2023年12月9日
今日もわたしのブログへ訪れていただいてありがとう(*´∀`)♪
さて今回でシャンシュン王国のものがたりも4回目
最終回となります
これまでの経緯をご存知ない方は以下のリンクを読んでみてね(๑>◡<๑)
今回は今までとは違うことからアプローチさせていただきますね
それは
わたしが日ごろ親しんでいる「シンギングボウル」です
みなさんはシンギングボウルって
日本の仏教寺院やご家庭にある仏壇の「おりん」と関係があると思われている方も
少なくないと感じています
でも実は「まったく」関係ないんです💦
少なくともチベット仏教においてはそのようです
それは
チベット仏教において現役のご僧侶の方がこのようにおっしゃられていることからもわかります
>「あなたたちがどう考えているかはわかりませんが、シンギングボウルはチベット仏教の法具ではありません。私たちはプジャ(儀式)や祈祷にシンギングボウルは使わないのですよ。」
「シンギングボウル入門(本)・光の響き(CD)」より引用させていただきました
だったら「シンギングボウル」はどこからやって来たのでしょう?
わたしなりの推測ですが
チベット王国がシャンシュン王国を攻め滅ぼした時に「葬り去った」
シャンシュン独自の文化のなかにあったのではないかとおもいます
当時のチベット王国は「仏教」による民衆の精神的な「統一」を目指していました
そんななかにおいて「必要でないもの」「邪魔になるもの」を「排除」していったと考えられます
そんななかに「シンギングボウル」もあったのかもしれません
わたしがそう「おもう」のは
古代のひとたちがシンギングボウルなどの金属器をつくるための「金属」を得ようとしたら?
どんな手段があったでしょう?
「砂金」や「砂鉄」
あとは・・・・
そうなんです
天空(宇宙)からの贈り物
隕石(隕鉄)
http://www.frkw.com/index065.html
ではなかったでしょうか?
チベットには多くの隕石が落下していたとのおはなしもあるようです
https://www.scirp.org/journal/paperinformation.aspx?paperid=88787
お釈迦さまがひらかれた「仏教」ですが
当時のチベット為政者や支配層の方たちは
「仏教」をじぶんたちのおもうかたちで民衆に拡める「障害」になると判断したのかもしれません
先述した「ターラー女神」同様
できれば「なかったこと」にしたかったのかもしれません
だって
じぶんたちが思い描く「仏教(お釈迦さまの仏教とは違いますね💦)」よりも
「宇宙」や「女神』を信じてもらっては「困る(都合が悪い)」からです
これまで記させていただきたことは
わたしの「推測」や「憶測」にすぎません
でも
科学的、論理的、歴史的に証明できないものだから
信じられない
信じるべきではない
というのは
どうなんでしょうね?💦
それはすなわち
信じるという大切な意識を
「じぶん」ではなく「他人」に委ねていることに他なりません
信じるというのは
そんなものですか?
信じるということは
そういう「巷間に流布する情報(他の人)」を信じるというより
「じぶん」を信じられるかどうか
ということではないでしょうか?
みなさんはどうですか?
👼今日も読んでくださって、ありがとう♪( ´▽`)





