The Creation Period - POWEREDROCK -57ページ目

The End With Meaning Of The Start

 物心付いた時から慣れ親しんだ音楽。これから先、クリエイトされるそれらはストックし続けた音全ての集大成になるだろう。


 俺がまだ幼く、西宮に居た頃だ。親と姉と俺で商店街をプラプラしていた時、ある曲が自分の足を止めた記憶があり、今でもその時の事を鮮明に覚えている。曲は、Beatuful Sunday。これは田中星児がカヴァーした曲だが、俺が聴いたそれはオリジナル、つまり本家のダニエル・ブーンの方。当時、俺がリアルタイムで聴いていた邦楽と言えば、芹洋子、森進一、スパイダーズなどなど。当時知名度があった方々。そういった音楽に対するナチュラルなコンタクト、そして自分の中での引き出しを作りつつアプリケート出来たのは親父のお陰といっても過言ではない。彼自身、幼少の頃から鍵盤もの、大学の頃はバンド活動、リスナーとしては洋楽を好み、特にカントリーを中心とした志向があり、俺はそんな親父が鳴らすギターや鍵盤ものの音や、やはりカントリーやクラシックなどのレコードが流れる中で自然と頭の中に音像やそれに纏わる情景の基が出来上がったのだと思う。故に、ある日突然、俺が音楽に開花したのはそういった数々のポテンシャリティーが強烈なトリガーによって放出されたわけだ。結果として、それらが俺の音楽観をストラクトするベースとなっている。俺は音楽に出会ったと思っていた。しかし、紐解いてみると音楽が自分の中心となるべき人生に運命としてアロケートされていたんだ…今はそう思っている。いずれにしても有難いことだ。そして、命運をこれから作っていかなければならない。


 18年前、ひよこのような目をしたペーペー野郎が、自分の実力を試す意味ではなく、人生勉強のために上京した(事後的な解釈)。今世とは比較にならない、当時の情報の希少さは、東京という場所を殊更に尊大でミラクルでデッけぇお化け屋敷のような印象を俺に持たせていた。これが所謂田舎もんの発想だ(笑) 10歳の頃まではそんなビッグシティー(超死語)の感覚はあった筈なのに、一旦田舎へ移住したらそのボケボケ感が肌に染み込むもんだ。そう、ただただ人が多いだけ。そうなれば交通量や居住物件数や多種多様な店舗数がそれに比例してサプライされるのは当然のことだ。それがあんな面積の極端に狭い上、何かに付けて開発の余地が無さげなところにプレスインしてるもんだから、初見側から言わせれば、「ひぇ~」 ってな感じ。「Why is this place such crowded?」 今じゃぁ、その当時の印象も全くないな。情報のスピードは如何なる遠隔地でもその距離感がまるで無いかのようなセンシビティーを与える。

 1月17日(日)、GARIが岡山にやって来る。箱が呼んだという話だ。さて、こんな音楽的に辺鄙(というより、こんなご時世にも関わらず、車はトヨタ、野球は巨人てな右向け右チックなローカル)な場所で強烈なインプレッションを残せるか!?まぁ、圧倒的さは間違いない。”体で感じる”…ライヴってのはそういうもんだ。yow-rowくんに会うのは2008年11月以来だ。日々成長を見せるこの男。こっちも頭は遊んでないぜw いい話が出来ればと思う。



 その日は、俺にとってまた何か行動を起こすに当たってのビッグトリガーとなりそうだ。


 J-Pants@STONE


 ♪曲が聴けます。こちら