『探偵小説の饗宴』 | 出ベンゾ記

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『探偵小説の饗宴』(山下武/青弓社/1990.11.10初版)



著者は爆笑王として知られた柳家金語楼の長男で、ロカビリー三人男のひとり、山下敬二郎の異母兄である。


といっても、すでに金語楼もロカビリーも、茫々たる歴史の彼方の存在で、もはや知る人も少ないだろう。私自身は幼年時代のテレビによって、微かに記憶するのみ。時は果てしなく流れた。


本書は、その茫々たる人が、さらに茫々たる時代ーミステリという言葉はもとより、推理小説という呼称すらなかった時代の「探偵小説」について論じたものである。


夢野久作、小栗虫太郎、海野十三と、今では有名になってしまった名前が並ぶが、著者はもともと古書猟渉家として高名な人物。ただの批評で済むわけはない。


夢野久作は、再評価の進む70年代半ば、自らが再発見した『暗黒公使』の初稿発掘の経緯に、独自の久作論を絡めたもの。


あるいは、後にキンダーブックなどの童画で有名になった茂田井武が、小栗虫太郎の家の居候となり、令嬢栄子の配偶者に擬された話など、一筋縄ではいかぬ希少な文章ばかりである。



他にも浜尾四郎、ウィルキー・コリンズ、チェスタトン、カーと好事家にはたまらない名前が並ぶが、収集した50冊ほどの書影を収録した香山滋では、このゴジラの原作者の知られざるサドマゾの性向を剔抉して見せる。


しかし、なんといっても圧巻は、戦後文学史上最大の怪作、埴谷雄高の『死霊』の独自の視点からの読み解きで、探偵小説の観点からこれを分析するという恐るべき離れ業である。なかで、プルーストが引用されたのを読んだときには、私はしばらく唖然としてしまった。



面白い(笑)。