家で一人でいることが多くなったせいで読書の時間も多くなった。最近読んだ本に「利休七哲」がある。侘び/寂びを長い間追い続けてきたので、どうしても利休と名がつくと読んでみたくなる。利休の本は以前にも二冊くらいはよんでいる。主に、堺商人時代の利休と天下人の秀吉との関係の書かれたものであるが、どうも利休の本は人間臭がプンプンとして鼻につき、あまり好きではない。
なぜなら、茶道を表す言葉に、和敬静寂があり清らかさと静けさに利休の人間臭がそぐわない気がするからである。但し、四規七則という言葉があり亭主と客との心の通い合いの大切さも説いているので私の邪推かもしれない。今度の本は七哲がついており宗旦四天王ともあるので、別の意味で利休の違う面が見れるかもしれない、侘び・寂の新し発見もあるかもと期待して読む気になったのだ。しかし、見事外れた。相変わらず人間臭の強い利休だった。それで、観点を変えて利休からの茶道と考えず広く現代茶道までを見渡して日本文化の一つと捉え、日本歴史の中で俯瞰視してみようと考えたのである。
日本文化の特徴の一つに日本人は他のに外国人に比べ「時」に対して独特の感受性をもっている。
卑近な例を挙げると、「苔」である。海外ではモスと顔をしかめる。しかし、日本人は苔を時の経過と捉え、大事にする。苔庭があるように文化にまで高められている。更に、名のある盆栽には数十年を経たものもある。それが盆栽サイズに収まっている。自然をこのサイズで表現している。日本人の時に関する独特の感性である。
もう一つの特徴は、継続である。天皇制を上げるまでもなく日本人は継続なり伝統を重んずる。
もう一つの、最大の特徴は日本人の深い内省力である。日本人の精神は常に内部に向かう。この内部に向かう極地の開花が侘び・寂びだ。
その他、簡素の美、省略の力‥まだまだたくさんある。
別機会でもう少し述べたい。