◆アリとキリギリスの話の反論に対する違和感
アリとキリギリスの話は、
夏に歌い踊っていたキリギリスさんと、働いていたアリさんにおいて、
冬場に、アリさんがキリギリスさんを助けなかったという話ですが、
この話で、アリさんはキリギリスさんに対して、
優しさが無く酷いという反論を言っていた人がいました。
言われてみれば、そう見えるかもしれないねと、
僕は思ったけど、同時にその反論に違和感も感じていました。
この違和感について僕はこうは思うのです。
もし、キリギリスさんの歌と踊りに価値があるというのであれば、
投げ銭を入れる箱を用意して、演じればよかったのでは?と思うのです。
価値を感じたアリさんの中で、
千円を投げ銭してくれるアリさんもいるかもしれません。
投げ銭入れの箱等を用意しておけば、
キリギリスさんは冬場寒い想いをせずに済んだかもしれません。
僕がこの人の意見に違和感を感じた点は、
価値が何によって決まるかという点が異なっているためでした。
この人は、キリギリスさんの歌と踊りの価値は、キリギリスさんが決めているという価値観です。
僕は、価値を決めるのは他者という視点なので、キリギリスさんの歌と踊りの価値は、
アリさんが決めるという価値観です。
キリギリスさんは価値を提案することまではできると思いますが、
最終的な価値をいくらと決めるのはアリさんというのが、僕の価値観です。
そこで、双方が合意できれば取引が発生し、合意できなければ物別れに終わります。
僕はこの人とは、経済的な価値観が合いそうにありません。