椅子ごと倒れた私は、すぐ父の顔を見ました。すると
「何してるんや。早く椅子なおしてもっ回座らんか」
恐怖で指の先が冷たくなりました。

早くしないとまた叩かれる…。

私は倒れた椅子をたてまた座りました。泣かないで頑張れば、認めてくれる…私はまだそんな希望を持っていました。
いつ抱きしめてくれるんだろう…頑張ったなと頭を撫でてくれるんだろうと、そんなことばかり考えてました。

緊張で自分の生つばを飲む音がずいぶん大きく感じました。
そんな私の髪の毛を掴み
「今度食べたらわかってるやろなぁ」
と父凄みました。

その時階段を上ってくる母の足音がしました。父は小声で
「お母さんに言うたらアカンど。」
と言いテレビを付けました。

居間に入ってきた母は、そんな重い空気を感じ「どないしたん?」と私に言いました。
私は母に悟られないように、なるべく明るい高めの声で
「食べ過ぎたからお腹痛いねん。」
うっすらと笑って言いました。
涙が出ないようにトレーナーの胸元をギュッと握りしめながら…。

子供らしく「お父さんが叩いたぁ~!!」と声を出して泣いていれば、その後の酷い虐待はなかったかもしれないのに…。そんな子供らしくない態度がまた父の感情を逆撫でしたのでしょうか?

私に向けられた言葉の全ては、多分父が幼い頃継母にぶつけられた言葉だったのでしょう…。

「お前は肉を食べる身分やない。肉はみんなが食べるもんや!」

もしかすると、父も継母に私と同じような態度をとって、辛くない素振りでいたんではないでしょうか?
私に自分と似たものを感じ、その嫌悪感から虐待が酷くなっていったのではないでしょうか。

その日、私は子供部屋で1人になると声を殺して泣き続けました。
祖母の家は1Fが祖母と叔父の部屋と広い居間があり、2Fを私たち家族5人が使っていました。
古い日本家屋でかなり広い家でした。

水炊きも終わり、いとこの家族も帰りました。
母は後片付けをするために1F台所に残り、妹たちは祖母の部屋で寝てしまいました。

父は「胡桃。上行くぞ」と私に言いました。1Fでは穏やかな声で私を呼んでいました。
そんな優しい声色の父の後ろから階段を上がりながら、私は
(やっぱりお父さん胡桃がお肉食べたん見ていないわ。)

と褒めてもらえるという期待感で足取りも軽い私は、子供部屋に入らず、2Fの居間に一緒に入りました。

すると、父はさっきの優しい声ではなく低く、こもった声で「ここに座れ」
と言いました。
父が指差したのは子供用の椅子でした。
私は嫌な雰囲気を感じましたが、言われるままに椅子に座ります。

「お父さんはお前に肉食べたらアカンて言わへんかったか」
父は小さな声で言いました。下にいる母や祖母に聞こえないように…。

私は黙っていました。言いたいことや聞きたいことはいっぱいある…。
でも、食べたらアカンと言われていたにも関わらず食べてしまった罪悪感から何も言うことができませんでした。

「言わへんかったかってっ!」
少し大きな声で言われ、ビックリした私は思わず
「だって…オバチャンが…」
と言いかけた時、父の手のひらが私の頬に飛んできました。私の小さな体は、そのまま椅子ごと倒れてしまいました。
小皿の中の鶏肉を見て、私は絶望的な気持ちになりました。
(これ…食べたらお父さんに怒られるやんか…オバチャンなんでこんなことするん…)

そう思いながら、父がこちらを見ていない隙を狙って飲み込むように鶏肉を食べました。味わうなんて気持ちにはなれません。
いとこや上の妹は、美味しそうに肉ばかり食べ祖母に
「肉ばっかり食べやんと野菜も食べなさい!」
と、私とは逆のことを言われていました。私は胸の真ん中に痛みを感じました。初めてのなんとも言えない感情に胸が詰まった感じがしてギュッとトレーナーの胸元を握りしめました。

無邪気に振る舞い、のびのびとしているいとこたちのことを、テレビ画面の向こう側の出来事のように[自分には関係ないこと]と思うことで、辛うじて涙が出るのを我慢していました。

何で胡桃はお肉食べたらアカンの?という怒りや疑問も当然ありましたが、叔母に放り込まれた鶏肉を食べたところは父にも見られていないし、後で父に褒められるんじゃないかという気持ちがありました。「胡桃はお父さんの言うとおり肉食べんかったな。エラいな。」と父に褒められている自分の姿を想像して楽しみにして悲しい気持ちを押し殺していました。

所詮7歳