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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。


このところ戸山ハイツ近辺を久しぶりに歩いてきたが、団地の東側にも足を延ばしたくなった。


私の感覚では、この国際医療センターが戸山地区の外れという気分。



まだ戦後の建物がポツポツと残っている。



若松町交差点の調剤薬局だが、大正時代の創業という記事を目にした。



大久保通りをしばらく行って横道に入る。元祖わさびめし…わからないなぁ(笑)。



わさびめしの先には喫茶まちぶせ。♪夕暮れの街角〜

などと暢気に歌っている場合ではない。近くにこんな洋館が!



腰が抜けそうになった。




玄関は医院建築の様式を踏んでいるが、全体は山荘風でもある。



Webを検索するに、大正8年竣工の旧野本耳鼻科医院とか。

データの出どころも真偽も不詳だ。



驚いたことに、撮影中、カンカン帽にステッキという通行人に出会った。

江戸川乱歩の一場面か。



大正8年だとすると震災前の建物ということになる。



改修を重ねての現状だろう。



隣の駐車場からの景色。洋館の下に瓦屋根の日本建築が見える。これはかなり古いようだった。駐車場はこの日本建築に付随する庭園だったのではあるまいか。





これは恒久的に保存してもらいたいものだ。





文化服装学院前の広場に、桜の花あまたちるを。

〈疾風(はやて)吹くここは新宿南口さくら落花のやまず乱るる〉(冷太)















以前、リンクさんが北の丸公園の吉田茂像を取り巻く、ツツジの植栽について書かれておられたのを思い出し、では桜の季節はいかがかと眺めに行った。

市ヶ谷の中国飯店で飯を食い、例によって裏道を歩く。



靖国神社の裏門にぶつかる辺りに、奇妙な建物を見つけた。



パゴダのようなものを戴く古いビルだ。



これがファサード。



日印サルボダヤ交友会とある。検索するに、サルボダヤとはガンジーの
根本思想、「世界の平等な興隆」を目指す運動だという。

それはそうとして、このファサードを見て何か思い出さないだろうか。


そう、築地本願寺。



印度建築の様式を取り入れたと言われる、伊東忠太の代表作だ。

不思議な気持ちを抱えながら、靖国神社を通過して、北の丸公園に入る。



これまで何度も通った道だが、日本武道館の手前にこんなものがあるのに初めて気づいた。

弥生慰霊堂。

吸い込まれるように、狛犬の左の階段を登っていた。



当初、境内と思っていたけれど、後で調べると、この慰霊堂は無宗教の施設で、神社でも寺でもないのだそうだ。主に警視庁、東京消防庁の殉職者を祀っているという。

初代警視総監・川路利良の霊もまつられている。


慰霊堂用地から見下ろす牛ヶ淵の桜。



慰霊堂の側にはこんな大樹も。



この質素なお堂に殉職者の霊が祀られているのか。

寂しい感じもするが、天皇の訪問もあったそう。



そして、先の狛犬をもう一度。



これは、狛犬としては様式を外れた破格の形だそうで、作者不詳ながら、そっくりなものが近くの靖国神社にあるそうだ。



これが、靖国神社の狛犬。こちらはデザインした人がわかっていて、なんと、伊東忠太だそうだ。

短時間のうちに伊東忠太を巡って、不思議な糸に導かれたような散歩となった。



そうそう、吉田茂像のそばでは八重桜が満開だった。