんなに貧乏くさいミモザもそうはない。



石畳のある路地。



ドイツ機甲師団(笑)。近くにヤナセがあるから、その関係か。



税務署通りのタワーより。河津桜の植栽。



ハクモクレン。



大久保通りの駐車場。スズキのスクーター。レアらしい。



税務署通りから青梅街道に抜ける道。



焼肉屋のディスプレイ。



町医者のビルの入口。ヤバげな感じ(笑)。




税務署通りと青梅街道の間にそびえるタワーの一階。



裏道のイベント会社の横。ゴミなのか何なのか(笑)。



古いアパート。



裏町の鰻屋。ドアを開けるといきなり座敷で驚く。




東京交響楽団の練習所。



裏通りの教会。

無事に還付されんことを祈ります。